以前からずっと

やってみたいと思っていた英語学習




なかなか一歩が踏み出せずにいたのですが、

先日たまたま立ち寄ったら

雑貨屋さんのオーナーさんが、

昔イギリスに住んでいたというお話を聞いて、

単純な私は

「じゃあ、ちょっと始めてみようかな」

と軽い気持ちで始めてみることにしました




オンラインでの学習を考えて

色々と調べていたのですが、

「アプリだと続けやすいよ」

というオーナーさんのアドバイスもあり、

すぐにアプリを登録しました




ゲーム感覚でできるので、少し飽きっぽい私でも

今のところ毎日楽しく続けられています




昔から勉強は大の苦手で、

テスト勉強もほとんどしない学生でした




でも大人になってわかったのは、

「興味がなかったから勉強できなかったんだ」

ということ




今の私は、

興味が向くままに好きな学びを続けています





これからも、自分の「楽しい!」

という気持ちを大切に

好きなことをたくさん見つけて

挑戦していけたらいいなと思っています



今思えば、昔から自分とのこころの対話は


よくしていました。



ちゃんと聞いてあげることで


自分の変化にも気づいてあげることができる。



この静かな対話を通して、


少しずつ変わっていけるのだと感じています。



そんなお話できる場所を用意しておりますので、


気になるよって方はぜひ覗いてみてください♡



先日、ある講座で「親にしてもらって嬉しかった


こと」と「もっとこうしてほしかったこと」を幼


少期を振り返って書き出すワークに取り組む機会


がありました。





私は普段から未来志向で、過去のことを思い出す


のが少し苦手なので、まずは特に心に残っている


ことを書き出してみました。





「親にしてもらって嬉しかったこと」はすらすら


と書けたのですが、「もっとこうしてほしかった


こと」が、なぜか全く思い浮かばなかったんで


す。





実は以前も同じワークをしたことがあり、その時


はもっとスムーズに書けていた記憶があります。





でも、今回はワークの意味をきちんと考えて臨ん


でいたからか、どうしても言葉が出てこなく


て…。





どうしてだろう?と考えてみて、一つの気づきが


ありました。





以前は「何か書かなきゃ」という気持ちが強く


て、幼少期の自分がどう感じていたかよりも、今


の私の考えに合わせて書いてしまっていたんだ


な、と。





それと同時に、昔から私は自分自身と向き合うこ


とが多かったんじゃないかな、とも感じました。





人に対して「こうしてほしい」という気持ちが、


あまりなかったのかもしれません。





それは、人に期待するかしないか、というのとは


少し違っていて、ただひたすらに自分の心と会話


をしていたような気がします。





だから、誰かに「こうしてほしい」と思うよりも


早く、もう自分の中で答えが出ていて、「まあ、


そうだよね」って納得していたのかもしれませ


ん。





自分にとってしっくりこない言葉だと、


なかなか考えられないものですね。





今回もまた、新しい自分の一面に気づく、


とても良い機会になりました。









お悩みの大きい小さいに関わらず

いろんなお話ができたらいいなと思っています


そんな場所をつくりました

よかったら覗いてやってください♡


日常案内役 よりみちの小屋

「このママだから〇〇できない」とか、


「ママは〇〇であるべき」といった声を


聞くたびに、


なんだか息苦しさを感じることってないですか?





