こんにちは

昨日は多くの人に

お菓子の差し入れをいただいて

 

なんだか嬉しい

リーガルシューズ岡崎店

の尾崎です。

 

昨日は家康行列が

店の前を14~15時に

通過しました。

 

家康行列において

毎年の殿(しんがり)は

当然家康公なのですが

 

今年だけは酒井忠次が最後です。

 

俳優の平泉成さんが

酒井忠次役を行うことで

まさかの行列の最後は

酒井”エビ踊り”忠次氏が締めくくりました。

 

おわかりになりますでしょうか。

 

平泉成さんは

岡崎市額田出身ということで

地元でもゆかりのある人ですが

 

平成最後の年の家康行列に

平成が名前に入っている人

だからということでもあるようです。

 

ん?ちょっと待てよ?

 

これは豊臣家が寄進した

方広寺の釣り鐘に書かれた

「国」の字を

 

家康の首を斬るのが狙いだ

などと難癖をつけて

豊臣家を滅ぼした

 

そんな徳川のお膝元の

岡崎市としては

どうかと思うわけですが

 

いいんですよね?

良いってことで。

 

その徳川家康は

江戸期300年もの間

鎖国をしていたわけですが

 

おかげで国内に靴が普及するのに

坂本龍馬の登場まで

待たなければいけなくなります。

 

 

坂本龍馬がこのブーツを

輸入したわけでもありませんが。

 

一説によると神戸の海岸に

フランス兵が捨てていったものを

拾って履いていたそうです。

 

このブーツのおかげで竜馬は

ひどい水虫だったと以前書きました。

 

 

靴の普及が

江戸初期の日本にとっては

良いことかどうかは

わかりません。

 

当時は日本にほとんど

牛もいませんでしたしね。

作れなかったでしょうし。

 

 

そうでなくても当時の日本で靴は

普及していなかったかもしれません。

 

日本には

日本独自のわらじがあったからです。

 

 

わらじは藁でできているため

耐久性には難ありでしたが

 

履きやすさとムレ抜けの良さは

昭和に入ってからの

イギリスの調査で

 

世界一と評価されたことがある

と聞いたことがあります。

 

当時の日本人が

牛を育てて

その皮をなめして革にして

靴を作る

 

という手間を考えたら

おそらくわらじのままでいることを

選択したことでしょう。

 

自分で作ることができて

(当時の兵隊は

自分のわらじは自分で作っていた)

 

履いても快適なわらじを

手放すことはないと思われます。

 

幕末から明治にかけて

西洋式軍事訓練を行ってきた

幕府と新政府の各藩は

それぞれ兵隊に靴を履かせること

をしましたが

 

 

全て輸入品のため

 

価格が高いだけで

足の細い西洋人向けの靴を

買わされてかなり難儀しました。

 

兵隊が痛くて履けないのです。

 

 

そこで政府の命を受けて

靴を作り始めたのが

伊勢勝造靴場という

今のリーガルの前身の会社です。

 

 

そこではじめて

日本人向けの靴を

作り始めてから

 

日本でだんだん

靴が普及していったのです。

 

今は日常的に

わらじを履く人は

時代劇役者か

観光用の人力車車夫

くらいじゃないでしょうか。

 

 

徳川家康の政策の結果

日本での靴の普及は

300年遅れました。

 

でも明治以降140年経って

日本の靴作りは

世界に肩を並べるようになりました。

 

グッドイヤーウエルト製法靴の

世界一の生産会社は

リーガルコーポレーションです。

 

これからも日本人の足に合った

自信の持てる靴を

売り続けていきたい

リーガルシューズ岡崎店なのです。