※『天国大魔境 1 』 『天国大魔境 2 』 『天国大魔境 3 』 『天国大魔境 4 』 『天国大魔境 5 』 『天国大魔境 6 』 『天国大魔境 7 』
奈良への途次、キルコとマルは、若い男に盗賊と間違えられた。弓で撃たれそうになったが、何とか誤解が解け、山村に一泊することになった。
山村に住んでいるのは、2024年の厄災の後は、一家族だけとなっていた。キルコたちを前に、その家族の婆ちゃんは語る。
<婆 (孫が盗賊に見間違えたのは悪かったですが…… ちょっとわかります)
キルコ・マル( 何が!? )
婆 (生きる事に前向きな 生命の光みたいなもので 目がギラギラしてるん
ですよ)
キルコ(そんなもんかね……? おばちゃんは何歳なの? )
婆 (74歳になります)
マル (すげえーっ 今まで会った人の中で一番長生きかも! 自分こそ生命力に
あふれてんじゃん!! ) >(21頁)
「盗賊」に間違えられた話を読みながら、ウケ狙いの話にしては、と思ったが、この婆ちゃんの話を読むと、真正面を向いた話であることがわかる。キルコとマルの物事に向かう姿は、婆ちゃん(と孫)に、他の人々と比較して、ひたむきな意思を感じさせるものだったのだろう。
作者は、ここで、キルコとマルの変貌を確認している。これまでのキルコとマルではない、と。
たまたま滞在した山村で、キルコたちは、鬼のミイラと称される、鎖で幾重にも巻かれた瀕死の”人食い”に遭遇し、驚愕の事実を知る。
”人食い”を前に、村の婆ちゃんは語る。
<婆 (人食い怪物というと……)
キルコ(ああハイ 大災害の後現れたやつです)
婆 (この鬼のミイラは 2024年の災厄よりもっと大昔からここにあります
よ)
キルコ・マル( えっ )
婆 (少なくとも江戸時代の文献には記されています)
… 略 …
婆 (代々この神社では鬼が暴れ出さないよう7年に一度祭りを執り行い)
(新たな鎖をひと巻き増やすのが慣例でして……)
… 略 …
キルコ(そうか おばちゃん達の一家が村を捨てない理由って こいつを封じ込
め続けるためなんだな)
… 略 …
キルコ(僕ら殺せるんですよ コレ)
… 略 …
婆 ( それは ぜひ )
(やめていただきたい)
(この鬼をまつり続ける事が 私達の生きる理由なんです)
キルコ(なるほど…… 「生き甲斐」ってやつ)
婆 (ええ ちのこどくが生きる希望……)
マル (チノコドク……? )
キルコ(…… 地……の 孤独……? かな? )
(土地に縛られた稀な一族である事が誇りって事? )
婆 (フェ フェ フェ フェ )
(こんな世の中で 生きるよすがになります)>(41-45頁)
”ヒルコ”の子供たち。そして、時折顔を出す、”人食い”たち。どんな形の関係があるかは、充分に示唆されている。ミミヒメ、シロ、オーマ、ククたちについて、わかった事も多い。
だが、ヒルコが、”少なくとも江戸時代の文献には記されて”いたことがわかったのである。話が違う、のである。整合性が取れない。話が、どのように拡がっていくか見当がつかない。
「ちのこどく」に関して、「ち」、「こどく」は解釈が相当数有りそうであるが、材料が少なすぎて、とても特定できない。「血」、「蠱毒」等は、大いに魅惑的な解釈であるが、まさか、とも思う。
一家族しかいない村に、一人の子供が生まれた。奈良に向かう車中で、キルコはつぶやく。
<キルコ(孤独という割にはひとり増えたし 生き甲斐があれば まんざら寂しくも
ないよな)
(今ならわかる)
マル (今なら? )
(おねえちゃんの生き甲斐って何なの? )
キルコ(…… ……)
マル (ねぇ? )
キルコ(もう! 何でもいいだろ 気が散るとまた迷子になるぞ) >(50頁)
生き甲斐、という言葉を聞いたのはずいぶん久しぶりである。
最近聞くのは、自分に合った仕事とか、やりがいのある仕事とか、周りを自分に合わせるようなイメージのものが多い。
だが、この場面での「生き甲斐」という言葉には、運命的な、自らすべてを積極的に受け入れる、というニュアンスを感じる。
婆ちゃんの「生きる事に前向きな 生命の光みたいなもので 目がギラギラしてるんですよ」という表現は、ここで言う「生き甲斐」が、外に現れたものと言えるかもしれない。
これから、キルコにもマルにも、どんな変化が現れるか、大いに楽しみである。
*石黒 正数 著 『天国大魔境 8 』 アフタヌーンKC 2022/11/22