◆ 前回ブログ:アホなオバさんの話
佐藤愛子さんの『幸福とは何ぞや』(海竜社)。この本、わりに面白いです。これは、愛子さんのエッセイ集と言うよりは、アフォリズム集ですね。それも、おそらくは、どこかの編集者が、佐藤さんの過去の作品などから、言葉をチョイスしています。だから、厳密には「佐藤愛子著」とは言えないかもしれませんが、まぁ、肩ひじ張らずに読める一冊です。
お待たせしました、←あらっ、モシカシテ…待ってイナイ?
「DIAMOND online」に載った、佐藤愛子さん(100歳)へのインタヴューを紹介します。( 出典:前半2024.1.4 )
こうしたウェブ上の記事は、一定の時間が経つと検索しても「見つかりません」と出ることがあるので、今回…“備忘録”(←死語)も兼ねて、みなさんにも紹介します。
いつものように、わたしが関心を持った箇所については、色をつけておきました。
100歳の直木賞作家、佐藤愛子が教える「人生に必要なもの、必要ないもの」 特別インタビュー〔前編〕
◆ 長生きの秘訣は「わがままに生きる」◆
―― 100歳おめでとうございます。お元気そうでなによりです。
元気だなんてとんでもありませんよ。耳も遠くなったし、もう書きたいという気力もなければ体力もない。食欲もめっきり落ちましたけど、朝はお手伝いさんがパンと卵やトマトを用意してくれるのでそれを口に入れて、あとは庭を見ながら日がな一日ボーっと過ごしています。
―― 若いころは美食家だったのですか。
もともと食事にはそれほど興味がなかったのです。仕事を盛んにしていたときは食事のことなんか考えもしませんでしたよ。
―― 長寿の秘訣は食にありというわけではなさそうですね。
では何だと思いますか。
さあ、長生きしたいとはもともと思っていませんでしたし。わがままに生きるってことじゃないですか、人間好きなことをやっていれば元気になるんですよ。
―― 好きなことですか。でもよっぽど才能がないと、
好きなことだけじゃ食べていけないでしょう。
そんなことはないんじゃないですか。私だって特別才能があったから作家になったのではありません。書くこと以外できなかったのです。まあ、おかげでわがままに生きられたのはよかったですけどね。
父(佐藤紅緑)は怒りたいときに怒るといった人でした。本当にわがままに生きて、死んでいった。私は幼いころからその姿を間近に見て育ったので、わがままが許されるのが作家なんだと思っていたのです。
でも、女の作家なんて外れ者、当時はそういうふうに世間から見られていました。いまは何をやったって後ろ指を指されるようなことはないでしょ。
昔は女の人が親や弟妹を養うために、泣きの涙で苦界に身を落とすと、それは世間から冷たい目で見られたものですが、昨今は女の人が自分の都合でそういう道を選んでも、誰も何も言いやしません。いい世の中になったものです。
だから、好きに生きればいい。才能があるかないかなんてあまり熱心に考えなくてもいいのですよ。人生なんてなるようにしかならないのだから。
◆ 将来の計画を立てても意味がない ◆
―― そうはいっても才能がなかったら直木賞はとれませんよ。
それは才能じゃなくて、私の運がよかったのでしょう。100歳でこうして一軒家に住んでいられるのも、運がよかったからですよ。運というのはね、やっぱりあるんです。
―― 運はあると。では、その運はどうすればよくなりますか。
さあ、わかりません。誰にもわからないでしょ、そんなことは。みんな自分の運の良し悪しが気になるのは、わからないからですよ。
―― たとえば、あらかじめゴールを決めておいて、そこに向かって計画的に準備をしていけば、才能や運など関係なしに成功を手に入れられるとは思いませんか。
計画するっていっても、何が成功かなんてわからないじゃないですか。億万長者と結婚したら幸せと思って、そのために一生懸命努力して、いざ結婚してみたらちっとも幸せじゃないかもしれない。人生はそんなことの連続なんです。人の価値観だってずっと同じじゃないし。
―― 佐藤さんは作家になったとき、どうすれば成功するかとは考えませんでしたか。
考えませんよ、そんなこと。だいたい成功したいとか、幸せな人生を送りたいとか思っていたら、作家になんかなっていません。
それに、成功や幸せのようなはっきりしないものを追い求めたってしょうがないし、面倒くさいじゃないですか。だから2度も離婚する羽目になったのでしょうけどね。でも、だからなんだですよ。
そんなことはあまり熱心に考えてもしょうがない。
人生は行き当たりばったりでも何とかなるものです。
◆ 本当に強いのは お金やモノに執着しない人 ◆
―― それほど多くは望まないけど、要らぬ苦労はしたくないという人もいると思います。
私は、苦労は忌避するべきことじゃないと思っています。買ってでもしたいとは思いませんけど、逃げたくはない。そうやって生きてきました。
そりゃ生きていればいろいろなことがありますよ。私の場合はこの世の人たちだけじゃなくて、あの世の有象無象からも手ひどい攻撃を受けましたからね。でも逃げたってしょうがないから戦うのです。そうしているうちに勝手に腹がすわってきて、いつの間にか怖いものがなくなりました。
―― 逃げずに戦って強さを身につけなさいと。
そういうことです。胆力があれば、何が起ころうと与えられた現実を平然と受け入れられるようになるはずです。
―― たとえばお金は強さの源泉となりますか。
ならないでしょうね。現代は損得勘定に長けていることが賢い生き方のように思われているようですが、お金がたくさんあれば強いかといったら、そんなことはありません。むしろ強いのは、お金やモノに執着しない人のほうでしょうね。
―― 佐藤さんは大事なものを失うのが嫌じゃないですか。
私は物質的なものに対する執着が、若いころからほとんどないのです。指輪は困ったときに売ればいいと思っているので取ってありますが、思い出が詰まっているから捨てられないなどというものはありません。これまで2度離婚してますけど、別れたらそれで終わり。男の人に対する執着もまったくない。すぐに忘れてしまうんですね。
以上 佐藤愛子さん、インタヴュー「前半」おわり。
ふふふ…、面白かったでしょう?
あとですね…、
佐藤愛子さんのお父様は、佐藤紅録(1874~1949)さんなのです。
う~ん、佐藤紅録さん…いまの若い人は知らないでしょうか。
まぁ、かんたんに言えば、作家・小説家ですが、何を隠そう、紅緑さんは、正岡子規を師と仰いで、正岡子規の下で勉強した人ではなかったでしたか…。
佐藤紅録さんと言うと『あぁ玉杯に花受けて』等の小説を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、紅緑さんは、正岡子規の勧めで俳句にも精を出しているのです(この「紅緑」の号は、俳句の時のものです)。
なんだか、きょうは…佐藤愛子さんのインタヴューなのに、いつの間にか、お父さんの話になってしまいました…、プチ反省。
( お し ま い )
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