或る事象をどう認識するか、というのは深いテーマです。人は様々なことを、共通認識ツールである言語を使って共有しますが、個々の人がそれぞれ本当にどう認識しているかは、分かりません。この服赤いね。そうだね、赤いね。と話しても、「赤い」という色が、それぞれの人にどう見えているかは、その人本人にしか分からないことです。全ては言葉という、触ることの出来ない記号によって変換されています。

 

 自分自身の認識を取っても、自分でも驚くような錯覚はあります。背景色などの違いによって、同じ色のものが違う色に見える。そして背景色などを取り除いてみて、同じ色であることを実際に確認しても、また背景色などを入れるとまた完全な錯覚を起こしてしまう。そんなテストをやってみたことがある方も多いことでしょう。

 

 人々の認識は錯覚に満ちており、かつ人と人の間の認識の共有は、かなり覚束ないものである。であるからこそ、コミュニケーションというのは、念には念を入れて行わないと、まぁ基本は誤解に陥るのだと思います。そういう出来事、多いですね。もって他山の石とすべし。気を付けたいと思います。