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暁のうた・外伝 侍女は見た!第1回~雪の朝、視線の先にあるものは?女王陛下初めての朝帰り!? 1

2008.10.9

※「暁のうた」第2部「最後の晩餐6」の翌日の話なので、
 こちらまでご覧になられてからお読みになることをお勧めします。

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ここにひとりの侍女がいる。

リーリア・メレウール、18歳。
去年の春から王宮に仕えている新米侍女だ。

ようやく仕事にも慣れ、
侍女長のマーヤに怒られる回数も減り、
24時間交代制の不規則な生活にも耐えうる楽しみを
仕事(とその他)に見出し始めたところだ。

この日…世間では休日に当たる日だが、
リーリアは早朝から王宮に詰めていた。

「はあ…寒いわあ」

リーリアは廊下に置いてある巨大な壷を磨いていた。
ひとり言が広くて長い廊下に空しく響く。

王宮とはいえ、休日の人通りのない廊下は寒い。
手に息を吹きかけても、すぐに冷たくなってしまう。

今磨いている巨大な壷は、
小柄なリーリアをすっぽり覆い隠してしまうほどの大きさで、
しかもとても高価なものだった。破損しようものなら、

「一生ただ働きですからね」

とマーヤに念を押されている。
かじかむ手や冷えた身体が、
妙な動きをして壷を倒してしまわないように、
細心の注意を払わなくてはならなかった。

しかし。

(休日の早番なんて、最悪だわ)

リーリアは心のなかでつぶやいた。

今の時期は寒いし、おまけに今日は休日。
王宮に出仕する官吏さんも殆どいない。

王宮仕えの数少ない生きがいのひとつ、
ファンクラブにまで入るほど憧れている
産業大臣ザバイカリエさまにも会えないわけで。

侍女は女王陛下の身の回りをお世話を始め、
快適にお過ごし頂ける環境を整えるのが仕事。
女王陛下がいらっしゃる限り、
世間さまの休日とは関係なく仕事があるから、
みんなが休みだろうと休めるわけではない。
おかげでこの仕事に就いてから、
友達に会う機会がめっきり減ってしまった。

…でも、お給金がいいんだもん、頑張らなくちゃ、
と自分を励ますと、リーリアは壷を磨く手に力をこめた。

そんなことを考えているところに、
事件は突然起きたのである。

入口に人影が二つ現れた。

お客さまかな、とリーリアが向かおうとすると、
入口の横にある侍女たちの詰所から、
豊満なシルエットが出てきて、彼らになにか話しかけている。
あの横にふくよかな影はマーヤだ。

では、やって来たあの二人は、何者なのだろう。

マーヤは巨体を揺らしてこちらに近づいてきた。
あたりを見回しながら歩いているが、
いつもの怒っている顔とは違う、とても緊張した表情をしている。

そんなマーヤに声をかけるのが、なぜかためらわれて、
リーリアが壷の後ろでおろおろしていると、
マーヤはリーリアの存在に気づくことなく、
そのまま通り過ぎていった。
そのあいだ、入口の人影たちは、
マーヤを待っているかのように動かなかった。

しばらくして戻ってきたマーヤの顔には、
安堵している様子がうかがえたが、入口の二人に向けて、

「大丈夫でございます、姫さま、
 付近には誰もおりません!」

と声をかけているのを聞くと、

(ちょっと待ってくださいマーヤさん、
あたしここにいるんですけど!)

自分の存在を主張したくなったリーリアだったが、
人がいない=大丈夫、ということは、

(ここであたしがひょっこり顔を出したら、
マーヤさんに怒られるかもしれない!
それはやだ、怖いもん)

と思うと、今更姿を現すこともできず、
リーリアは身をかがめて壷と一体化することにした。

(ていうか、姫さまって…え!?)

