今日はめっちゃ濃い1日でした!
前半の出来事。
昼間、前に仕事くださった演奏家派遣の仕事されてる方といろいろお話しさせてもらいました。
私が喋れば喋るほど自分という人間薄っぺらさが露呈されるような気がして、中身のある人間になりたいとマジで思いました。
自分が問題だと思っていることは実は問題じゃなくて、もっと大事な問題は他にあるかもしれないよ的な話、
聴き手を育てなくてはいつまでたっても情熱大陸を演奏しなければいけないという話、
情景を思い浮かべる曲だけしていたらいつまでたってもソナタ形式にはたどり着かない話、
奏者は演奏したくないけどこの曲は喜ばれるだろうと思って演奏した曲は実は聴き手はそんな知らないし聴きたいと思わない曲だったらみんながちょっとずつ不幸で誰も得しない話、
上手くなったねってあとで言われたらいいんじゃないかって話、
音楽を続けるにはいろんな形があるという話、
などすごく興味深かった。じっくり考えよう。
学生の頃、クラシックをやってて、一番感じた違和感、
例えばゴトコフスキーを、クレストンを、トマジを、この連結が難しいスラーを、この指使いが難しい連符を、一生懸命練習してできるようになったところで誰が喜ぶのだろうか?
そう思ってしまった時に、何のために誰のためにやっているのかわからなくて幾度となく嫌になった。
それらの疑問はジャズをやり始めてからもつきまとう。
ポップスやったほうが、情熱大陸やったほうが、喜んでくれるんじゃないか?じゃあなんでジャズやってんだよ、一生かかったって才能ある人には追いつけないし、黒人のようなグルーヴで吹くこともできない。
ああ、マジでなんで自分楽器吹いてるんだろ意味わからんうおおおもう隕石落ちてこんかなーみたいに思う時が不定期にありまして、超落ち込むんですけど、
すごい人の演奏を聴くと、琴線に触れる演奏を聴くと、そんなことが全部吹っ飛んで、
その時ってのは、
「私もこんなふうになりたい、こんなふうに演奏したい、この人が見てる景色を見てみたい」
ただそれだけになるんですよね。
たぶんその時に、マリオの無敵モードみたいな、てってれってってーな自分が現れる。
だがしかーし、練習していると、自分の不器用さ、下手くそさ、才能のなさに直面する
そして、例の疑問に戻る、そして、隕石落ちてきてほしくなる
これの繰り返しなのです!!!!
ということに、今、言語化して気づきました。
だからどうしたらいいかってのは結局わからないんですけどね。
シンプルに、ただ、好きだから吹いてる、それだけって思えたら強いんだろうなあ
でも、じゃあ家で吹いとけよって話になるんですけれども、
いや、でも、人を感動させたいんです、喜ばせたいんです、って思う
でもじゃあ、多くの人が喜ぶのはきっとデザンクロとかドナリーとかより、情熱大陸なんじゃないですか?ってなると
振り出しの疑問に戻る。
だからと言って、情熱大陸やポップスを馬鹿にするような、超うんちくだらけの耳肥えてまっせーな眉間に皺寄せたお堅い人に向けて演奏したいわけでも、そんな人に認めてもらいたいわけでもない。
という。
いや、でもすっげー上手い人一流の人が吹いたらやっぱりそれはどんなジャンルでもどんな曲でもきっと感動するんじゃないか、
ということは全ての原因は自分が下手くそなことにあるのではないだろうか、
そうだ、そうに違いない。
上手くなりたい。
練習しようそうしよう。
だがしかし、やっているうちに隕石あたりのくだりに戻る。笑
じゃあもういっそ楽器辞めてまえよって思うんですけどね、それができてたら苦労してないですよね、
私は芯がなくてふにゃっふにゃなんでしょうね。
意味なんてない、理由なんてないということに耐えられないのかもしれない
それから、犬好きが犬嫌いを増やす、的なことが音楽にもあると思う
っていうのが本日前半の出来事でした
支離滅裂な文章( ;´Д`)
おやすみなさい
