ベランダの植木鉢の小さな細い椿の木に
やっと花が咲きました。
寒々しく、色が少ない冬に咲く深紅の椿は本当にきれいですね。
さて、今日は阪神淡路大震災から28年目の日です。
関西では「震災」と言えば、まだ「阪神淡路大震災」をさすことが多いです。
「震災の時、いくつやった?」とか「震災の時にどこにおった?(住んでいた?)」と言う時の震災は
「阪神淡路大震災」です。
日本は本当に災害の多い国ですよね、地震が少ないと(東京に比較して)思い込んでいた関西人は
28年前の当時、油断があったと思います・・・
今日は、静かな心で、一日過ごしたいと思います。
阪神淡路大震災が起こった1995年は平成7年です。
震災が1月に起きて、特に神戸、淡路島、一部の大阪は生活が困難になる状況でした。
そして、そんな中、3月には地下鉄サリン事件が起こります。
その日、私は自宅で、長男の幼稚園のお友達親子数人で、子供を遊ばせていました。
(うちの周りは震災の影響はほとんどなかったので)
10時頃だったでしょうか、つけっぱなしにしていたTVのニュースで
事件が起こったことを知りました。
大変な事件が起こったことはわかりましたが
どういう事件なのか、よくわからずにTVを見ていた記憶があります。
そして1995年5月16日、オウム真理教の元代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃、63)は殺人などの容疑で逮捕されました。
逮捕されるまで、連日、ニュースやニュースバラエティでは、オウム真理教の報道ばかりでしたね
代表の逮捕の時は、TV各局が生中継でした。
テレビ画面では、捜査員らの多くが毒ガスマスクなど化学防護服を着衣しており、この逮捕劇の異様さを表していました。
そのほか、1995年は不景気で(バブル崩壊)特に金融機関の破綻が相次ぎました。
また銀行などの合併が多く起こりました。
良いニュースは野茂投手が米大リーグで活躍したことぐらいでしょうか?
すごく大変な1年だったのですね
その中を駆け抜けて、日々を送っているものには
懸命すぎて、よくわからないけれど、こうやって振り返ってみると
ものすごく大変な1年だったと思います
震災の復興は時間がかかりますしね。
今も、まったく内容は違うけれど「宗教」のことが毎日ニュースで報道されているし
いつ大きな地震がやってくるのか、やはり心配です。
自分も怖い目には正直あいたくないけれど
自分たちの子供世代以降ができるだけ穏便に、堅実に、暮らせて行けたらと願うオバはんです。