2/11に参加させていただいた、ののの@彩ふ読書会の午後の部、【課題本形式】読書会について書かせていただきますニコニコ


午前の部から引き続き参加された、のののさん、女性御三方、私と、初めて参加される女性と男性がお一人ずつで、計7名での開催でした。


下矢印のののさんも、記事にされておられますキラキラ

今回の課題本。
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アルジャーノンに花束を
(ダニエル・キイス 著、小尾芙佐 訳)


【ストーリー】

32歳になっても幼児なみの知能しかないチャーリィ・ゴードンは、「あたまがよくなりたい」と願っていました。
「あたまがよくなれば、自分が働いているパン屋のみんなや、ほかのひとと、もっと仲良くなれる」と思っていたからです。

【脳手術を用いて、IQを向上させる研究】のモデルケースとして、チャーリィは選ばれます。

この研究について、白ネズミを用いた臨床実験は行われており、「アルジャーノン」と名付けられたネズミが、優秀な成績を修めていました。

手術を受ける前からチャーリィが書き綴る「経過報告書」を通して、チャーリィとアルジャーノンが変化していく様子が語られます。


望んでいた「知能の高さ」を手に入れたチャーリィの目に、世界はどう映るのか・・・。

何を得て、何を失うのか。
「かしこさ」とは、「愛」とは何なのか。

読む人に問いかけてくる作品です。



「アルジャーノンに花束を」は、高校生の頃に読んだ記憶がありました。

課題本として伝えられたとき、懐かしいな、と感じ、印象に残る作品だったので、読み返すいい機会だと思いました。


読み返してみて、以前に読んだときに感じた印象とはまるで違う世界観が広がっていました。


チャーリィの知能の変化を示す「経過報告書」ですが、手術前の記述は次のようなものです。


けえかほうこく1ー3がつ3にち

ストラウスはかせわぼくが考えたことや思いだしたことやこれからぼくのまわりでおこつたことわぜんぶかいておきなさいといった。なぜだかわからないけれどもそれわ大せつなことでそれでぼくが使えるかわかるのだそうです。ぼくを使てくれればいいとおもうなぜかというとキニアン先生があのひとたちわぼくのあたまをよくしてくれるかもしれないといたからです。ぼくわかしこくなりたい。
(後略)


句読点もなく、平仮名ばかりの文章から物語は始まります。

手術後に様々な教育を受けて、チャーリィの知能は瞬く間に向上し、2ヶ月も経たないうちに、次のように変化していきます。

経過報告10

四月二十一日ーぼくはパン屋の粉ねり機の生産性をスピードアップする新方式を考案した。労賃を節約して利潤が増すとドナーさんはいっている。五十ドルのボーナスをくれ週十ドルも昇給してくれた。
   ジョウ・カープとフランク・ラリィを昼食に連れ出してお祝いしたかったがジョウは奥さんに買い物を頼まれているしフランクはいとこと食事をする約束があるという。彼らがぼくの変化に慣れるには時間がかかるだろう。
(後略)


以前読んだ時は、チャーリィの書く文章の変化と、アルジャーノンとチャーリィが辿る結末が印象深いものでした。

けれど今回読み返してみて、「幼児期に受けた傷」「受け取れなかった愛情」について深く描かれていることがわかりました。

作者であるダニエル・キイス氏は、心理学を学んでいます。
心理学的比喩や事象の捉え方も物語のなかに織り込まれています。


この物語を、ほかの方はどう受け止めるのか。
興味深く、読書会に参加させていただきました。



読書会では、様々な観点から作品について語られました。

印象深かった意見を以下にあげます。

1️⃣ロボトミー手術を連想した

今では、脳に手術をするということは、SF映画のように思いますが、実際に、興奮、暴力性が認められる精神病患者に対し、大脳前頭葉(感情を司る部分)の切除術(ロボトミー手術)がおこなわれていた時代があります。

倫理的観点、患者に及ぼす副作用の大きさなど、様々な問題があるロボトミー手術でしたが、1935年にロンドンの学会で発表された後、世界で手術が行われ、日本でも1975年に廃止令がでるまで行われていました。

