ラマナの言葉

「完全な明け渡しのためには、自分自身のいかなる欲望も持たないことが要求される。あなたはなんであれ神が与えくれるものに満足しなければならず、それはつまり、あなた自身の欲望を持たないということを意味する。明け渡しは、あなたが『神のみぞすべてなり』、『神の御心のままに』という境地に至ってはじめて完全なものとなる。神への完全な明け渡しとは、すべての想念を放棄し、心を神に集中させることである。もしそれができれば、他の想念は消え去る。もし心、言葉、身体の行為が神に融け合えば、人生のすべての重荷は神のものとなるのである。」

人生のすべてを明け渡すと、この世界に私というものはなくなります。

欲望もなくなります。
考えること(想念)をやめることです。

真我実現に一番必要なものは、完全な明け渡しです。

心や言葉、身体は単なる物質にすぎません。

これらすべてを神に明け渡すことによって、この世の重荷から解放されます。

あれをしなければ、これをしなければ、そこに行かなくてはという感覚は、真我実現とはかけ離れたものです。

すべてを神に明け渡すと、そのような感覚がいかに無意味かを知ることになります。

この世界の苦しみはすべて神の重荷です。
わたしたちは幸福でしかありません。