御馬廻りであった奥脇(おくわき)抄一郎(しょういちろう)は、半端な剣術遣(つか)いとして武芸に励んできたが、いつしか女誑(たら)しとして日々を過ごすようになった。

 

あるとき、抄一郎は女に腹を刺される。動けるようになった時には、仮設された藩札掛に回されていた。藩札とは藩でのみ通用する原始的な紙幣である。

 

だがこれが転機となる。抄一郎は、藩札掛の仕事を、紛れもなく一命を賭す戦(いくさ)である、と観た。抄一郎は、藩札頭佐島兵右衛門の行いに感化され、個性豊かな同僚と共に仕事に打ち込むようになる。

 

藩札の流通は順調であったが、兵右衛門が亡くなり、抄一郎が頭となる。

やがて宝暦の飢饉が起こった。危惧していた通り、飢饉への対処が対立を生んだ。相手は、首席家老の意を受けた抄一郎の女遊びの師、長坂(ながさか)甚八(じんぱち)である。とはいえ、このころ甚八は女を扱いあぐね、振り回されていた。

結局、藩札の版木を持って国を出ようとする抄一郎を、甚八が阻止しようとする。だが、抄一郎はまともに相手にせず、隙を見定めて脱出した。とはいえ、抄一郎は、

<本来なら、藩札の版木を持って国を欠け落ちた者として逃げているはずなのに、いつの間にか女を誑かした者として逃げている。>

という情けない姿を自覚せざるを得なかった。

 

抄一郎は江戸に出て万年青(おもと)の商いを生業とした。ほどなくして、仲介してくれる旗本深井藤兵衛の伝手から、様々な藩の藩札の板行指南をするようになる。彼の名は、思っていた以上に世間に知られていた。

 

それぞれの指南の希望に応えるうちに、抄一郎自身がそれと自覚するほどに藩札の知識が深まっていった。すべての中心である江戸という土地も、抄一郎に多くを教えてくれた。特に、藤兵衛からは海からの視座とその物流を学び、船の実践的な知識も得た。

 

そして、目指す仕法に辿り着いた夜の、一人酒の描写が切ない。

酒がすすむほどに、侘しさが募ってくる姿には、心打たれる。

 

藩政改革を可能とする仕法を持って、抄一郎は、北の海に臨む小藩、島村藩の藩札板行指南となる。

 

島村藩の貧しさは、抄一郎の想像の域を超えていた。その貧しさが、その藩の武家を、武家足らしめるものを失わせていた。

 

抄一郎の依頼人である御主法替えの執政、梶原(かじわら)清明(きよあき)は、国を立て直すためには、<無理をしなければならぬ>と語った。翌日には、それを、度肝を抜く形にしてみせた。

梶原清明は鬼になった。抄一郎の献策が、鬼としたのだ。

ここから、すべてが始まった。

 

 

島村藩の藩札板行指南の話が面白かった。この内容にしては、無駄なくコンパクトにまとまっている。否まとまりすぎていると言ったほうがいい。もう少しこの世界に浸っていたいと感じさせる。

 

そもそも登場人物の一人一人の出番が少なすぎる。

 

藩札頭佐島兵右衛門には変わり者という風評があった。本当はどんな人であったか。

佐島五人衆の一人、垣内助松の釣り師としての腕を見てみたい。もう少し凝った釣り竿を見せてほしい。

抄一郎に、大名を初めて紹介してくれた大身旗本西脇頼信の鷹揚な物腰に接していると、次にどんなエピソードに出てくるのか、と思わず期待してしまう。そんなエピソードがあるはずだと確信していた。

旗本深井藤兵衛の船の商いの蘊蓄を聞いていると、この人の実際の商売の様子を知りたい。

 

これだけ(島村藩の話を入れると、まだいくつか)で五個の短編いや長編でもいいが、続編あるいはスピンオフの作品ができるはずである。

 

読みたい。