今から行っても遅刻だし・・・。
リビングのソファーに座っていると雪哉が自分の部屋から出てきた。
スリムなジーンズに黒いTシャツ、真っ白なジャケットを着ている。
胸に覗くのはシルバーのアクセサリー。
うぅっ・・・カッコいい。
杏梨はその姿にしばし見惚れてしまう。
「杏梨、行ってくるよ なるべく早く帰ってくるから」
テーブルの上に置いてあった時計を腕にはめながら言う。
「うん 分かった」
「頭が痛いとかないか?」
玄関に向かう雪哉が立ち止り、ぎこちなく付いて来る杏梨に振り向き聞く。
「身体が筋肉痛みたいなだけで他はなんともないよ」
「そうか、何かあったら気にせずに電話する事 いいね?」
「はい」
杏梨の返事に満足して雪哉は出かけた。
愛車の鍵を手にして駐車場へ向かう。
バイクの件はいやいやでも杏梨を納得させる事が出来て足取りは軽くなる。
姉のゆずるに来て貰ったのは正解だった。
自分ひとりが言ってもきっと杏梨は言う事を聞かなかっただろう。
処分をしたと言った原付バイクは多少壊れていたが直せば走る。
だが、雪哉は廃車にしたかったのだ。
もう危険な目に遭われるのはたくさんだ。
* * * * * *
杏梨が現国の教科書を開いていると携帯電話が鳴った。
親友の香澄からだ。
「香澄ちゃん」
『杏梨~ 大丈夫だった?昨日事故ったって・・・』
「やだな~ 事故ったってほどじゃないんだよ?車が水溜りを跳ねてヘルメットに見事命中して転倒しただけだから 怪我も擦り傷以外ないし」
『そっか~ 良かったよ 車にはねられたんじゃなくて』
「明日は学校行くからね」
『うん わかった』
香澄は元気そうな杏梨の声に安心して携帯電話を切った。
消しゴム、消しゴムっと・・・。
消しゴムを探して引き出しを開けると2つ折の鏡が目に入った。
自分の顔が好きではない杏梨は鏡を外に出していなかった。
普通、杏梨ぐらいの女の子ならばいつも近くに鏡が置いてあって、勉強しながらも自分の顔を研究したりしているのだろう。
杏梨は珍しく鏡を出して開いた。
鏡は短い髪の女の子を映し出していた。
短い髪・・・。
「はぁ~」
鏡の中の自分に呆れたため息が出た。
昨日の三木 彩さん きれいだったな。
女優さんってあんなにきれいだとは思わなかった。
いつもそんな人とゆきちゃんは接しているなんて・・・。
親しげに笑いあう2人を思い出して悲しくなった。
髪伸ばそうかな・・・。
男性恐怖症になって以来、女として見られたくないが為に短くしてしまった髪。
少しずつ杏梨の心の中に変化が生まれてきていた。
ゆきちゃんに女として見られたい。
雪哉の周りにいる女性たちに少しでも近づきたい気持ちが杏梨に芽生えていた。
髪を伸ばすって言っても・・・ベリーショートの自分の髪が肩まで伸びるのはいつの事やら。
気が遠くなる。
女らしく見えるには・・・
そうだ!パーマをかければいいんだ。
「明日、香澄ちゃんに聞いてみよう」
雪哉には言えない杏梨は香澄に相談してみる事に決めた。
続く