午後からの課題本は、「星の王子さま」でしたニコニコ

「星の王子さま」は大阪では4月に、東京でも6月に課題本として取り上げられました。
課題本として挙がるのは3回目になります。


午後の部に参加された方は、16名。そのうち午前の部から引き続き参加くださったのは、男性5名、女性2名とのののさん、私。

他に、リピーターさんも何名かおられましたキラキラ
ピンクハート「銀河鉄道の夜」で課題本形式読書会に参加してくださった方が、「前回楽しかったので」と中学生の娘さんを連れてラブ母子で参加してくださったりラブラブ

ブルーハート前回、推し本読書会に参加され、読書会サポーターの男性(我らがすーさんラブラブ!)が主催する読書会にも参加された20代の男性が、「課題本はどんなのかと思って」と参加してくださったりお願い

グリーンハート名古屋の読書会に参加された方が、大阪に遠征に来てくださったり…びっくりビックリマークビックリマーク

そして、課題本から読書会スタートの方としては、男性1名、中学生の女の子含め女性3名が参加してくださいましたキラキラキラキラ

皆さま素敵な方々でしたお願いお願いお願い


初参加の男性の方がお持ちくださった仕掛けのある、飛び出し絵本…ポーンポーンポーン
下矢印
 






「星の王子さま」は内藤濯さん、河野万里子さん、池澤夏樹さんなど様々な方が翻訳されているので、皆さんお持ちの本が違うのですが、まさかこんな隠し玉が…ビックリマークビックリマーク

開始前から一気に場が盛り上がり、私も「写真とらせてくださいラブラブラブ」と、おねだりさせていただきましたウシシウシシウシシ



そんな感じでスタートした午後の部で、出た意見は次のようなものでした

星私たちにとっては、生意気な男の子。でも主人公にとっては「王子さま」。
下矢印
「王子さまの言動が自己中心的で、王子さまというよりは、ただの男の子って感じ。主人公は“王子さま”と言っているが、そもそも、本当に王子なのか?」という意見がでました。

私のなかで、王子さまは“王子さま”だったので、新鮮な意見でした。
(慣れない土地でナーバスになってるから、不安定な言動なのだと思っていたので…。)

この意見に対して出た意見に、なるほどなあ、と思いました。

下矢印
最初、「ぼっちゃん」(内藤濯さん訳)の表記だったのが、主人公が描いた絵がウワバミが象を飲み込んだ絵だと理解してくれてから、王子さまと呼び名が変わります。

これは、自分の想いを理解してくれたことに対する敬愛の念から、ただの男の子だったのが尊厳ある存在になったからではないか、という意見がでました。

主人公にとっては、「王子さま」という呼び名がふさわしい特別な人物である、という解釈です


星狐の「責任」という言葉が重く感じた。
一度友達になったら、どこまでも付き合わないといけないのかな?
下矢印
ご友人との関係に今悩まれているとのことで、若干悩み相談の雰囲気になりましたウシシ

私自身が以前同じような気持ちになったことがあった経験から、次のような意見を言わせていただきました。

道が違ってしまった時は、違う道を行ってもいいと思う。無理に自分の方に引き寄せようと自分の意見を押し付けるのは、相手を尊重することにならないし、逆に相手に寄り添おうと自分の気持ちを押し殺すと、自分が苦しくなるのでその必要もないと思う。本当に縁があれば、一度離れてしまったとしてもまた繋がる。
お互いの価値観を尊重することが本当の意味での友達ではないか。べったりくっつくことが狐のいう責任ではない。

上矢印
熱弁をふるいすぎたかなアセアセと思いましたがあせるあせる「スッキリした」と言っていただけて良かったです

身近なひとの意見ではなく、なんのしがらみもないひとの忌憚ない意見を聞けるのも読書会の良さなのかな、と思ったりしましたニコニコ


星「飼いならす」という言葉について
狐が、仲良くなることに対して、「飼いならす」という表現を用いるのですが、飼いならすという表現は、普通はあまり良い意味では使わないのではないか、なぜ「飼いならす」なのだろう、という意見がでました。

原語で読むとまた違う表記なのか、フランス特有の感覚なのか、そもそもこの物語自体がフランス人特有の感覚で書かれているのか、という話になりました。


星「寓話」としての「星の王子さま」
「星の王子さま」は、児童書の体をとっていますが、参加者の方から、「ギミックに満ちている。研究をすればするほど、ギミックに騙されるのではないか」という意見が出るほど、「これはどういう意味なんだろう?」と解釈に悩む表現が多数あります。

一番端的に表現しているのは、蛇と迎える王子さまの最後です。
蛇に噛まれた、とは書いていませんが、おそらく噛まれたのだろうと推測できます。

王子さまは、自分の星に戻るために「重い体のために自分の星に戻れないため、星に戻るために蛇の力を借りる」のですが、今まで様々な星を旅して来たのに、なぜ今回は蛇の力を借りなければならなかったのか、という疑問は、前回の読書会でもでました。

