今朝、出勤途中に空を見上げたら、青空の色が今までと違っているのに気が付きました。
少しばかり温かみを増して、優しい青になりました。いやあ春ですねえ。光の差し込む角度が違うとこんなにも色って変わるのですね。
今夜はお月夜ですがスーパームーンとか特別な名前がついてなくてもその輝きはいつもに増して美しく大きく見えます。
マスコミや世間が殊更取り上げ持ち上げなくても美は常に世界を満たしていて、要は自分がそれに気が付くか否かなんですね。まあ私は昔から作為的な「これが美しいのだ」という刷り込みをそのまま信じる単純な質ではなく、自分の体験したもの、この目で直に見たものを元に考える質でした。
でもそういう人って数学は苦手です(笑)
分数はできるけど関数で挫折しましたーー
だれか私にわかるように教えてほしいと今でも思っております。こうなればこうなんだという結論に納得いくまで説明を求めてしまう人はなかなか捗らないです。中間をすっ飛ばせないんです。まあ学びの上ではその姿勢が大事なんですが、私の理解力がいまひとつ・・ふたつ・・・
なのでちゃんと教えようとすると多分日が暮れます。その前に私の気力が萎えますwww
でも空の色が変わること、月がことさら大きく見えることに、これは何がどう作用して・・・なんて無粋なことは深くは考えません。ただ綺麗だと思う心に理屈は必要ありません。
あ、ちょっと変な書き出しですみませんね。
一昨日テレビで観た映画「戦場のピアニスト」にすごく感銘を受けましてね、で、そのことを書いておきたいと思ったのです。
その前に今日の大ちゃん情報。
平昌五輪から帰国した宮原知子さん。今日早速リンクで汗を流していました。21日からは世界選手権が始まります。
— 関西大学 (@UnivKansai) 2018年3月2日
写真は練習後のひとコマ。何故か緊張してピンボケしてしまいました。誰が写っているか分かるでしょうか・・・。
一緒に練習する仲間やコーチ、OBの高橋大輔さんまで勢ぞろいしました。 pic.twitter.com/XFvNx4sLig
関大で大ちゃんも汗を流してらっしゃったのですね。ということは何かやっぱり予定があるってことでOK?
私にはそれが気になります。
D友さんはジュニアワールドに臨む星南くんの指導もしたんじゃないか?との予想でしたが、それもありかもしれませんね。
このお写真見る限りふっくらされたようにも見えましたが、平昌五輪から1週間足らずですから、写真の光の加減でしょう。大ちゃんの本気モードってのは我々の想像を越えますからね、しっかりみっちり練習してさてどこに向かっていらっしゃるのでしょうか?
お願いだからこのショーにINしてくださいませーー。切に切に要望申し上げます!!!
長野オリンピック・パラリンピック20周年記念事業 Heroes & Future 2018 in NAGANO
http://sunrisehokuriku-schedule.jp/kdschartist.php?id=7457
6月8日、9日、10日の3日間です。真央ちゃんの長野軽井沢でのショーの翌週ですね。
もちろんそちらも応募してみるつもりですが、大ちゃんに会いたいーー!!!
こちらのサイトも始動されました。
http://www.d-color.tokyo/posts/3789279
実は私も大ちゃん同様、間取りを書いたり、物件を見て歩くのは大好きです。というかそれを生業としていた時期があります。なので半分懐かしく、半分期待MAXでどんなお部屋ができるのか楽しみにしています。ちなみに私の部屋も大ちゃんと同じくブラウンベースでーす!
