愛なくば我に益なし。
コリント前書13章
今、通ってる教会では、礼拝が終わると、
2週間に一度くらいの割合で愛餐会があります。
役員の人が中心になって、支度から後片付けまで、奉仕されます。
わたし達も、参加した時にはお手伝いをします。
もちろん、強制などされません。自発的にです。
何度か参加する中で、ちょっと ? という思いになりました。
教会員の方の中には、精神的な病を持ってる方々も多くおられます。
比較的若く作業所や、ディになどに通われて社会復帰を目指しておられ、症状?も軽いように思えます。
病を持ってる方々を批判する気持ちは毛頭ないのですが、1人として、準備や片付けを手伝おうと言う方がおられないのです。
わたしはマルタ?
わたしは、奉仕をしろと言っている訳ではありません。それぞれに、理由があるのですから。
教会は、病を持ってる方々を受入れます。
みんな優しく応対されます。
だから、理解しようとしてる方々がおられる中で、教会に甘えて、コミュニケーションをとる練習?をして欲しいと思うのです。
役員さん達ばかりに、片付けさせては申し訳ないなぁとか、思ってくれたらなぁと思うのです。
それが病と言われればそれまでですが、なぜか自分の事しか考えられない。
みんなが気を使ってくれて、当たり前になってないかなぁと。
せめて、自分が食べた物は、自分で片付ける。出来ない人は出来ませんって言う。
役員さんも、セルフサービスでね。
って言えば、分かってもらえるのではないかなと思います。
やりすぎ???ると、
世の中に出る準備に差し障りがあるのではないかと思います。
自分がした事で、誰かが喜んでくれる姿を見て喜びを感じる。
病の全ての人があてはまる訳ではありませんが、自分の事だけ考えてると病も重くなるのでは?
こんな事を書くと、病を持ってる方々から、この苦しみが分からないくせにって、思われるかもしれません。ごめんなさい。
弱い人って誰の事?みんな弱いのです。

