国内最大級のショッピングモールで無差別銃撃事件が発生し、21人が死亡、重軽傷者17人という惨事となりました。犯人は、仲間割れで事前に1人が殺され、実行犯2人は自殺しました。

この作品は、無差別銃撃事件はあくまで前置きであり、その後日談こそが重要なこととして描かれています。

冒頭ほとんど70頁を費やして描かれる事件の顛末は克明なものです。だからといって、すべてがわかるわけではありません。わかるわけもないのです。

半年後、母吉村菊乃(よしむら きくの)を殺された資産家に雇われた弁護士徳下宗平 (とくした そうへい)の下で、事件に居合わせた5人の男女との会合がもたれました。資産家には、母菊乃が殺された状況に疑念がありました。徳下の仕事は、一人一人の当日の行動を確認するところから始まります。

事件後の事態の推移は、クラシックバレエに打ち込んでいた高校一年生の女子生徒、片岡(かたおか)いずみを中心として描かれています。

事件が被害者たちの生活を大きく変えました。
マスコミは、世論は、とりわけSNSは、正義を振りかざし、職場で、学校で、近隣で、事件に立ち会ったというだけで、標的を変えながらも、誰かれとなく非難してきたのです。

半年後の検証で、明らかにされたことは多くありました。
菊乃が殺された状況を明らかにすることは、他の一人一人の殺された状況を明らかにすることにつながっています。更には、ある人がどのような状況で、生き残ることができた、のかを明らかにすることにもなりました。

過去を振り返り、こうすればよかった、ああすればよかった、と思うことは、誰にとっても多いものです。その時の選択が、隣にいた人の生死を決めたのかもしれない、となればなおさらでしょう。しかし、その時、誰にとっても未来は見えていませんでした。それでも、……。

当日の行動の確認れば、それぞれの事実が生まれます。確かに整合する事実もありました。しかし、矛盾している事実から、新たな謎が次々に生じてきました。

会合が続く間に、いずみ個人の描写が挟まれていきます。
クラスメイトであり、ともにバレエを学ぶライバルである古館小梢(ふるたち こずえ)は、これまでいずみを虐めてきました。さらに、事件時に、ともに同じ場所で、生き残った相手でもありました。
当然、当初は、いずみは小梢を憎んでいたのです。しかし、会合を重ねながら、時間が経過するにつれ、いずみの小梢に対する思いは徐々に変わっていきました。

錯綜した幾つもの謎の糸が、徳下弁護士や会合の参加者の手によって、徐々にほどかれていきます。
ですが、最後に明らかになるのは、多くの人にとって、思いもよらぬことでした。では、なぜ、それまでに謎が示され、解かれた、とされたのでしょう。ここに、考えるに値する問題が確かにある、と感じています。

*呉 勝浩 著『スワン』
 ご かつひろ すわん  
 角川文庫 令和4/7/25