さて「戦場のピアニスト」に話を戻します。
カンヌ映画祭でパルムドールに輝き、アカデミー賞では7部門にノミネートされ、うち監督賞、脚色賞、主演男優賞の3部門で受賞した2002年公開作品です。
当時かなり話題にもなってたし、すでに多くの方がご覧になったと思いますが、恥ずかしながら私は一昨日の夜が初見でした。
大ちゃん関連以外普段はあまりテレビは見ないのですが、たまたまリモコン操作していて映った映像にちと心惹かれたのです。いま考えるとそのまま見続けたのは聴こえてきた音が原因だったのかな?と思います。BGMにショパンが流れていて、ピンときました。
まあ大ちゃんがEXで演じた「海の上のピアニスト」と若干混同したのは否めませんw
「戦場のピアニスト」で思い出すのはまずジョニー・ウィアーです。彼が使用した“夜想曲第20番 嬰ハ短調”が好きで、この映画を代表する曲だと知っていたので、それがどんなシーンで使われているのか知りたいと思ったのです。
同曲はメドベージェアが今期SPで使用し、世界最高点をマークしてましたね。
映画の内容についてはうっすらと知ってました。ナチスドイツ政権の迫害を受けたユダヤ系ポーランド人のピアニスト、シュピルマンの体験を基にしています。監督したポランスキー氏もまたユダヤ人の父を持ち、ナチスの迫害から逃げ回った体験があります。
私が見始めたときは主人公はすでにワルシャワのゲットー収容所に入れられ強制労働に従事させられていました。
アンネ・フランクの日記を子供時代に読んで以来、この手の話はトラウマなのです。
米軍が撮影し公開した当時の記録映像を見たことありますが、現実のその悲惨さはここで語るのもはばかられるものです。でも戦争は生きてる限り避けては通れないし、痛ましい歴史であってもなるべく目は反らさないようにしております。
が、「戦場のピアニスト」もまた目を覆いたくなるほどの無残なシーンの連続でした。
銃をもって戦うことも人を殺めることもできない無力な一般市民が、無慈悲なナチスドイツによって狩りたてられ死線を彷徨う様が全編を通してリアルに描かれています。
※ここからはネタバレですので、映画をご覧になるつもりの方は読まないでくださいませ。
絶滅収容所行きを免れ、ゲットーからも逃げ出すのに成功したシュピルマンは仲間に匿われて、長い潜伏生活を余儀なくされます。
物音一つ立てられない窮屈な暮らし。
ドイツ軍に占領されたポーランドの首都ワルシャワの市民が武力蜂起したものの、瞬く間に鎮圧されるのを、隠れ家の窓から傍観するしかできない主人公の無念さ、その哀しみ。
殺戮と破壊が日常となった地獄の日々を主人公は仲間に救われながらなんとか生き延びていくのですが、ワルシャワ蜂起の報復として街は徹底的に破壊され、隠れ家もついに砲撃を受けて命からがら逃げだします。
孤立無援となった彼はとうとう廃墟と化した家々を巡って食べ物をあさりながら命をつなぐところまで追い込まれてしまいます。
ある日、比較的破壊を免れて原形を保った家の台所でやっとピクルスの缶詰を発見したシュピルマン。
しかし缶切りがありません。何とか開ける方法は無いものかとウロウロしていると、外で人の声が聞こえ家に入ってくる気配。
あわてたシュピルマンは屋根裏へ逃げ込みます。
じっと息をひそめていると階下からピアノの音色が響いてきます。
その曲はベートーヴェンの「月光」。おそらくドイツ人が弾いてるのでしょう。
その夜、暖炉の火箸とスコップを使って缶詰を開けるべく四苦八苦していたシュピルマンは、いつの間にかその様子を人に見られていたのに気が付き、せっかくの缶詰を取り落としてしまいます。
シュピルマンを発見したのはドイツ軍将校でした。
彼は尋問します。「お前は誰だ?」「ここで何をしている?」
シュピルマンは答えることができず立ち尽くすばかりです。
「ユダヤ人か?」
死を目前にしてようやく頷くのがやっとのシュピルマンに重ねて将校は尋ねます。
「お前の職業は?」
かすれた声を絞り出すようにして答えます。
「ピアニスト」
二人は黙って見つめ合います。
将校は銃を取り出しませんでした、その代わりドアを開け、首をしゃくって命じます。
「来い、ユダヤ人」
死を覚悟したシュピルマンはそれでも転がった缶詰を拾い上げ、抱きしめながら後に続きます。
今やピクルスの缶詰だけが彼の全てであるかのようでした。
このシーンは本当に共感しました。私の頭の中も缶詰の事でいっぱいでしたもの。
しかしピアノの傍らに立った将校が次に命じたのは意外な言葉でした。
「何か弾け!」
壊れたロボットのように無表情のまま缶詰をピアノの上に置き、餓死寸前のやせ細ってかじかんだ指を擦ってからシュピルマンが弾き始めたのはショパンの“バラード第一番”でした。
窓から差し込むほのかな街灯に照らされたシュピルマンの血の気の失せた頬。吐き出される白い吐息。
