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救うために殺す?「娯楽の狩猟」の倫理的、経済的問題

2017/10/1

 

 
 
2010年に米国人ハンターが仕留めたライオンの毛皮と頭部。南アフリカで防腐処置を施され、ハンターへと送られるところだ。その後、米政府はライオンの毛皮などの国内持ち込みを制限した。(David Chancellor /National Geographic)
 

 アフリカ南部、ナミビアのカラハリ砂漠の端に位置するナイナイ保護区に、ツアーに訪れた米国人実業家が降り立った。車のラックから取り出したのは、重さ5.5キロの二連式の猟銃。高いものなら2000万円以上もする銃だが、一発で獲物の動きを止める威力があるため、娯楽のために大型動物を狩る「トロフィー・ハンティング」で好んで使われる。彼もまた、獲物の牙や毛皮などの「戦利品(トロフィー)」を持ち帰ろうと、アフリカにやって来た。今回はゾウを2頭仕留めるのが目的だ。

 

 ガイドを務めるフェリックス・マーネベッカによると、14日間で1頭のゾウを撃つ狩猟ツアーの料金は約880万円。ナイナイで年間5頭まで許可されているゾウ狩りは、そこで暮らす狩猟採集民のサン族に経済的な恩恵をもたらす。料金の一部は直接村人たちに支給されるほか、地域の野生生物の保護計画の財源にもなる。

 

 米国では今、連邦政府がハンターに課す狩猟税は年間で数百億円にものぼり、その税収は野生生物の管理や、それに関連した活動に充てられている。だが、こうしたトロフィー・ハンティングには、倫理的にも経済的にも大きな疑問がつきまとう。

 

■資金源としての狩猟

 推定によると、アフリカ大陸の国立公園や保護区では、1970年から2005年までに大型哺乳類が最大で6割減った。人間の生活圏の拡大や気候変動、密猟などによって、大型の猟獣の数は激減している。こうした状況のなか、高額の料金を支払い、規制された条件下で行うトロフィー・ハンティングは、動物とその生息地を守る持続可能な方法だと主張するハンターもいる。

 

 マーネベッカは語る。「ゾウが死ぬのは気がとがめますが、こうしたゾウがもたらす資金で2500頭ほどの仲間を保護できます。トロフィー・ハンティングは今のアフリカでは最高の経済モデルです」

 

 ハンターや政府当局者がよく引き合いに出すのは、狩猟推進団体がはじき出した数字だ。アフリカ南部と東部には年間およそ1万8000人のトロフィー・ハンターが訪れ、約480億円の経済効果をもたらしているという。だが、この数字については激しい議論がある。動物保護団体ヒューメイン・ソサエティー・インターナショナルによれば、トロフィー・ハンティングの経済効果はせいぜい145億円ほどで、この地域の総生産(GDP)の0.03%にすぎないという。

 

かつてのアフリカは「限りない自然の供給源」のようだったと、ライオン研究で知られる米国の生物学者クレイグ・パッカーは言う。だが今や野生生物の生息地はどんどん縮小している。「ライオンは絶滅危惧種になろうとしています。保護に有益な効果があるという明確な証拠を示せないのなら、娯楽としてのライオン狩りはやめるべきです」

 

 ほかの大型猟獣についても、生物学者たちは同様の主張をしている。サイの角や象牙やライオンの骨は、特にアジアで高い需要があり、それらを狙った密猟が横行しているからだ。しかし問題は複雑で、ナイナイのゾウのように、トロフィー・ハンティングの実施地域で、特定の動物の数が増えているケースもある。

 

 いずれにせよ、ライオン保護に関しては、「娯楽としての狩猟がもたらす資金は微々たるものです」とパッカーは言う。「その証拠に、これらの国々でも何年も前からライオン狩りが許可されていますが、ライオンの数は激減しています」。国際自然保護連合によると、タンザニアの五つの個体群では、1993~2014年までに個体数が3分の2も減ったという。

 

■収益はどこへ?

 タンザニアなどの国々では、政府が狩猟地を所有し、プロのハンターと直接リース契約を結んでいる。この方式では、国の財政が厳しくなり、資金が必要になると、動物の個体数を考慮せずに狩猟割り当てが増やされる可能性があると、反対派は言う。しかも、こうした保護区では、狩猟ツアーの収益が保護に充てられないため、野生動物が減り、狩猟ができなくなるケースが多い。タンザニアではここ数十年、狩猟地に指定された地域の4割で猟獣が姿を消している。

 

 たとえばタンザニアのセルース猟獣保護区では、2009年まではおよそ5万頭のゾウがいたが、今では1万5000頭程度になっている。野生生物保護の研究者カタルジナ・ノワックは問いかける。「世界中からトロフィー目当てのハンターがやって来て、その収益が保護と密猟対策に充てられたのなら、こんなにゾウの数が減るはずはないでしょう」

 

 一方、トロフィー・ハンターのなかには、自分たちだけ責めるのはやめてほしいと言う人もいる。料金や狩猟割り当てを決める立場ではないし、収益が腐敗した政治家や官僚の懐に入る国もあるが、それについて自分たちは何もできないというのだ。環境保護活動家に劣らず、野生生物の現状を懸念していると言うハンターもいる。

 

 ナイナイでのゾウ狩りの12日目、わずか15メートルほどの至近距離で男性は銃を構え、ゾウの心臓を狙って撃った。さらに頭部にとどめの一発を撃つと、ゾウは息絶えた。牙の重さはそれぞれ32キロ余り。サン族の人々が6時間足らずで皮をはがし、3トン近い肉を持ち帰った。彼らに金や食料を提供するため、あるいはナイナイを保全するために、絶滅の危機に追い込まれている動物を殺していいのだろうか――根本的な疑問は残されたままだ。

 

(文 マイケル・パタニティ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

 

[ナショナル ジオグラフィック 2017年10月号の記事を再構成]

 

 

~転載以上~

 

 

★参考記事

 

ゾウを殺してゾウを保護するという矛盾