オフィスのソファーに座らせると雪哉は作りに壁際に設置されている簡易キッチンに行く。
「怖かった?」
作りながら聞く雪哉に杏梨は大きく首を振った。
「怖くない・・・・・・笑えない自分が腹立たしいの・・・・・・」
大きなため息を吐いてソファーに身を沈める。
杏梨が強がっているのが分かる雪哉だが可哀想でもきっちりやらせなければならない。
「何か楽しい事でも思い浮かべてごらん 例えば――」
「例えば?」
「露天風呂のこととか?」
露天風呂と聞いて急激に顔が赤くなる。
「た、楽しくない」
そんな杏梨を見て雪哉が笑う。
「なんでもいい 楽しい事を思い浮かべて笑ってみるんだ モデルの経験がないからそんなアドバイスしか出来ないけれど」
出来上がった氷がたっぷり入ったアイスカフェオレを杏梨に手渡す。
「いただきます」
ストローから一口飲むといつもながらの美味しさに笑顔になる。
「その顔だよ」
「えっ?」
「今笑っていたよ」
「美味しかったから・・・・・・」
「杏梨は食いしん坊だから食べ物の方が笑えるのかもしれないね?」
雪哉がフッと笑う。
「わたし出来る!笑える!行ってくるね!」
杏梨は立ち上がると左手でスカートをパンパンと直しドアに向かった。
オフィスを出て階段を降りた下には遼平が立っていた。
「杏梨ちゃん!大丈夫!?」
おろおろとした表情で気の毒になる。
「遼平さん、ごめんなさい」
「いや、俺のせいだよ あんな横柄なカメラマンだとおもっても見なかったし、段取りが悪すぎる」
片手を金髪に染めた頭にやる。
「わたし頑張ります」
途中で逃げられない。
「杏梨ちゃんならそう言ってくれると思っていたよ」
遼平がホッとした顔になる。
「・・・・・・雪哉さんはなんて言ってる?」
雪哉がどう思っているのかも気になるらしい。
杏梨にモデルをさせる為に拝み倒した張本人なのだから失敗でもあれば咎められるのは確実だろう。
「食べ物の事を考えなさいって」
「へっ・・・・・・?」
にっこり笑う杏梨に遼平があっけに取られる。
「大丈夫です ゆきちゃんはわたしがちゃんと笑えるように休ませてくれただけです さあ、行きましょう わたし、ちゃんと笑います」
自信はないが、うろたえている遼平を見てもっと頑張らなければと思ったのだ。
「ありがとう!杏梨ちゃん!」
抱きつきそうになった時、オフィスのドアが大きな音をたてた。
「遼平、杏梨はけが人だよ?」
雪哉が慌てる風もなく言う。
遼平は杏梨に抱きつく一歩手前で止まったのだった。
続く