14歳の君へ(池田晶子さん)

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14歳の君へ (池田 晶子 著)


おはようございます
今朝もいい天気です晴れ

私は1カ月半のお仕事おやすみ期間は今日で終わりニコ
明日からドキドキラブラブラブラブ新しい職場での勤務です爆笑
転職について、今回は娘のこともあっての泣く泣くの転職だったので、アメンバー記事にだけ少し書いていました。
葬儀社、続けたかったのですが、夜遅くなる日もあることや、通勤に時間がかかることから、お世話になった職場のひとの前で本当に号泣えーんして12月初旬に退職の挨拶に行きました。

職場を辞めなければならなくなり残念ですが、神社仏閣部の活動がその寂しさを埋めてくれましたニコニコ音譜音譜

次の職場は週4回程度のパート(社保あり、自宅から近い)です。雰囲気的には凄く良い感じでしたが、未知の領域なのでドキドキ…。
また落ち着いて書きたくなったら仕事については書かせていただきますほっこり

本の紹介に入りたいのですが、その前に書きたいことがあるので、本の内容についてだけ読まれたい方は下矢印下矢印下矢印のあるところまでスクロールをお願いします




昨日頑張ったムスメ。
詳細は昨日の記事の後半にて…。下矢印

今朝は、やっぱり朝起きられませんでした。
昨日夫に報告もしながら、学校以外のこともたくさん話をして、家族で楽しい夜を過ごしました。

会話が楽しかったからか、寝てしまうと翌朝が来てしまうからか、夜なかなか寝に行きませんでした。
23時を回り、強制的に寝室に行かせましたが、深夜1時頃に飲み物を飲みにきました。
寝ていないのは明白だったので、再度就寝を促しました。



昨日登校した後からの娘の様子を見ていると、「娘は“学校に行かない”っていう選択をしたんだな」、と理解しました。

昨年、1カ月学校に行かなかった後に、頑張って1日登校した後は、楽しそうにスッキリした顔をして帰ってきて、そこから周囲がビックリするくらい普通に学校生活を楽しみ始めました。

今回私が一度は学校に行かせたかったのは、確認のためでした。

昨年のように吹っ切れるのか。
それとも今回は昨年とは事情が違うのか。

答えは後者のようでした。

学校に行って、先生方と話しているときは和んでいましたが、クラスに対しては心が動くことはなかったようです。


娘の様子をみて、私も覚悟を決めることにしました。

学校に行かせる努力を親としてした方がいいのか、悩んでいました。

とりあえずやってみようと、私にできる限りのことはやってみました。

娘も夫も昨日頑張りました。

その上での結果です。

下矢印
星これ以上の登校刺激はしない。
星娘が助けを求めてきたら応えるけど、私から登校に対しては手を出さない。


長期戦を覚悟しました。
中学校にも渡るかもしれません。

なので、
日中どう過ごすか夫と娘と話し合うことをしようと思いました。

幸い我が家は夫が夕方からの勤務なので、私が仕事に出ても夕方までは夫が家にいます。

今の夫ならば娘を任せても安心できるし、仕事が休みの日は家族でゆっくり過ごす時間を増やしたり、夫と二人で出かけて二人で話す時間を作って、夫の気持ちを聴く時間も作ろうと思います。



そして私は、次の二つを心掛けたいと思います
星仕事を頑張りすぎないこと
星たまには息抜きに読書会や友人と会うなど、「自分だけの時間」を作ること


皆さまからいただいたコメントや、不登校にまつわることを書かれている方のブログをたくさん読んで、たくさん考えて決めましたニコニコ

あと、昨日娘に「自分を褒めてほしい」と書いたのですが、HSCの気質がある娘は以前よりこちらが褒めてもむしろ戸惑うようでした。
HSCについて書いた記事です。

なので頭を撫でたり、ハグをしたりという表現で今まで表現していたのですが、
褒めあいっこ”をしようと思いましたウインク


娘は不登校になり元気がなくなってからも、たとえばご飯の用意をすると、必ずといっていいほど「ありがとう」と言い、食べ終わると「ご馳走さまでした」と言います。

そして好きなメニューの時は特に「美味しいわ」爆笑と言ってくれますニコニコ音譜音譜

ひとを褒めることはできる子なのです。
ただ、自分にその優しさが向かず、自分には必要以上に厳しいのです。

ダウンダウンダウン
なのでウインク
毎晩1日の終わりに、夫でも私でもの「1日で良かったところ」を3つあげてもらい、私も娘の良かったところを話したいと思います。

3つあげられなかった方が負けのルールですウシシ
ちなみに私はひとの良いところを見つけるのが特技だと思っているので、負ける気はしませんニヤリ

まだ娘には話してないので、さて、どのタイミングで楽しい感じで持ちかけようか、イタズラを仕掛ける時のような気持ちです



自分は「腹が据わる」と強いビックリマークと思っています
ただ、今回は自分のことではなく娘のことなため、なかなか腹が据わりませんでした。


でも、昨日からの様子をみて、娘が決めたんだな、と思ったので、私は娘が決めたことを見守ろうと思いました。

昼夜逆転などが続いたら、「ありのまま」を認められるか…、は今はまだ自信がないですが、少なくとも、まだ起こっていないことを先回り心配しすぎるのはやめようと思いました


スッキリキラキラしていますニコニコ
またぶり返しはくるかもしれませんが、原点に戻れるように、ブログに書き残しておこうと思いました。

ダウンダウンダウン
色々相談にのってくださり、コメントをくださるブロガーさん、素敵な記事を書いてくださるブロガーさん、ブログを見守ってくださる方、身近な友人たち、読書会の皆様…、

