出雲大社は

正式には 「いづもおおやしろ」 と呼ぶ

 

安芸郡府中町の出雲大社広島分祠

なんか普通の神社と雰囲気が違うんです

 

友人はこの神社を若いころから崇拝していました
 

「お伺い」といって

悩みなどの相談に応じる日もあり

遠方から訪れる人も多いと聞きます

 

朝6時から整理券が配られるらしい

 

 

 

 

 

 

出雲大社の信仰を広める

布教機関として組織された出雲大社教

(いづもおおやしろ教)

 

1882年出雲大社の大宮司だった

出雲派のトップ

千家尊福(せんげたかとみ)は

伊勢派と対立し

大宮司を辞して自ら教団を設立した

 

本部は出雲大社の境内にあり

出雲大社の職員が兼務している

 

出雲大社は神社本庁に所属するが

出雲大社教は所属せず

全くの別団体となる

 

教会はその規模や歴史等により

「分祠」

「大教会(分院)」

「教会」「支教会」に分けられている


なので、出雲大社とは

その在り方が少し違うのかもしれません

 

 

 

こちらの神社には

ご由緒が見当たりません

 

 

 

 

 

一般的に宗教団体の教祖は

創始者がなることが多いが

出雲大社教の教祖は

天穂日命(アメノホヒ)とされる

 

   (アメノホヒは

  アマテラスの次男

  国譲りのために

  交渉役として出雲に派遣されるも

  大国主の偉大さに惚れこんで

  3年経っても帰ってきませんでした


   後にアマテラスの命により大国主に仕え

   大国主の宮殿の祭主となりました)


 

出雲大社教 創始者の

第80代出雲國造(いずもこくそう)の

千家尊福(せんげたかとみ)は

天穂日命(アメノホヒ)の子孫にあたり

 

その氏族の長は代々

出雲大社の宮司として祭祀を執り行い

出雲國造の称号を受け継いでおり

 

     (出雲國造とは

  出雲の国を統治してきた官職

  千家家は代々出雲国造を務めている)

 

現在は第84代の千家尊祐(たかまさ)氏が

出雲大社宮司としてお仕えされています


今、出雲は日本全国から

神様が集まって来ていますねキラキラ

 

 

 

アメノホヒ以来

代々出雲大社に奉仕される

出雲國造が住まわれる國造館

出雲大社の境内にあります(写真拝借)

 

 

その息子千家国麿(くにまろ)氏は

2014年に高円宮家の典子さまと結婚

その後いろんな噂があるけれど…

どうなったのかな??


婚約会見で

千家国麿氏は次のように語っています


「大変畏れ多く

光栄に思っております

私どもの家の初代が

皇祖・天照大御神の次男と

伝えられております


2000年を超える時を経て

今こうして

今日という日を迎えたということに

深い御縁を感じております」


   

アマテラスの次男のアメノホヒ

その子孫が千家家

 

アマテラスの孫で

天孫降臨のニニギノミコト

ニニギの曾孫が初代神武天皇

その子孫が典子さまだから

 

あら?

み~んなアマテラスキラキラ

元をたどればみ~んなアマテラスキラキラ

アハハ! ヾ(@゜▽゜@)ノ

 

 

 

拝殿は鳥居とは 真裏にあります

しめ縄はやはりでかい!

 

 

出雲大社は二礼 四拍手 一礼 拍手

 

本殿にもお参りができる

 

 

 

鎮座50周年を記念して建てられた

神楽殿

 

 

 

そのテラスから広島市内が見渡せる

 

 

 

少し道を下ると祖霊社がひっそりと

 

 

 

 

 

 

 

 

御朱印はお気持ちをお願いします!

と言われ

300円をお渡ししました

 

 

キラキラキラキラキラキラ

 

 

安芸郡府中町には車のマツダがあり

その恩恵にあずかる府中町は

決して広島市と合併しない町と言われています

 

先輩を訪ねたついでの神社めぐり

ランチは

先輩の息子さんの同級生のお店にて

 

食事代は

たまには親孝行をと

すでに息子さんから頂戴しましたと

お店で告げられびっくり

 

ラッキービックリマーク

おかずのオマケもいっぱいついて

私も一緒にご馳走になりました

 

余計に美味しかったわぁぁぁ~爆  笑

写真忘れた!

 

先輩からおみやげにもらった日本酒

このお店のお勧めだそうな 黒猫オッドアイ猫

 

その名の通り

身も心も 「ほっこり」 ですラブ

 

 

 

 

猫ちゃんも拝んでるみたいラブラブ

今日も神様にありがとう  ラブラブ

 今日も神様に感謝です ラブラブ