この答えは、色々な考えがあると思います。
多分、読書会を開催するたびに違う答えがでると思います。

王子さまが自分の星に残してきた薔薇🌹についても、様々な考察ができます。
「星の王子さま」は、第二次世界大戦の最中に書かれており、その時代の風刺として、童話に見せかけた寓話として書かれた物語であるという意見がでました。

同じような作風として、「ガリバー旅行記」を例に挙げられる方もおられました。

薔薇については、前回は友人であるレオン・ウェルトをイメージしているのではないか、という意見がでましたが、今回は作者の妻をイメージしているのではないかという意見がでました。

考えれば考えるほど、深まる物語であり、長く読み継がれている所以なのではないかと思います。


星「星の王子さま」というタイトルについて
日本では、「星の王子さま」というタイトルが定着していますが、原題はLe Pepit Prince(小さな王子さま)です。

日本で最初に翻訳された内藤濯さんが、「星の王子さま」という訳をされ、日本では「星の王子さま」で定着しました。

タイトルが「小さな王子さま」だったら、これほど読み継がれていただろうか?という話になりました。

今は様々な方が翻訳されていて、現代語訳となっていますが、訳者さんの読み比べをしてみるのも楽しいと思います。
私は逆に内藤濯さんしか読んでいないので、どう変化しているのか読んでみたいと思いました


星王子さまが出会ってきた色々な星の住人について
例に挙げられたのは、「王様」、「地理学者」、「呑み助」、「点燈夫」。
実は私も前回「星の王子さま」を読んで引っかかった部分でした。

私は子供の頃に「星の王子さま」を読んでいて、その時印象に残ったのは、薔薇、狐、蛇とのエピソードでした。

でも、大人になってから再読すると、むしろ前半の主人公に出会うまでの王子さまが渡り歩いてきたエピソードが印象に残ります。

「星の王子さま」は、メタファー(比喩表現)に溢れていて、因果関係がわかりにくく、まるで夢の体験のようだという意見がでました。

先程、風刺的であり寓話である、と書いたのですが、登場人物たちは、自分の身の回りにいる人たちを想起させます。


「王様」
自分がコントロールできることしか命令しないことから、自己保身、プライドの高さが見受けられる。
また、王様は相手をみて要求を出しているので、案外ひとをみているのではないか。その人のできることしか求められない不自由さがあるのではないかという意見もありました。

「地理学者」
自分では実際に目にすることなく、ひとからの聞き語りをもとに文書として残す地理学者にたいして、次のような意見がでました。

頭でっかちを揶揄している、自分の足で歩き、自分の目で見る大切さを訴えている。

ひとから聞いたことがすべてなので、冒険を語るひとが信用できるひとかどうかが大切なんだと感じた。

「呑み助」
私は現実逃避の象徴だな、と再読したときに感じました。
参加者の方が、呑み助のエピソードについて「子どもにはわからない話ですよね」と話されるのをきいて、改めて「星の王子さま」を書いた作者の心の闇のようなものを感じました。

「点燈夫」
王子さまが唯一好意を抱いた存在です。

特別階級ではない、暇なく働かされる“一般のひと”(市井の人)をイメージして描かれた人物だから、好意的に書かれているのではないか、という意見がでました。


最後に、総括のようにして出たご意見です。
星「星の王子さま」は、「人間の土地」を子ども向けにしたもので、それゆえに難解になっている。
サンテグチュペリは、「星の王子さま」以外にも著作を遺しています。
そのうちの一冊が「人間の土地」です。
「人間の土地」は、「星の王子さま」の世界観がもっとストレートに書かれているそうです。

サンテグチュペリは、自分の想いが子どもたちに伝わるために「星の王子さま」を書いたため、大人にとっては逆に難解になっている。「人間の土地」を読む方が、大人にはわかりやすい。

このご意見に、「人間の土地」を読んでみたいと思いました。



読書会中は、整理できなかったのですが、こうして文章にしておこすと皆さまの意見が繋がっていき、自分のなかで深まるのを感じました

「ひまつぶし」という言葉が、内藤濯さんの訳で狐の言葉として作中に出てきます。

あんたが、あんたのバラの花をたいせつに思っているのはね、そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ

暇つぶし、ではなく、平仮名表記の「ひまつぶし」なところに、内藤濯さんの翻訳の妙を感じます。

他の方の翻訳では「費やした時間」と表記されていました。

でも、「時間」という数値化できるものより、損得なく、ただ一緒に過ごす時間を表現する「ひまつぶし」という表現が、なんとなく上質なもののように感じられます。

初参加の男性が、「良いひまつぶしができた」と読書会の感想を呟いてくださっていたのが嬉しかったですキラキラキラキラキラキラ

本当に良い「ひまつぶし」をありがとうございます



読書会の記事、もう一つだけ続きますビックリマークビックリマーク

台風のため、予定がなくなりました。ゆっくりレポを書けてラッキーなのですが、各地の被害が気になります…ぐすんぐすんぐすん

帰れない覚悟で出勤されている方もおられると聞きますので、皆さまお気をつけくださいね…。