「杏梨、ただいま」
「ゆきちゃん!こんな時間にどうしたのっ!?」
出かけてから3時間も経っていないのにと、驚く杏梨。
「時間が空いたんだ それ、まだお湯を入れていない?お弁当を買ってきたからこっちを食べないか?」
カップラーメンの蓋が半分開いたままを見た雪哉は紺色の紙袋を掲げた。
「お弁当!今、お茶入れるねっ」
カップラーメンよりやっぱお弁当だよね~
杏梨は嬉しそうな顔でお茶を入れた。
お茶を2つお盆に乗せてテーブルへ行くと、豪華な松花堂弁当の蓋が開けられて食べるばかりに用意されていた。
「ゆきちゃん、すごくおいしそう!」
「杏梨は和食が好きだからね ここのはおいしいんだ」
有名なこの松花堂弁当は人気がありすぐに売れ切れてしまう。
「ゆきちゃん、仕事は大丈夫?」
自分の為に無理をしていないか心配で聞いてみた。
「予約がちょうどキャンセルになったんだ 一人で食べるのもと思ってね?」
今日の雪哉はマンションに置いてきた杏梨が心配でお客様との会話に集中しなければ気の聞いた会話も出来ないほどだった。
そんなに心配なら一度戻っては?と言ったのはめぐみだった。
「いっただきまーす!」
杏梨は両手を合わせて言うと食べ始めた。
「う~ この煮物おいしいっ!どうやったらこんな味付けが出来るんだろう」
杏梨は感激しながらお弁当に箸をつけていった。
雪哉は感激しながら食べている杏梨を見て微笑んだ。
今まで付き合った女性は太るのを気にしてか啄ばむ程度しか食べない。
杏梨のようにおいしそうにたくさん食べるのを見るのは気持ちいい。
「ゆきちゃん、どうして笑って見てるの?」
杏梨は食べる手を止めて雪哉を見た。
くりくりとした目で自分を見つめる杏梨を見てさらに笑顔になる。
「杏梨の食べっぷりが好きなんだ」
「どうせ大ぐらいですっ そんな事言っているとゆきちゃんのも食べちゃうからね?」
杏梨はプクッと頬を膨らませてからべーっと舌を出した。
「ご馳走様でしたっ!」
ぺろりとお弁当を平らげた杏梨は満足げに雪哉にお礼を言った。
「本当においしかったよ こんなお店知っていたんだね~」
見直したとばかりに頷く。
「もちろん 俺を誰だと思っているんだ?」
笑いながら言う雪哉は壁にかかっている時計に視線を移した。
「時間だ、行って来るよ」
「うん いってらっしゃい ゆきちゃん わざわざありがとう」
時間が空いたのなら自分のオフィスでゆっくりすることも出来るのにわざわざ来てくれて杏梨は嬉しかった。
「杏梨、本当にどこもなんともないかい?」
「もうっ ゆきちゃん しつこいよ 大丈夫だからっ」
過保護すぎる雪哉に呆れる。
「何かあったら貴美香さんや親父に大目玉だからね」
「ゆきちゃんは怒られないよ わたしが悪かったんだから」
杏梨が真剣な顔になって言うと雪哉の大きな手が杏梨の頭に置かれた。
そして柔らかい髪をくしゃっと弄る。
その途端、杏梨の心臓がトクンと音を立てた。
顔が赤くなりそうだった。
「俺が保護者なの」
髪を弄った指は杏梨の頬を突いて離れた。
「じゃあ、行って来るよ」
「い、いってらっしゃい」
雪哉が出て行ったドアを放心状態で見つめた杏梨だった。
続く