まどでんきがかりさんが、いじめについて、素敵なお話を紹介してくださいました。

 

https://anond.hatelabo.jp/20170716102421

 

良いお話でした。

 

ただ、このお話を読みながら、一つだけ思ったことがあります。

 

ラモス選手の一言がこの方を救ってくれた。

 

それは美談ですが

 

 

でも、

 

この方がいじめられて、

 

辛い思いをして

 

小学校時代から中学にかけての何年間も苦しい思いをした事実は変わらないんだよなあと。

 

なんて勿体ない時間だったのかなあと。

 

 

日本のいじめには一つの典型があります。


ターゲットとなる子に直接危害が加えられるような場合もありますが

 

それはもはや犯罪の域ですから言語道断として

 

一番頻繁に起こっていること、

 

それは「はぶり」だと思います。

 

その子以外の子達全員が組んで、その子を貶めるようなレッテル貼りをし(バイキンとか)、それを理由にはぶり、遊び仲間に入れず、陰湿な形でその子を追い込んでゆく。

 

それをやられると

 

学校という名の、狭い狭い村社会では生きてゆくのは難しくなります。

 

だって他に行き場がないから。

 

そして行き場がない(と思い込まされる)からこそ、

 

それは自殺という悲劇的な結末につながることが多いのであって

 

いじめる側は

 

それを知っていてやっているのだからタチが悪い。

 

 

もしかしたらその原型は日本の「村八分」にあるのかもしれません。

 

そうだとしたら

 

このはぶりといういじめの形は、もはや日本人の精神構造の奥深いところにまで染み付いていて

 

無意識の行動パターンを規定していたりするし

 

根は深いですよね。

 

やってはいけないと言われても

 

きっと絶対に無くなることはないだろうなと思います。

 

 

そしていじめのターゲットにされるのは

 

いつだって

 

一人だけちょっと他の人と違う特徴を持った子

 

他の人から浮いて目立ってしまっている子

 

自己主張の強い子。

 

だからこそ、日本人はみんな

 

必死で目立つまいとするし

 

空気を読もうとするし

 

集団の陰に隠れる振る舞いを身につけるのです

 

それが日本という村社会で生き抜いてゆく唯一の術だから。

 

 

集団で組んで、一人を省く。

 

 

その子供じみたメンタリティは

 

フィギュア村にもありませんか?

 

誰とは言いませんが

 

気に入らない奴をはぶる、攻撃するというのを

 

仕掛けていた連中はいたし

 

ファンの行動もそんな感じだったし

 

気に入らない選手は容赦なくやられてました。

 

その最たるターゲットが

 

まさに羽生選手でしたけど。

 

 

こいつ気に入らない

 

こいつ生意気だ

 

こいつばっかりずるい

 

そういうところからいじめやはぶりが始まるのかもしれませんが

 

じゃあそれをどうするかということになると

 

「いじめはやめましょう」という標語を唱えるだけで

 

無くなるとは到底思えません。

 

加害者側にいくら言っても絶対に改まることはないと思います。

 

でも

 

いじめられた方が耐えればいいだけという話もちょっと違うと思うんです。

 

この女性のように誰かの言葉を支えに

 

一人で我慢するのもいいけれど

 

でもやっぱり一番大事なのは

 

「戦うこと」だと思うんですよね。

 

いじめは弱い立場の人が圧倒的に強い立場の人(たち)から一方的にやられるからいじめなのであって

 

対等に渡り合ったら

 

それはいじめじゃなくて「喧嘩」になるんです。

 

喧嘩は良くないという考えもあるけれど

 

でもいじめよりはよほど健全だと思います。

 

日本人は喧嘩や意見の対立を怖がりすぎる。

 

私はそう思っています。

 

 

実はいじめに似たことは

 

世界中にあります。

 

いがみ合いなんて、どこにでもあるんです。

 

意見の対立だってどこにでもある。

 

でも

 

日本人に特徴的なのは、

 

いじめられる側が戦おうとしないこと。

 

弱者の立場に甘んじていることなんです。

 

誰かに嫌なことを言われたとしても

 

言い返せばいいじゃない。

 

バイキンと言われたら

 

その10倍言い返すか

 

それも嫌なら

 

学級会で問題にして世論を味方につければいいじゃない。

 

先生にも承知してもらったらいいじゃない。

 

言い返すすべを持たないから

 

公の議論の場に持ってゆけないから

 

ただ傷ついて立ちすくんでしまうから

 

いじめになってしまうんです。

 

 

いじめられると

 

いじめられている事実を認めてしまうと

 

自分がとても惨めになって

 

恥ずかしいと思う。

 

だから誰にも相談できないで一人悩む。

 

そういう心理もあります。

 

孤立させる側は

 

その心理まで読んでいたりするのです。

 

 

フィギュア村で言えば

 

羽生選手は去年、あのボストンでの「いじめ」の後、怪我の治療の名目で、24時間テレビ出演の時まで日本には帰ってきませんでした。

 

あの当時

 

羽生選手を村八分にして孤立させよう、できれば排除しようという動きは確かにあったし

 

一時は本当に心の底から心配になるほど

 

羽生選手はメンタルもやられていたのではと思っています。

 

でも

 

彼のすごいところは

 

それらのすべてと戦って

 

去年1年かけて勝ち抜いたことです。

 

彼は絶対に自分の信念を曲げなかったし

 

どんなにいじめられても

 

踏みつけられても

 

戦い抜きました。

 

 

彼の支えになったのは

 

周りのサポートの人たちももちろんですが

 

多くのファンだったと思います。

 

ファンが

 

彼の生き方を支持したのだし

 

ファンが

 

彼の目指すフィギュアの方向性に賛同したのだと思っています。

 

そして

 

次世代の若者たちも彼に続いてくれた。

 

それが多分、

 

決定的だったと思っています。

 

ボーヤンが

 

ネイサンが

 

ヴィンセントが

 

続いてくれたからこそ

 

羽生選手が成し遂げようとしたフィギュアの技術革新

 

真四回転時代は開かれたと思っています。

 

 

なんだか若干話がずれましたが

 

つまり私が言いたいのは

 

いじめを本当になくすためには

 

一方的にいじめられっぱなしになるのではなく

 

戦えってこと。

 

相手が組んで孤立化を狙ってくるなら

 

こちらも孤立せず誰かと組めばいい。

 

その時に大事なのは

 

人を納得させ味方につけうるだけの

 

正当性なり正義なりを持つこと。

 

あるいは強者にたじろがない強さを持つこと。

 

ひどい言葉を投げかけられても

 

でもそれに負けずに言い返してたら

 

一目置かれるし

 

その議論が筋の通ったものであれば

 

他の人も納得するだろうし

 

味方についてくれる人も多くなる。

 

そうなれば

 

相手が一方的にいじめよう、はぶろうと思ってもできないものです。

 

そしてそうなれば、次からは形勢逆転ということもある。

 

日本人は意見を言わない

 

主張をしない

 

争わない

 

そういうことが良いことと思わせられているけれど

 

だからこそいじめっ子が世にはばかるようになっている部分もあるし

 

自殺がなくならないんだと思うんです。

 

まずは

 

「戦え」

 

「意見を言え」

 

「根拠をあげて正当性を主張しろ」

 

その言葉を、いじめを受けている若者たちに贈りたいと思います。

 

 

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