「ママ」という言葉の裏に、


たくさんの「こうあるべき」という言葉が


隠れているように感じて、窮屈に思えてしまう


気持ちすごくよく分かります。





まるで「ママ」になった途端、


これまでの「私」が


どこかに行ってしまったかのように


扱われるのは、ちょっと寂しいですね。





私も、「母親」である前にひとりの人間として、


私自身を大切にしたいって思っています。





仕事をしている時も、友達といる時も、


SNSを見ている時も、


あまり子どもの話はしない方です。





それは、「話さないようにしよう」と


意識しているというよりも、


ただ「私」として過ごす時間が、


一番自然で、


一番心地いいからだと感じています。





子どもたちと過ごす時間は、


とっても大切な時間です。





それと同じくらい、私ひとりで過ごす時間も、


私をつくる上で欠かせない大切な時間です。





どちらの時間も、


私にとっては大切な「私」の一部なんです。





「ママ」という役割も、


もちろん大切な私の一部ですが、


それだけが「私」のすべてじゃないんですよね。






たくさんの顔を持つひとりの人として、


これからも自分らしく過ごしていきたいですね。







日常のちょっとしたことお話できます♡


よりみちの小屋


ふと、中学生の頃の出来事を思い出しました。

それは、陸上部に所属していた時のことです。




ある日、顧問の先生がグラウンドで私たち部員を

集めて、こんな質問をしました。




「目印がない方が走れる人」と

「目印がある方が走れる人」、

どちらかに手を挙げてみようと言いました。




当時の私は、迷わず「目印がない方が走れる人」

に手を挙げました。




時間を気にしたり、残りの距離を意識したりする

と、なんだか現実を見てしまって、

余計に苦しくなる気がしたんです。




ただひたすら走って、いつの間にかゴールに

着くのが、一番気楽だと思っていました。




ところが、周りを見渡すと、

私以外の部員はみんな「目印がある方が走れる
人」に手を挙げていたんです。




その瞬間、「あぁ、私だけ間違えちゃったな」

「みんなに『分かってないな』って思われたかも…」と、恥ずかしくてたまらない気持ちになりました。

早くその場から逃げ出したかったくらいです。





先生はその後、「あと何分」「あと何キロ」といった時計や看板がある方が、人は残りの距離が分かって頑張れる、

というような話をされていたと思います。




当時の私には、先生のその言葉が正解のように

聞こえて、自分がまるで間違った選択をしたかの

ように感じられたんです。




今になって思うのは、

「結局のところ、自分が心地よく走れるなら、

どっちだっていいじゃないか」ということです。




中学生のわたしへ

あの時のあなたは、自分の感覚を信じていました。それは、とても素敵なことです。

周りと同じである必要なんてないよ。

自分が一番リラックスして、力を出せる方法が、あなたにとっての「正解」なんだよ、と伝えてあげたいです。




みなさまがもし、今また同じような場面に出会っ

たとしたら、どんな風に感じますか?


最近、心のなかがすっきりと整理されて、

とっても生きやすくなったんです。




まるで頭の中が綺麗に片付いた部屋みたいに
クリアになって、

「あ、こっちの道を行けばいいんだな」って

シンプルに考えられるようになった感じ。




以前は「どうしようかな…」って悩んで

立ち止まることもあったけど、今は

「悩んでる暇があるなら、とりあえず行ってみよう!」とフットワークが軽くなりました。




あれこれ考えすぎず、直感を信じて動くって、こ
んなにラクなんだなってしみじみ感じています。




そして、以前よりもっと自分に

優しくなれたことも大きな変化です。




自分の心の声に耳を傾ける時間を

意識的に作るようになったら、

「あ、これはちょっと無理してるな」とか

「これ、本当はやりたくないやつだ!」って

気づけるようになったんです。




まるで体や心の声が聞こえるように

なったみたいで、おかげで無駄な頑張りを

手放せるようになりました。




自分を大切にするって、こういうことなんだなって、今なら素直に思えます。

昔は「こんなこと言ったら、変に思われるかな?」なんて考えて、なかなか本音を話せずにいました。




まるで自分だけの世界に閉じこもっているような
人間でした。

でも最近、「もしかしたら、私のことを知っても

らえたら、何か良い方向に変わるきっかけになる
かも?」って、ふと思うようになったんです。




だから、ほんのちょっとだけ、心の鍵を開けて、

自分のことを話してみようかなって

思えるようになりました。




まだほんの少しの勇気だけど、

この小さな一歩が、新しい出会いや発見に

繋がったら嬉しいなと思っています。





肩の力が抜けて、もっと自分らしく

いられるようになった今日この頃。

この心地よい変化を

これからも大切にしていきたいです。