それも仲居だけではないらしい。
「こちらのお部屋でございます」と言う声が聞こえてきた。
「失礼します」
杏梨はちょうどたった所でドアが開けられた。
「ゆずるさんっ!陸くんっ!」
入って来た2人を見て声をあげた。
「おはよう 杏梨ちゃん 雪哉」
ゆずるは抱いていた陸を畳みの上に降ろした。
「いったい、どうしたんだい?」
雪哉にまっしぐらにはいはいしてくる陸を抱き取った。
「遊びに来たのよ?」
ゆずるがにっこり笑う。
「電話ぐらいくれても良いだろう?」
「あら、お邪魔だった?」
機嫌が悪くなった弟を見て雪哉が時折見せるような不敵な笑みを浮かべて言う。
「そ、そんな事ないですっ!」
杏梨が慌てて首を大きく振る。
「そうよね~ けが人を襲うほど酷い弟だと思っていないから安心して?」
弟をやりこめた言葉なのに杏梨の顔が真っ赤になる。
「もうっ!可愛いんだから♪」
ゆずるは杏梨の右手に気をつけながら抱きつく。
「あら、本当に婚約したのね?」
ゆずるが杏梨の左手の薬指にはまった指輪を見て意外だったと言う顔をした。
「信じていなかったわけ?」
ゆずるに陸を渡し、雪哉は杏梨を自分の元へ引き寄せた。
「お父さんが冗談を言っているのかと思ったのよ でもこれでやっと安心ね おめでとう 雪哉 杏梨ちゃん」
「安心」の言葉は雪哉に向けてだ。
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
杏梨ははにかんだ笑みを浮かべながらゆずるにペコリと頭を下げた。
「立っているのもなんだから、座――」
「りくぅ~~~~ 温泉だよ~ じゃぶじゃぶしようか~」
雪哉の言葉など聞いていなく、ゆずるは露天風呂が見える窓に近づいて息子相手にはしゃいでいる。
「とても気持良いんですよ どうぞ 入ってください」
杏梨もゆずるの横に並んで陸の頬をちょこんと指で触った。
「そうね~ 入っちゃおうかしら」
「義兄(にい)さんは?」
「平日なんだから仕事に決まってるじゃない 杏梨ちゃんが心配だから行って来て良いよって健太郎が言ってくれたの」
そこへ再び仲居が現れて、ゆずるのボストンバックを置いていった。
「じゃあ、露天風呂に入らせてもらうから わたしたちの事は気にしないでドライブにでも行って来ていいからねー」
そう言いながらすでに陸の洋服を脱がし始めている。
マイペースなゆずるに雪哉は苦笑いを浮かべるしかなかった。
続く