ありがとうございます

でも、また揺れると思うので、その際はよろしくお願いしますビックリマークビックリマークゲラゲラゲラゲラゲラゲラ


下矢印下矢印下矢印

スッキリしたところで…、今日ご紹介する本についてです。

14歳という年齢は、神戸の酒鬼薔薇事件以降続いた少年犯罪によりフューチャーされるようになりました。

全国の中学校で、中学生の職業体験をさせるのも、職業訓練の一環ではなく、地域のひとを知り、交流して見地を広めるためを1番の目的としてるそうです。

14歳という年齢を振り返ったとき、自分自身、確かになんとも言えない不満が身体いっぱいに詰まっていたような気がします。

大人に対して批判的にもなりました。

先に娘のことを書いたのも、ただ、最近の社会情勢を見ると、数年前の14歳の状況が前倒しになってきているのではないかな?と感じるからです。

娘の不登校も、娘の性質もありますが、年齢がもたらすものもあるのではないかなと思い、家にあったこの本を再読しました。

こちらは、「毎日中学生新聞」に、2005年8月から2006年3月まで月ごとのテーマで連載されたものをまとめた一冊です。

著者・池田晶子さんの前著『14歳からの哲学ー考えるための教科書』は各地の学校で副読本として採用されているようです。

今回ご紹介する本では、もう少し柔らかく、読みやすいように意識されて書かれたとあとがきで述べられていました。

哲学的ですが読みやすく、私も読みながら考えさせられる内容でした。



以下、内容を抜粋してご紹介していきます。

「はじめに」からです。

 君は、生きていることは、つらいことだと思っているだろうか。
 つらいこと、思うようにならないこと、望んでもいないこと、たくさんあるよね。あるいは、とくにこれと言ってつらいことがあるわけではないけど、なんとなく、面白くない、つまらない。大人の社会だってロクなことないみたいだし、このままそんな風な大人になってゆくことに、どんな意味がある。
 そう感じる君は、ある意味で正しいよ。じっさいに、そういう時代なんだ。「時代」と言われても、何だかピンと来ないかもしれない。時代というのは、まあ要するに、君がなんとなく感じている世の中の雰囲気、学校や家庭での人間関係、街の中での人々の態度、ニュースで報道される国内や国外の事件、そういうものに君が感じるその感じのことだ。そういうものは、今、どうひいき目に見ても、いいものではない。敏感な君が感じているその通りなんだ。

(中略)

 ああ、困ったものだ。本当に困ったものだ。じつは世界中の大人たちもみんな困っているんだ。どうすればいいのかわからなくてね。そんな困った大人の社会で、これからイヤでも生きてゆかなければならない君は、さあ、どうやって生きてゆけばいいのだろう。

(中略)

 もし君が本当に幸福な人生を生きたいと願うなら、だから、遅かれ早かれ、死への恐怖と対面し、これを克服しなくちゃならない。今すぐでなくてもいい。でもそれはいつか必ずしなくちゃならないことだ。難しいことだ。大変なことだ。これは人生の一番大変な課題なんだ。だって君は、幸福な人生を“生きなくちゃならない”からだ。
 大丈夫、そう思っているなら、そう思っているそのことで、必ず幸福な人生を生きることになる。たとえどんな不幸な時代であっても、幸福な人が不幸になることだけは決してないと、約束するよ。

 この本が、これからの君の人生の、ささやかな支えになることを願っています。






様々なテーマで、読みやすい文章で書かれています。
そのなかから、特に心に残った「言葉」について詳しく引用させていただきます。
(前略)

 言葉こそが世界を創っているということを理解できなくなっている現代人は、言葉は人間の道具であって、人間が言葉を使っているのだと思うことになる。
 これは完全な勘違いだ。だって、言葉は人間が創ったのではないのだから、人間が創ったものではないものが人間の道具であるはずがない。ましてや、自分の勝手で使えるような道具であるはずがないんだ。
 たぶん君も、言葉は自分が使うものだと思っているだろう。たがら、大事な人には大事な言葉を選んで使うし、憎らしい人には傷つける言葉を使ったりするわけだ。でも、君がそういう言葉を選ぶことができるということは、言葉が人間の心を左右する力をもつ、言葉が人間を支配できるということを、知っているからに他ならない。人間が言葉を支配しているのでななくて、言葉が人間を支配しているということだ。
 このことに気づいたなら、君は、言葉を大事にしないわけにはゆかなくなるだろう。

(中略)

 だから、もしも君が自分の人生を大事に生きたいと思うなら、言葉を大事に使うことだ。世界を創った言葉は人間を創るということを、よく自覚して生きることだ。つまらない言葉ばかり話していれば、君は必ずつまらない人間になるだろう。つまらない人間の、つまらない人生、そんなのでもいいのかな?

(後略)


「言葉」の大切さは、ブログを書いていると特に感じます。
話し言葉よりも言葉を選べるので、私は話すより書く方が好きです。

ブログに私が書いた言葉は、私の手を離れ、見知らぬ誰かのもとに届きます。

自分が書いた文章がどう届くのか、今も考えながら打っています。


今日は阪神淡路大震災から24年目の1月17日です。
当時私は17歳でした。

今、こうして家族を持て、悩みながらも日々過ごせていることに感謝したいな、と思いながらこの記事を締めたいと思います。



皆さま、佳き一日をお過ごしください。