貨幣観パラダイムシフトは歴史の必然 | 門前小僧、習わぬ今日を読む

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反グローバリズム、反新自由主義、反緊縮財政。
アイコン,ロゴ画面はイラストレーターtakaさんより。
takaさんの詳細情報はブログ画面にて。

基本的に、零細企業や家計と違い、

 

そもそも、

一国の政府が債務の全額償還を迫られるなんてことは、

まずありません。

 

それが、

 

金本位制であっても、

固定相場制であったとしても、

 

供給能力と経済力が安定した国であれば、

財政破綻(政府債務の不履行、デフォルト)

なんて事態に陥ることは、

まずあり得ません。

 

無論、金本位制、固定相場制下では、

財政破綻のリスク(可能性)はあるものの、

 

経済が豊かであれば、

そのリスクを

極限まで減らすことが可能なのです。

 

経済が豊か、つまり

経済活動が活発であれば、

その国への投資は増えるし、

供給能力があれば輸出も出来る。

 

海外からの投資が増えることと、

輸出が増えるということは、

その国の通貨が買われているということを意味します。

 

そして、

 

自国通貨が買われる状況が

為替相場における自国通貨価値の安定を招きます。

 

※しかし、誠に遺憾ながらこの問題が、輸出を増やす&海外投資を呼び込むという現在の愚かな政治家・財界人の至上命題になってしまっているところに、我が国の悲劇があります。彼らは通貨高を維持したいのです。自らの私腹を肥やすために。

 

通貨価値が安定している以上、

 

通貨の暴落も、

ハイパーインフレもあり得ません。

 

いずれにせよ、

ブレトンウッズ体制の崩壊、

ニクソンショックによって、

世界は

「お金(貨幣)の本質は何か」

という極めて重要な問いに、ようやく気付きました。

 

 

 

 

「お金」という言葉が示すように、

それまで人類は貨幣のことを、

単純に金(Gold)だと信じて疑わなかったわけですが、

 

ニクソンショックによって

各国の通貨(流通貨幣)と金(Gold)との関係が

完全に切り離されました。

 

にも拘らず、

通貨として機能する貨幣というものの本質について、

人類は本気で考えざるを得なくなったのです。

 

これは、

人類の発展が経済の拡大を伴ってきた

歴史の必然ともいうべきイベントではありましたが、

その重大さ、

歴史の転換点足り得る意味に気づく人は、

当時は少なかったと思います。

 

そして、現在に至っても。

 

それでも、

ごく一部の極めて特異で優秀な人たちは、

それに気づき、

研究と探索を重ねてきました。

 

それが、

MMT(現代貨幣理論)

として結実します。

 

MMT登場以前、

 

お金はお金であって、

別にお金の本質が何か知らなくても、

モノやサービスが買えれば済む話ですし、

経済学者に至っても、

それは同様だったでしょう。

 

貨幣とは負債である

 

という定義を鼻で笑うのは、

その意味が理解できないからです。

 

彼らの中では貨幣とはモノであり、

普遍的な交換が可能な商品であり、

抽象的・概念的なものではあり得ないのです。

 

だって、手に持てるから(現金は)。

 

深く考えたことも無いから議論も出来ないし、

出来るリアクションといえば鼻で笑うしかない。

 

さて、

 

コロナによって、世界各国が財政出動を余儀なくされています。

 

 

 

強制的に財政支出が増大することで、

「財政赤字が悪である」

という無意味な主張が疎ましく感じられるようになってくれば、

金本位制から管理通貨制に移行したときのように、

世界の認識が変わるかもしれない。

 

今度は、貨幣観のパラダイムシフトを伴って。

 

その流れは、恐らく海外でより活発化するものと思われます。

 

そうなれば、

一時的にでも、

新自由主義的な緊縮政策の流れが駆逐され、

ステークホルダー資本主義という価値観も相まって、

再び經世濟民的な潮流が、世界を覆うかもしれませんね。

 

 

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