7年目の3.11を迎えました。

 

そして昨日は東京大空襲のあった3月10日。

 

どちらも多くの人々の命が失われた日ですね。

 

なので今日は「命」について考えたいと思います。

 

実は私の父(故人)は、3月10日の東京大空襲を生き抜いた人です。一番被害の大きかった地域にいて、多くの人たちが隅田川に逃げたのと反対方向に逃げて助かったのです。

 

焼夷弾はどこへ逃げようが容赦無く無差別に降り注いでくる。でも唯一落とさないところがあるとすれば、すでに落としたところだ。

 

17歳の父の、そういう咄嗟の判断のもとに、最初に火の手が上がったという業平橋(今のスカイツリーのあるあたり)へ向かったという父とその家族。

 

どっちに行くんだ〜反対だぞ〜

 

そうバカにされながらも、火の粉をかいくぐって必死で逃げ、もうすっかり焼け落ちて焼け跡になった場所までたどり着くと、くすぶる煙で目を真っ赤に腫らしながら、一晩中そこに立ち尽くしていたそうです。

 

翌朝、戻ってきた時には墨田川のあたりは死屍累々、自転車を頭の上に抱えながら黒焦げになっている人や、胎児がお腹から飛び出して呻きながらもまだ生きていた妊婦さんとか、それこそ生き地獄だったそうです。

 

たった一つの判断が、生死を分ける。

 

過酷を極めた状況の中で、父がなんとか知恵を絞って生き延びてくれたからこそ、私はこの世に生を受けることができたわけだし、その命をまた次の世代の子供達に繋げることができたのだなあと、この日が来るたびに思います。

 

私や子供達が今こうして幸せに生きていられるというのも、子供のあまり多くないうちの家系がなんとか今につながっているのも、その日の父の英断のおかげなんだなと、本当に感謝しています。

 

生き残って、命を繋いでくれてありがとう。

 

そう思っています。

 

で、最近、気づいたんですけど

 

私たちが今、生きているということは、両親がいたからこそだし、その両親にはまた両親がいて、その両親にもまた両親がいて…と、そうやって命を繋いできてくれたおかげなんですよね。

 

でね

 

それをずっとずっと辿ってゆくと一体どこまで辿れるのかなって考えた時、人類誕生の頃まで遡っちゃうということに最近、気づいたのですよ。

 

それどころか、もしかしたらその前にも繋がるかもしれない。

 

論理的に考えても、科学的に考えても、そうですよね?

 

それ以外の答えはないですよね?

 

つまり私たちが今、生きているということは、少なくとも人類が生まれたとされる600〜700万年前頃から、ただの一度も途中で命が途絶えることなく、受け継がれてきたからであって、その結果というか証が今の自分なんですよ。

 

つまり無数にあった命の系譜の多くは途中で失われたとしても

 

今生きている自分の系譜、それは人類誕生の頃から1本でつながっているはずだということ。

 

その証拠が自分だということ。

 

そのことに気づいてしまったんですよ、私!(笑)

 

その時まるで、電気に打たれたような感じがしました。

 

 

多分、自分という命が生まれるまでの間には、つまり600万年の間には、それこそ父が直面したような、生死を分けるような危機は無数にあったはず。

 

でも今、ここに自分の命があるということは

 

この命の系譜は、そこを全部クリアして生き抜いてきたということなんです。

 

どんな危機も乗り越えて、生き残り、ここまで繋いできた命、それがのが自分。

 

それってとてつもない奇跡じゃね?と思います。

 

つまり自分って生きてるだけで奇跡の存在なんだってことです。

 

ありきたりの人生を送っている、ありきたりの自分だと思っていたけれど

 

そう思ったら、すごく大事にしなくちゃならないんですよね、この命、この人生を。

 

だってこの奇跡の陰には途絶えてしまった命の系譜が山ほどあるわけですから。

 

 

そしてもう一つ思うこと、それはそのような奇跡の存在である自分の命の中には、きっと太古の昔から受け継がれてきた命の記憶が刻まれているはず、ということなんです。

 

私たちの意識レベルに上がってこないだけで

 

でも遺伝子レベルではいろんな記憶が、データがDNAに刻印されているはず。

 