ロボトミー手術のワードが出て、私は吉田秋生さんの「BANANA FISH」を思い出しました。

チャーリィはフェニルケトン尿症からIQ低下があると作中に書いてあったことから、今の時代ならば早期治療がなされれば、脳手術を考えるほどの状況にならなかったのに・・・、と読書会前に作品を読みながら考えていました。

チャーリィの幼少期、知能の向上のためにチャーリィの母が様々な方法を試していただけに、ロボトミー手術、というワードに作品が一気に現実味を帯び、切なく感じました。

チャーリィが、「手術をする前も、チャーリィは人間だった」と繰り返し作中で訴えることの意味・・・。

今、記事を書きながら整理していて、その言葉が、重く胸に残ります。



2️⃣チャーリィと母との関係性について

作中には、知能が向上したチャーリィが、過去の出来事をフラッシュバックのように思い出す場面が多くあります。

チャーリィの意識下に押し込められていた、家族との関係、主に母との関係がチャーリィを苦しめます。

チャーリィの存在を受け入れられないチャーリィの母と、チャーリィの思いについて読書会では様々な意見が出ましたが、チャーリィを愛せなかった母に同情する意見も出て、新しい視点をもらえました。


3️⃣作品の書かれた時代背景

脳に手術を行うこと、障がいを隠すということ、作品のなかで「今の時代には用いると差別的と言われる表現」を使っているという、ことわりがきがあること、そして、「結末まで書ききっている」ということ。


「アルジャーノンに花束を」は、中篇として1959年にSF雑誌に掲載され、その後、長編に書き直され1966年に世に出ましたが、その当時だからこそ書けた物語ではないか、という意見がでました。


「アルジャーノンに花束を」は、バッドエンド、というわけではありません。
しかし、ハッピーエンド、とも言えません。

今の時代ならば、あとは読み手に任せるような結末にしたのではないか、という意見もでました。

当時でも、ダニエル・キイスが作品を出版社に持ち込んだ際、「結末が暗すぎる」と断られたエピソードが新版の訳者あとがきにあります。

けれど、本当に暗い結末なのでしょうか?


読書会のなかでも、知能が向上するということは、果たして幸せなのだろうかという話になりました。

チャーリィが様々な経験をして、最後にたどり着いた心境はどんなものなのか、それまでに得たことは、チャーリィのなかでどのような記憶として残っているのか、と読書会終盤で考えさせられました。



4️⃣チャーリィの変化は、人間の一生を追体験するようだった

皆が唸った意見。
私にとっても、新しい観点でした。

この意見を伺って、私はヘミングウェイの「老人と海」を思い浮かべました。

同じ物語を読んでも、自分の年齢、経験によって受ける印象は変わります。

訳された小尾芙佐さんも、二十代、四十代、八十代で作品を読み、その度に違う種類の涙が流れたと訳者あとがきに書かれています。

「アルジャーノンに花束を」は、繰り返し読むことで深みを増す物語だと思います。



様々な本に触れる機会となる、フリー形式の読書会。
一つの作品に対し、色々な観点から考えることができる課題本形式の読書会。

それぞれの良さと楽しさを満喫した一日でした

のののさん、参加者の皆様、楽しい時間をありがとうございますラブラブラブラブ



最後に。
読書会での私の発言に訂正をあせるあせる

世代的に、集英社コバルト文庫の話題が出まして
今で言うところの、ライトノベルになるのですが、小学生〜大学生の間、よく読んでおりました。

山本文緒さん、藤本ひとみさん、氷室冴子さん、田中雅美さん、前田珠子さん、若木未生さん、桑原水菜さん、日向章一郎さん、島村洋子さんなどを好んで読んでおりました

皆川博子さんもコバルト文庫で執筆されていた、と話題にだしたのですが、講談社X文庫ティーンズハートの間違いでしたあせるあせる
(花井愛子さん、井上ほのかさんをティーンズハートではよく読んでいたなあ・・・)

帰り道に、びっくりとなりましたえーん
申し訳ありません〜