森英恵さんを初めて認識したのは

たぶんソウルオリンピックだと思う。

 

当時「シンクロナイズドスイミング」と呼ばれていた競技で、小谷実可子さんが着ていた白地に大きな蝶が描かれた

水着。

子どもながらに、「なんて綺麗なんだろう」と思った記憶が

ある。

 

それ以降、私にとって森英恵さんは、

 

「蝶のデザイナーさん」

 

だった。

 

 

その後、ハンカチなどの小物でお世話になることはあっても、どこか遠い存在。

 

華やかで、才能に恵まれていて、

特別な世界で生きている女性。

 

そんなイメージを持っていた。

 

今回、大回顧展を見てその印象が少し変わった。

 

展示を見ながらまず驚いたのが、

50歳でパリ・オートクチュールへの挑戦を決意されたこと。

 

今の50歳より、当時の50歳はもっと「人生後半」の

イメージが強かったはずだ。

 

日本・ニューヨークでの成功を手にしての

そのご年齢での、最高峰へのさらなるチャレンジ。

 

あまりのバイタリティに圧倒されてしまう。
 

しかしじっくり見ていくと、

彼女のもっと人間らしい部分もたくさんうかがえる。

 

様々な選択で悩み、苦しみ、体調も崩し、

「迷ったり、立ち止まったりしながら、

実直に進んでこられた方」

という印象が強くなっていった。

 

超人的な才能のある方でも、悩む。


そのことに少しほっとした。

 

同時に印象的だったのが

「服」だけを作っていた方ではない、ということ。

 

ナイロンジャージー素材を使った「デイドレス」の展示も

あった。

 

コンパクトに畳めて、しわになりにくく、洗濯もできる。

でも外できちんとして見える。

 

 

単なる“綺麗な服”ではなく、生活する女性のための服。

 

忙しく働き、子育てもされていた森さんだからこそ

出てきた発想なのかもしれない。

 

私は美容医療の仕事をしているけれど、最近ますます

「美容だけが独立して存在するわけではない」

と感じることが多い。

 

美容は人生そのものではない。


でも、少し気持ちを整えたり、

人前に出る元気をくれたりする。

 

生活全体がまずあって、

その中に自然に存在しているくらいが

たぶんちょうどいい。

 

森英恵さんの仕事を見ながらそんなことを考えていた。

 

展示ではご家族のお話も多く紹介されていた。

 

今よりずっと男性社会で、

働く女性への目線も厳しかった時代。

 

表に出ていないだけで、誤解・偏見・嫉妬

…色々なことがあったことは想像に難くない。

 

そんな中で、ご家族が応援してくれたこと。

忙しい中でも、家族の好きなものを買いに行ったり、

家庭を大切にされていたこと。

 

「家族とはくらしの基礎」

という言葉が、心に響いた。

 

森英恵さんは、ご自身が前面に出るというより、

「黒子」であることを好まれたそうだ。

ショーの最後のランウェイもほとんど歩かれなかった

とのこと。

 

華やかな世界の中心にいながら、

静かな方だったのかもしれない。

 

同じ働く女性・母としての共感、

そして

年齢に関係なくチャレンジするお姿に

背中を押された気がした。

 

帰りにニューヨーク進出時の作品である

イブニングドレス「牡丹」のブックカバーを購入した。

 

 

家に帰って本につけてみたら、

思っていたよりずっと馴染んだ。

 

日常に溶け込む日本の「美」。

 

ご興味のある方は、ぜひ。