何もかもが死に絶えた街に響くピアノの音色。
いやーこれがねえ、これが本当に見ていた私の心に沁みたのですよ。
月並みな表現ですが、でもこれまで生きてきて初めて「音楽が心に沁みる」ってこういう状態なんだなと体感できたのです。
曲の中盤約4分間は演奏されていないそうで、確かにその違和感はありましたし、最近はすっかり羽生君のバラード一番の編曲に慣れてしまってたのであれ?って原曲との違いに戸惑ったりしましたが、まあそれは些細な事で、ポーランドの歴史に詳しくない無知な私にもこのシーンが意味するものが伝わったのです。
ああ、ポーランド人にとってショパンってこういうものなのだ。これが本当のショパンなんだってね。
何もかも破壊されつくしたこの世でなお正気を保つその確かな音。
ショパンの音色はポーランドの人々の傍らに常にあり、国を愛し、狂気の時代を生き抜こうと闘った人々の歴史とともに存在する。ポーランド人の魂そのものなのだと。どんな名演説よりも雄弁に語っていたのです。
かなり長いシーンでしたがその間ずっと私の頭には「人間の尊厳」という言葉がリフレインしていました。
人の誇りなど圧倒的な武力と問答無用の殺戮の前には塵にも等しい。あったところでそれは開かない缶詰の様に無用なもの。だけどシュピルマンはそれを決して手放さなかった。ピアニストとしての生き方をこの修羅場であっても貫いていた。
ドイツ軍将校が名前よりも職業を尋ねたのは話の都合上必要だったからでしょうが、名前よりもお前はこれまで何をしてきたのか?というアイデンティティを問うのがヨーロッパ人らしいなと思います。
ショパンと言えばコンクールで、わずかな音の震え方や、強弱のつけ方を競い合うイメージでしかありませんでした。響の良いコンサートホールで名演奏家が極めた音に聴き惚れるのがクラシックという固定観念があった私に初めてこの映画は音楽とは情景であり、それを巡る人々の想いが織り込まれてるものなんだと教えてくれたのです。
生まれて初めて何か体の奥深くで音楽と触れ合えたと思いました。
すっかり感動した私は昨日今日とポーランドの歴史やショパンの生涯を読んで、後から知識のほうでも補完したのですが、ショパンが生きてた時代にもロシア軍の侵略から街を守るべくワルシャワの市民は蜂起し、弾圧されていたのですね。ショパンはウィーンからフランスに逃れたのですが、その怒りを込めて、作曲したのが革命のエチュードだそうです。
ちなみに3月1日がショパンの誕生日なんです。
その記念でこの映画が放映されたのかしら?どんな理由にせよ音楽に対する新たな気づきのきっかけを与えてくださったことに感謝です。
フィギュアスケートに使用される音楽は大概が原曲から大幅にカットされ編集されているので、もちろんこの映画のように表現なんか出来っこないです。
決して比べたりしてはいけません。有名な作品でしたが今まで見なくて正解でした。ショパンの楽曲はもう私にとって特別なものになってしまいましたから、誰が演じてもまずこの映画を思い出してしまうでしょう。そういう意味では残念です。
でもフィギュアスケートもまた私にとっては音楽の情景の一つなんですよ。白鳥の湖しかりトゥーランドットしかり、月光、ロミジュリ、多くのスケーターが滑ったプログラムが積み重なって、私にとってのその曲を創り上げてるんだということに気が付きました。あ、これがきっと町田君のおっしゃるところのオマージュですね。
しかしどんな曲も大ちゃんが演じたら最後、全部大ちゃん一色に染め変えられて決して上書きできないところが困ったものです。
ところで原作のシュピルマン体験記では実際にこの時演奏されたのはバラード一番ではなく、ノクターン20番だったそうです。
私も夜想曲のほうが印象にあったので、なぜここでバラード一番?って意外に思えたのですが、それは監督の意向だったようです。 バラード一番は特にラストのほうでなんども旋律が中断します。ピアニストがペダルを離すと残るのは指で抑えた音だけになる。で、再び和音が奏でられそれが一気にフォルテッシモまで高められる。
最後に悲鳴のような高音から激しく叩きつけられる和音で締めくくられるのですが、それは何度も死線をくぐり、生き延びたシュピルマンの姿を象徴してるのだという説を読んで納得しました。
生きるわずかな希望があればそこにしがみつき、不死鳥のごとく何度も廃墟から立ち上がったポーランドの人々。
破壊されつくしたワルシャワの旧市街は今は壁のヒビに至るまで元通りに修復されて美しい街並みを誇っているそうです。
まあ私にとって命の缶詰はやっぱり大ちゃんだな。例えこの先愛する世界が焼き尽くされて焦土と化しても、彼の思い出だけは胸に抱えて誇りをもって生きていけると思います。
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