敬愛する漫画家に坂口尚がいる。

 亡くなられて久しいが、その素晴らしい仕事には何度読み返しても飽きる事がない。

 まず絵が素晴らしく、巧いなどという言葉では到底つかめない本物の絵描きだ。

 抒情的な短編も素晴らしいが、その晩年に長編で見せた強烈なヴィジョンには学ぶことがとても多い。

 ユーゴ・パルチザンとナチスを描いた「石の花」での骨太な歴史絵巻。

 "VERSION"での「自我」の問題。自己増殖で拡大する自我に対して「想い出が通り抜ける場所」という、この人らしい結論。

 そして遺作となった「あっかんべえ一休」での自我の在り方・・・「闇夜のカラスがカァとなく」外界の闇とカラスの黒、どこから自分でどこから外界かが判らない、ただの頓智などではとても括れない一休さんの凄さを描き切った。

 

 ハイヒールの角度にからめて数回、拡大自我とその周辺のあれこれを書いてきたが、人間の在り方についてはこの巨匠・坂口尚を紐解けば一定の結論は出る筈だ。

 フランスで先に評価が高まったのはフランス人のマンガ好きというより、日本人の目が利かないように思う。

 南方熊楠のように大きすぎて凡百には理解しかねるというのとも違うし。

 私も来年で還暦になるが、敬愛する巨匠たちのように、ここから最高傑作に挑戦する次第である。