あるいは脳の古い層には、爬虫類時代の記憶とか、それ以前の記憶とか、もっと単純な生命体であった頃の記憶も含め、色々刻まれてそうです。

 

それが何かなんて、普通は理解することもなく人は生きて、死んでいくのだろうけど

 

でも先日のクローズアップ現代で真央さんが「山に入って自給自足の生活がしたい」とか「イノシシを狩って捌いたり」(笑)とかいう言葉を発したその裏には、何か野生の本能が呼び覚まされつつあるのかな(笑)とか思ったりしてニヤリとしてしまいます。

 

実は私も子供の頃「広々とした草原で思い切り駆け回りたい」ということをよく言っていた記憶があります。何かすごくそういうものが恋しかった。それができる環境にないのが苦痛だった。きっと遠い先祖がモンゴルあたりで草原を走り回っていたんじゃないかとか思っています(笑)。

 

羽生選手がフリーの曲に晴明ではなくあえて「Seimei」(生命?)と名前をつけた時、きっと彼にはまずは東日本大震災で亡くなられた方々のことが脳裏にあったと思います。失われた多くの命に対する鎮魂の思い。

 

その一つ一つの命とは、上に書いたように、太古の昔から連綿と続いて来た命の系譜が奇跡的につながった結果であったわけで、その命の系譜をたどってゆくと、もしかしたら私たちはこの日本列島に生まれる前には、朝鮮半島にいたかもしれないし、その前には中国大陸にいたかもしれない。果ては中央アジアとかアフリカ(人類の起源)あたりにいたのかもしれない。そして長い時間をかけて海路や陸路を通って日本に旅して渡って来たのかもしれない。

 

安倍晴明の陰陽道はもともと中国の思想からきているし、Seimeiが色々な国の方々(特にアジア)の共感を得ているのを見ると、日本の音楽でありながら、もっと大きく大陸まで巻き込んだ地球規模の壮大な古代史のロマンを感じます。民族の起源、そしてさらにその先の人類の起源のようなところにまで思いが及ぶような、壮大なプログラムだなと私は感じています。

 

特に昨年、Asian dream songやView of silenceなどの久石譲の曲をリミックスしたホプレガを経て、改めてSeimeiを見ると、ああやはり羽生選手はアジアを巻き込むような壮大な構想を持っていあのかなと感じます。

 

今回エキシで白鳥を演じたのも、やはりあの時亡くなられた方々の魂を、安らかに天に返してあげたいという思いがあったはず。オリンピックチャンネルでも白鳥は彼らに捧げたものと言っていましたよね。

 

白鳥信仰は、ヤマトタケルが死後白鳥になって故郷に戻っていったという神話を始め、古くから日本全国に色々な形で広まっていますが、このような「魂のかたどり」としての白鳥という意識は、日本のみならず、ロシアも含めたかなり広い地域に広まっているのです。以前も書きましたが、特にバイカル湖周辺のブリヤート族には強い白鳥信仰があり、一説には日本人のルーツは彼らだとも言われていますし、また「白鳥の湖」に代表されるように、ロシア人にとっても白鳥は特別な存在で、魂の清らかさ美しさ高貴さのイメージと結びついていている存在のように見えます。

 

2015年GPFのSeimeiを見て、「彼はシャーマンだ」と言ったタラソワさん。羽生選手が神を降ろすことができる特別な能力を持った人だということを見抜いたからこそ、きっとタラソワさんはゆづるくんにあの曲を託したかったのかもしれないなと思います。

 

白鳥を演じられるのは彼だけと言ってこの曲を贈ってくれたタラソワさんの慧眼に感謝ですね。

 

 

そして羽生選手が平昌で2つの美しいプログラムを完成させ、66年ぶりの連覇という奇跡を成し遂げてくれたことによって、ことは全て成就したと、私は思っています。

 

震災で亡くなった人、家族や友人、家、故郷を失った人、そのような人々の嘆きや苦しみ、人々の争いや諍い、対立、そのようなものを全部背負ってここまで戦ってきてくれた羽生選手ですが

 

この勝利によって、全ての思いを昇華させ、全てを解放し、魂もあるべきところに戻してあげることがができたのではと思います。

 

その意味でも、責任から逃げず、どんな苦難も乗り越えて、最後に勝利者としてそこに立ってくれてありがとうと言いたいですね。



 

 

 


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