姫さまと呼ばれる人物は、ひとりしかいない。
アレクセーリナ・タウリーズ女王陛下、
リーリアとマーヤがお仕えするその人だった。

(姫さまが、どうして今頃外にいらっしゃるの?
姫さまは、昨日はザバイカリエさまたちと新年会のはずで…)

まさか。

リーリアの脳裏に、恐ろしい想像が浮かびあがった。

『どうしましょうザバイカリエ。
 私、酔ってしまったみたいで、うまく歩けないの…』
『姫さま、ご無理をなさってはいけません、
 落ち着かれるまで、私の家でゆっくりなさってください』
『そんな…迷惑をかけるわけにはいかないわ。
 それに、男性のひとり住まいのところへお邪魔するなんて。
 変なうわさがたちでもしたら、
 私はいいけれど、あなたに迷惑をかけてしまうわ』
『姫さまならいつでも歓迎です、
 実は…ずっとお慕い申しあげていました、姫さま』
『ザバイカリエ…』

そして二人は…

(いやあああああああ!)

リーリアは昨日の夜、
マーヤにとある使いの者が来たことを知らない。
マーヤは事が大きくなることを恐れ、
配下の侍女には伏せていたのだ。

女王陛下は新年会の後、ご気分が優れないため、
宰相閣下のご自宅でお休みになられてから後、
明け方にはお戻りになられます…という言伝があったことを。

というわけで、リーリアの妄想は外れてはいたものの、
女王のお相手を変えれば、
完全な不正解というわけでもなかったのだが。

(姫さまひどい、あんまりです…
ザバイカリエさまはとっても人気があるのに、
ひとり占めなさるなんて。
こんなこと、他のファンクラブのメンバーが知ったら)

リーリアの妄想一色に染まった頭では、
もはや壷を磨くことは考えられず、
身を隠しながら衝撃の事実に(いや事実ではないのだが)
もだえることしかできなかった。

(考えるだけでも怖いわ、だってみんな、
あたしよりも熱狂的なザバイカリエさまスキーだもん。
このことは、あたしの胸の内にしまっておかなくちゃ。
でないと、姫さま、
ベッドのシーツを変えてもらえなくなったりするかもしれない。
私はそんな陰険なことしないけど、
スザンナさんならやりかねないわ。
なんてったって、ザバイカリエさまファンクラブ会長だもん。
だけど、スザンナさんもそんなことしたら、クビになっちゃう。
やっぱりこのことは、誰にも言っちゃいけないわ…)

リーリアが悶々と仲間と女王の心配をしていると、
二つの足音が聞こえてきた。

重々しい足音と、それよりもやや軽快な足音が、
廊下にこだまする。
やがて、その音に混じって話し声まで聞こえてきた。

「…そういえば、あんたがくしゃみするの、見たことないわ」

明るい声がした。
女王の声が示す『あんた』がザバイカリエだと思うと、
リーリアの心は暗い底なし沼にどんどん沈んでいったが、

「風邪のひとつくらい、ひいているはずだが」

リーリアの頭上に、謎マークがひょっこりわいて出た。

(この声は…ザバイカリエさまじゃない!)

気づいた瞬間、底なし沼から見事に脱出したリーリアは、
少し考えこんだが、すぐ声の主を当てた。

(さ、宰相閣下!?)

リーリアにとって、宰相は雲の上の存在だった。
なにせとても賢いうえに、ものすごく怖くて、
新人官吏は執務室に書類を置きに行くのもいやがる…
というのも、うわさでしか聞いたことがない。
おまけに世界のローフェンディア帝国の皇子さま。
自分には無縁の人だという感覚しか持っていなかった。

一方の女王は明るく気さくで、
自分たちにもよく話しかけてくれたり、
たまに会ったときなど、こっそりお菓子をくれたりもする。
失敗も笑って許してくださるし、
とても仕えがいのある女王さまだと思っている。

その二人が…そういった仲だったということは、
リーリアにはとても意外だった。

姫さまのお相手はどんな方かしら、
と、侍女仲間たちと話に花を咲かせたこともあったが、
宰相ユートレクトの名前は殆ど挙がったことはなかった。
むしろザバイカリエの方がよく名前を出されていて、
ザバイカリエファンクラブのメンバーは、
彼の名前が挙がるたび必死に否定していた。

だがしかしなんにせよ。

今、自分は世紀の瞬間に居合わせている…
リーリアの心は否応なく高揚した。

(もし、あたしの今の境遇を
『日刊センチュリア』とか『週刊淑女の泉』の記者が知ったら、
大枚はたいてでも代わってほしいって言うに違いないわ)

壷の後ろで女王と宰相を見守りながら、
リーリアは秘密潜入をしている雑誌記者になった気分で、
固唾を呑んで二人の様子を見守った。

(つぎへ)

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