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2012年01月20日

ハロー2012

テーマ:ブログ

あけましておめでとうございます。

今年こそは年賀状を返信するのだ、という4年越しの新年の抱負をついに達成できそうです。

できた、ではなく、できそう。文面を書き終えたらおなかいっぱいになってしまって宛名が書けていません。

そのうちお手元に届くかと思います。

    

今年の初夢はよかったです。

どんないきさつなのか、しっぽりした居酒屋でベッキー風味な外国人の女の子と英語で会話している、

という夢。なんか自分すごいネイティブだったわ。気分良かった。

   

ちなみに恋人の初夢は「金の斧、銀の斧」の、わたしと預金通帳バージョンだったという。

どちらをとるべきか、ものすごく悩んだもののついに決められなかったとか。

わたしって(きっとそれほど大した額じゃない)預金通帳と等価なのね。ああそう。

     

     

そして2日から仕事始め。

患者には盆も正月もない、というのが医療現場のスローガンです。美しいよね。尊いよね。

しかし私、ぶっちゃけ患者とかどうでもいいです。三元日くらい実家で休みてぇ。

   

しかも2日は救急輪番日。

「他の病院で断られた患者さんも、たらいまわしの救急車も全部まとめて面倒みてあげる!」

という、懐ざっくりオープンな一日。

風邪をひいた老若男女や、こたつの角で額をかち割ったガキや、新年早々飼い犬に手を噛まれたオバハンや、

新年早々リストカットしてる女や、初詣で酒に酔ってケンカしちゃった若者や、なぜか手のひらにぶっとい釘を刺したオッサンなどがひっきりなしにやってくる。


さらに午後9時過ぎには救急車でヤク中が搬送された。

半裸で手足を拘束された彼女は、開ききった瞳孔で救急外来の白い天井を見上げながら

「いま、すごくきれいなものがみえる!わたしには見える!きれいなものがみえる!」

と叫び続けていた。

そうか。そんなにきれいなものが見れるなら、いっそ突き抜けちゃったほうが幸せなのかもな。

よかったね、彼女。


わたしだってきれいなものが見たい。

      

    

きのう「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を観た。漫画読んでたけど、牟田主演の映画のほうを。

涙と血反吐と小便にまみれた田西が、すがりついてくるちはるを、あれほどセックスしたかった女を、

しかも「いいよ、フェラチオくらい」とまで言ってる女を、

おもいっっきり突き飛ばした瞬間。

    

ああ、今年初めて「きれいなもの」見たなーーー!

と思った次第。

   

というわけで、今年も相変わらずです。皆さんにおかれましても変わりなく健やかな1年でありますように。



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2011年12月06日

カンバセーション・ピース

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バラエティ番組である芸人がネタを話していて、オチに入る前の、話の途中の何気ない一言で笑いが起きていた。本人は「そこじゃないから!そこ広げなくていいから!」と言って最後まで話し続けるんだけども、実際のオチではそれほどウケなくて。ああ、トークの醍醐味だなぁ、と思った。


男友だちを作ろう/山崎 ナオコーラ
きょうの読書。
著者がジャンルを問わないいろんな「男」と会って話をするという企画。
「対談」というほど堅苦しいものではなく、もっとラフで素っぽい感じ。
      

これ読んでて、やっぱ会話っていいなぁ。と思った次第。

そりゃもちろん、この本に「男友だち」として登場してくるのが、それぞれ個性的でクレバーな人たちばかりというのもあるけれど。

            

文章というのは、書けば書くほど、伝えようとすればするほど、濾過(推敲)されることになる。

その過程こそ、書くことの醍醐味だと思うし、好きなんだけれども、自我の堂々巡りと言えなくもない。

       

他者、つまり会話相手というのは、それを容赦なくぶった切ってくれる。

       

冒頭の芸人さんのように、自分は感知していなかったポイントが相手の琴線にふれて、話が逸れていく。

車線変更とギアチェンジを繰り返して隘路に入りこんだ会話は、ひとりで考えていただけでは思いつかなかった発見を与えてくれるはず。

  

学生の頃、ラウンジで、誰かの家で、何をするでもなく何時間でもだらだらして、でもそれが無性に楽しくてしょうがなかったのは、若くて退屈だったから。だけではないんだよなぁ、としみじみ思う。

最近そうゆうのないな。浅いな。

ところで、忘年会っていつだっけ?確か29日だったよーな・・・?

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2011年11月24日

無題

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どうも。上からチャーミーです。

きのう、ちょっといいなぁと思った男性に「俺の塩」のうまい食べ方を力説したら苦笑されました。

恋って難しいですね!



最近よしもとばななを読んでいる。

チエちゃんと私/よしもと ばなな

「当たり前のことを堂々と書く作家」で彼女の右に出るものはいないんじゃなかろうか。

あ、相田みつをがいるか。でもあの人は書道家だしな。

    

新鮮なバナナの、おもちゃのような黄色い皮をひらっと剥いて、清潔そうな白い実が現れたときのような。

ハッとする衝撃ではないけれど、「既視感のある感動」がある。

      

       

「そうだ、私が心配しようとしまいと、気をつけようとつけまいと、人の命を救うことはできない。

できるという幻想はいつだってあるけれど、意識してできることではない、そんなふうに思う。(引用)」

      

   

よっぽどおめでたい人間でない限り、誰でも「人はいつか死ぬし、いつ死んでもおかしくない」という自覚を脳みその片隅に置きつつ生きている。だからそれをわざわざ文学の中で宣言する必要ってあるんだろうか?

と、初めてこの一文を読んだときには疑問に思った。

     

けれど、そうして疑問に思うことで、同時に、脳内の片隅にあった「死に対する無自覚な自覚」が、その他の雑多な思考との戦いを勝ち抜いて、ひな壇からセンターへと抜擢され、ついには「上からマリコ」を熱唱し始めたのだ!

そうか。これぞ、まさに「ばななマジック」。

つまり、当たり前の事実に対して、人は「それは当たり前だ、当たり前だ、当たり前田のクラッカーだ」などと言っているうちに、「当たり前」という名のラッピングを施して、いつのまにか直に手で触れられない事実へと追いやってしまう。よしもとばななはは、そのラッピングをぺろっと剥いて私たちに差し出してくれるのである。

それは、すごく素朴なやりかた(文体)に見えるけれど、実はそうじゃない。

      

当たり前は、すぐに手垢にまみれてしまう(たとえば「がんばろう日本!」が今ではなんとなくうつろなセリフに聞こえるように)。当たり前な言葉で人の心を打ち続けるのは難しいことで、この人のそれは才能なんだなぁと思う。

         

        

ちなみにわたしのおすすめばななは、定番の「キッチン」と「アムリタ」です。

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