こんにちわ。

まだまだ終息しそうにもないゆづのあの発言。
そりゃそうですよね・・・。
 
 
今まで吐き出したくても吐き出せなかった事を、やっと吐き出してくれた。私個人的にはそう思っています。でも、あのゆづの言葉には決して自分の事だけを話していないという事です。
たくさんのブロガーの方々もすでに書かれていますが、誰かを傷つけたり傷ついたりするのはやめよう。お互い何かきっかけをつくれば歩み寄れるはず。私はそう思ってます。
 
 
私が何よりも辛いのは、同じファン同士の争いです。ソチ五輪以降、ゆづファンが増えると共にゆづを応援するブログが増えました。私は2011年の4大陸選手権のツイゴイネルワイゼンを見て、彼を好きになり、ニースロミジュリで堕ちました。ファンが増えれば、色々な考えを持つ人が増えて当然だと思います。ただ、自分と違う考え方だからと言って、その人に攻撃的な事を言う。こういうのを見ていると、とても悲しくなります。
 
 
 
 
ここから先は、私の話なので興味のないかたはスルーして下さい。
ゆづが『何回も死のうとした』という言葉を聞いて、私の中でも忘れたかった事が甦ってきた。
数年前、規模は小さいけど羽生結弦私設ファンクラブをつくりました。その時はわかっていませんでした。いかにそれをすることが大変なことなのかを。5~6人の仲間が相談に乗ってくれたりして最初の頃はワイワイと楽しくやっていました。でも、ファンクラブをつくって何か行動を起こすたびに、ブログのコメントに嫌がらせがくるようになりました。それと同時に、これまで私とは全く無縁だと思っていた【2ちゃんねる】というところで、私の事が散々書かれているのを目にしました。『こんな思いをするならもう嫌だ。ただゆづを応援したいだけなのに。もうやめたい』と言ってみたり、『そんなの気にしなくていい』と励まされ、もう1度頑張ってみたりの繰り返しの日々でした。
 
 
ソチ五輪でゆづが金メダルを獲った時、決定的な事がおこり、『これ以上はもう本当に無理だ』ってなりました。これまで寄り添ってくれてきた5~6名の仲間たちとも決別することになった。でも、最後にもう1度話をしておきたいって思ったけど、それも拒否され「もうこれ以上あなたに振り回されたくない」という返事がきた。私はその時埼玉にいた。ゆづの優勝を見届けた後ためこんでいた大量の睡眠薬を飲んだ。
気がついた時、埼玉の病院だった。目の前には父親と母親がいて、私は体ごと拘束されていました。
しばらく入院していて、私が少し落ち着いてから父親から話を聞きました。私からのメールの内容に不信に思ったあるゆづ友さんが、私の住所から電話を調べて、私の様子がおかしいからと連絡があったと父親から聞きました。私のこの出来事を知った5~6名の中の1人から、「私達の方が散々振り回されたのに、こんなことされていい迷惑です」とメッセージが届きました。
入院中、ゆづが各地で開催されているアイスショーに出演し、花になれを披露しているのをネットニュースや動画で見て、毎日泣いていました。それを見た先生が『しばらくネットと羽生くんから距離をとるよう』にと言われました。
 
 
もうブログは書かないつもりでいたけれど、2014年の中国杯の時、書かずにはいられなくなり、そこで半年ぶりにブログを書いた。
半年ぶりにブログを書いて、はじめてきたコメントが『あんなに騒ぎをおこしてまだあなたは性懲りもなく』でした。それでもブログは続けてました。続けていてもやっぱりいろんな事がありました。こういうブログを始めて、ネットの怖さ、匿名の怖さというものを実感しました。
ゆづが負った傷とは比べものにならないけれど、ネットでの誹謗中傷は悪質ないじめだと私は思っています。
 
 
ゆづが今だからこそ言える事を、伝えた大事なメッセージ。
それを「本当は死ぬ気なんてなかったくせに」「中2病」「かまってちゃん」「大げさ」なんて信じられない事を言う人もいるけど、"死のうとした"時の気持ちやその時の状況は本人でないとわからない。
今回のCiONTUでのゆづのメッセージ、そして"言葉に笑顔を"と伝えたメッセージに込められたゆづの想いをわかってほしい。
目に見える暴力だけが暴力じゃない。