「峠」を読み終えて… | 共和ゴム代表取締役・寺阪のブログ

共和ゴム代表取締役・寺阪のブログ

常に前向きに、チャレンジ精神をもって中小企業の経営しております。
大の歴史好きで「経営は歴史から学ぶ」をモットーに4つの会社経営に活かしております。

経営、歴史、政治経済、サッカーなどの事をブログに書いております。

昨晩、司馬遼太郎の歴史小説で河井継之助が主人公の『峠』を読み終えました。

全くハッピーエンドではない結末は知ってましたが、辛く悲しい結末に本当に色々と考えさせられました…


たった俸禄100石の河井継之助が筆頭家老にまで成ったのは本当に凄い事だと思いますが、それだけ他の家臣がダメだったという事で、幕末混乱期に藩政を率いていくのは異才・河井継之助しか居なかったというごくごく当たり前の人事でもあります。


幕末混乱期に、明治維新という革命を起こした薩長ですら気付いていない、武士の時代が終わる、士農工商という身分制度が崩壊する、これからは武士ではなく商人(商売)の時代になる、という事を予言しておりました。


開明主義で、これだけの先見性があり、かつ非戦主義者であった河井継之助が北越戊辰戦争へ突入して行ってしまうのが、なんかずっと解せずに読み進めておりました。

ある意味、本当の「ラスト・サムライ」は河井継之助だったのかもしれません。

(河井継之助は否定するでしょうが・・笑)


理不尽な要求を貫く薩長に一矢報いた河井継之助の事を長岡の英雄という人もたくさん居ます。

確かに薩長に対して大きな一矢報いた事は事実であり、明治政府も北越での芳しくない戦況に恐々とし、海外の諸外国からも北越の戦況についてしつこく聞かれるという有様でした。

北越ならびに東北の諸藩が連合し新政府を建て、それをアメリカが支援するというシナリオも出てくるくらいでした。

色々な意味で河井継之助は明治維新政府にとっては怖い存在だったと思います。



しかし、河井継之助が長岡の英雄と言われるその一方で、長岡藩を凄惨たる北越戊辰戦争に突入させ、結果的に長岡藩を滅ぼしたとも言われております…


凄惨な北越戊辰戦争は武士だけでなく罪のない農民などにも大きな被害を出した事は事実です。


僕も全然知らなかったのですが、河井継之助のお墓が壊されたという話もあります。
(この真偽については調べたいですね)

ただ河井継之助自身は自分のお墓が壊されても全然怒らず、むしろ「俺もその人達(お墓を壊した人達)の気持ちがよーく分かるわ!」と神妙な顔つきで言ってそうですが。。。


僕が河井継之助の立場だったらどうしていたかを結構考えさせられました。
ベストな選択肢は一切なく、いずれの選択肢にも大きな不幸があるものばかりでした…

このような状況でもトップは決断し行動しなければなりません。


開明主義で非戦主義者の河井継之助が戦争へと突入しなければいけないくらいに追い込まれていたのだと思うと、(しかもその最終決断を自分がしないといけない・・)河井継之助自身が本当に辛かったのだと思います。


これだけの才能がある河井継之助が生き残っていたら明治時代にも大いに活躍したことは間違いありません。

河井継之助自身は、政府高官ではなく商人(商売)をやりたがっていたらしいですが・・


そう考えると、今の世の中は本当に平和で素晴らしいと思います。


戦争で命を取られることもないですし、
坂本龍馬や河井継之助などがやりたかったけどできなかった商売も思う存分できてますし、商売で敗れても命を取られることはありません。
本当にありがたいことです!


今の時代に、なに当たり前の事を言うてるねん!とも言われそうですが、そういう当たり前の時代に、しかも日本という素晴らしい国に生まれたことが奇跡であり、本当に素晴らしくありがたい事だと常々思っております。

『峠』読み終えて、益々この思いが強くなりました!


今の時代に生まれた事をしっかりと感謝しながら、
これからもしっかりと商売に励みます!