ホテルオークラの本館が取り壊されて、新しい建物になるというので、名残に本館に泊まりました。


ホテルオークラ は東京オリンピックのために昭和37年に開業しました。
再び、東京オリンピックが開催されるのに備えて建て替えられます。

この本館は創業者である大倉喜七郎の屋敷の場所に建てられました。



司馬遼太郎さんは、『街道を往く』の中で、こう書いています。
「ホテルオークラとアメリカ大使館の白い塀のあいだを、霊南坂が急勾配でかたむいている。私はそこをくだるのが好きで、塀ぞいの歩道をくだりつつ、江戸時代
いまの塀のむこうにあるアメリカ大使館が、定火消の御役屋敷であったことを思ったりする。」
さらに、続けて
「このあたり一帯は、中世の山城の地形を思わせるようで、三つの急坂(霊南坂・汐見坂・江戸見坂)の上の平坦地になっており、山城でいえば、本丸にあたる。そこにホテルオークラがある。」

この風景を見ることができるのも、今年の夏までらしいです。