小森忍の生涯
松下亘
父の蔵書の中の一冊、「小森忍の生涯」。小森忍と言う人を知ってる人はかなり少ないと思う。若い頃、のちに人間国宝になる河井寛次郎と濱田庄司を育て晩年は北海道の野幌で陶芸をしていた人。
私がこの小森忍を知ったのは、父が陶磁器が好きで、江別のセラミックセンターで何か陶磁器の展覧会があり、喜んでもらおうと思い連れて行った。この江別のセラミックセンターでは小森忍の常設展示スペースがあり、父がこの時、小森忍について少し説明してくれた。河井寛次郎と濱田庄司に教えたのは小森忍で、小森の辰砂の発色は素晴らしく、中国の陶磁器の復元を試みて釉薬の知識はものすごい人だったと。この頃は、陶磁器には全く興味がなかったので、何を言ってるのかよくわからなかった。ただ、濱田庄司や河井寛次郎より技術があって何故、人間国宝になれなかったのか父に書いた記憶がある。父の話から小森忍と言う人にものすごく惹かれてしまった。
この本を読んで、北海道には来ず、瀬戸で活躍し展覧会に出展していたら人間国宝になれたろうと思う。ものすごい技術が、ありながら人には理解されず在野で消えていく、出来ればこんな生涯で終えたいと思うくらい。
この本の中で、野幌で作陶をしていた頃、河井寛次郎と濱田庄司が会いにきて時、複雑な気持ちだったろうと書いてあったけど、私は、そうは思わなかった。自分の育てた人が、2人も人間国宝になって、わざわざ会いにきてくれるなんて、これ以上ないくらい嬉しかったと思う。たぶん、小森忍は、人間国宝になるならないは別にして、とにかく釉薬が好きで根っからの技術者だったんだじゃないかと思う。
時代が時代だったから仕方ないのだろうけど、これだけの人が北海道にいながら、もう少し支援することができなかったのかと思う。そうすれば、北海道から陶芸家を輩出できたんじゃないかと思う。