世の中はパレードの話で持ちきりなんですが

 

ごめん

 

まだ引きずっています。

 

胸の奥にあって涙腺と直結する部分が

 

ワナワナと震えっぱなしで

 

気がつくと車の運転をしながら

 

テレビを見ながら

 

パソコンに向かいながら

 

泣いている自分がいる

 

その震えは

 

しばらく止まりそうもありません。

 

 

予感はあったし

 

胸騒ぎもあった

 

ゆづはこの世界に戻ってこれるのか

 

本気で心配していました

 

でもまさか

 

本当に

 

そんな

 

 

2016年のボストン

 

あの場で何が起きていたのか

 

あのあと出た色々な雑誌や本の中で

 

ポツリポツリとゆづや城田氏などが

 

インタビューで語ってくれた断片を継ぎ合わせ

 

少しの想像力と経験的知識とで足りない部分を補完すれば

 

何が起きていたのかの全貌は

 

おおよそ掴めます。

 

ガセブン(小学館)とウジテレビがタッグを組んだ捏造結婚報道の後、仙台から長く離れたゆづ。 

 

成田から出国するまでストーカーが彼を追い回していた証拠写真もあります。その当時、お父上の車に追跡装置がつけられていたとかいなかったとか。

 

あのガセブン事件で彼が失ったものの大きさは

 

情熱大陸(TBS)での「孤独だ」という告白から透けて見えてましたよね。

 

そしてワールドでの練習妨害(デニスだけじゃない、時間を間違えて教えたり部屋をロックアウトするなどの組織的練習妨害)、様々な形でのメンタル攻撃、その中での怪我の悪化、溶けた氷…

 

およそ考えられる限り、やれることは全部やりましたよね、彼ら。

 

これらが示していることは、複数の組織の関与と

 

もはや犯罪レベルの計画性です。

 

そしてフリーでの惨敗とその後までずっと続いたゴーデニ騒動。

 

羽生結弦というスケーターを

 

この世から抹殺しようという勢いでした。

 

それも真央さんのアイコンを使って。大輔は言わずもがなですが。

 

ゆづに向けられた悪意

 

悪意

 

悪意

 

正直、絶体絶命のピンチであり

 

ゆづの人生の中でも最大のピンチだったのでは。

 

「夢を生きる」のあとがきでも書いていましたよね。

 

「2015年から2018年のシーズンは自分のスケート人生にとって最大の山場でした。谷底になんども落とされそうになりました。実際には落とされていたのかもしれません。」

 

 

そこをどうやって乗り越えてきたのか

 

ゆづの強さと賢さと神様をも味方につけるその強靭な意志とがあったればこそで

 

その歩みは

 

私には奇跡としか思えません。

 

普通の人間ならとっくに潰れていたでしょう。

 

 

私は以前、「いじめ」と「喧嘩」という記事を書きました。

 

日本のいじめには特徴があって

 

村八分のように孤立させて居場所を無くさせ自殺に追い込むような

 

そういう陰湿さがあります。

 

多分、羽生選手が一番こたえたのは

 

彼が大事にしている人間関係全てを

 

次々に破壊されたことだと思っています。

 

そうして逃げ場をなくさせて

 

追い詰めて

 

彼を一気に潰してしまおうとしたのが2016年だったと

 

私は認識しています。

 

 

仙台の人間関係をズタズタにされ

 

クリケットの人間関係にヒビを入れられ

 

ボストンでは親友だとまで言った真央さんとの関係もぐちゃぐちゃにされ

 

死のうとまで思いつめたその時

 

彼を絶望の淵から救ってくれたのは

 

いつもそばで支えてくれたお母様の存在はもちろんでしょうけど

 

それだけでなく

 

きっとあのコンティニューに駆けつけてくれた先輩方や

 

ファンから寄せられる絶対的な愛だったのかもしれない

 

そんなふうに思います。

 

だからこそ

 

彼はそのことに対して感謝の言葉を述べたかったのだろうと

 

声を上げてくれてありがとう

 

愛してくれてありがとう

 

あの時死ななくてよかった

 

今は幸せだと

 

それがあのコンティニューでの彼のメッセージだったのかなと

 

今は思います。

 

 

思えば去年のFaOIでの衝撃の「五輪金より幸せだった」

 

「これまでの人生で一番幸せな梅雨」発言から

 

ほんとはずっとみんな心のどこかで感じていたと思うんです。


「幸せ」という言葉が

 

実はどれほどの「苦しみ」を背景に持つ言葉であったのかということを

 

ゆづがあの1年

 

どんな苦しみの中でもがいていたのか

 

その苦しみの深さを。

 

 

だけどゆづが言わないならと

 

私たちも口を閉じて

 

ただ愛だけを送ろうと思っていました。

 

祈りだけを捧げようと思って来ました。

 

その思いの深さは

 

声を上げてくれた人たちも

 

またお花畑に見えた人たちも

 

みんな同じだったと思う

 

側から見えるよりずっとずっと深いレベルで

 

羽生結弦の魂と共鳴しあい

 

愛を送っていたんですよ、羽生ファンは。

 

 

だからこそ

 

「死のうとした」発言が彼自身の口から出たことに

 

衝撃を受けたんです。 

 

漠然とは感じていたけれど

 

あえて触れないでいたことを

 

ゆづ自身がカミングアウトしてしまった。

 

あの時感じていた漠然とした不安や胸騒ぎは

 

現実だったのだと突きつけられた。

 

 

プルシェンコさんに過去のヤグディンとの確執のことを聞いた時

 

彼の古傷をえぐることかもしれないと

 

すごく気にしてながら質問していたゆづ

 

でも自分の心の傷

 

私たちが触れないようにしていた傷については

 

自分の口で、逡巡しながらも、はっきりと語ったんですよね。

 

自分の発言が編集されない全国生中継で

 

語ったんですよね。

 

とても辛くて重い発言だったけれど

 

でもどうしても知ってもらいたかったんだなと思いました。

 

昨年末、怪我の状況をスケ連の小林さんを通して報告した時も、

 

事態の深刻さを伝えようとしない報道の様子を見て翌日

 

あえて言い直してもう一度報道させていましたが

 

彼は真実を知って欲しかったんですよね。

 

今回も同じでしょう。

 

自分は死ぬほど傷ついている。

 

それはレトリックではなく

 

文字通りの意味で。

 

だからこれ以上のバッシングはやめてくれと。

 

何れにしても

 

ファンに対する完全な信頼があったからこそ

 

あのようなことも言えたのだろうし

 

この場でなら

 

絶対的な愛を寄せてくれる私たちになら語れる

 

そう信じてくれたからこそ

 

語ってくれたんだと思います。

 

そして

 

彼の思いを受け止めてファンにも

 

しっかりと語って広めて欲しかったのかもしれませんね。

 

 

 

そうそう

 

TLに流れてきたこのプルシェンコさんの動画

 

私は初めて見ました

 

これを見て

 

なぜ羽生選手がプルシェンコさんを

 

ここまでadmireし

 

プルシェンコさんもゆづをadmireしているのか

 

その意味がわかった気がしました。

 

二人はそっくりで

 

まるで魂の双子のようです。

 

 

 

プルシェンコさんも皇帝と呼ばれ

 

強い人間と思われています

 

でも彼はいう

 

自分だって人間だ

 

機械じゃない

 

自分の心臓はエンジンではなく

 

血管を流れているのはオイルではない

 

痛みも疲れも知る

 

普通の人間なんだと。

 

 

もしかしたらゆづがコンティニューの最後に言いたかったことは

 

そこに尽きるのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

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