シーティングをした症例に出会った実母(車いすに乗ったことはほとんどありませんと訴えた母)は、その穏やかな表情をした我が子(fig22-12)を見て、驚き、うれし涙をこぼしました。

 

〈fig22-1.2 シーティング前後の症例の表情 後は血色がよくなっている〉

 

発病後は、いつも咽苦しむ息子しか見ていなかったお母さんからすれば、信じられないほどの変わりぶりだったと思います。

 

その日、実母は車いすに座っている息子を見るのが嬉しくて1時間以上、横に並んでテレビを見ていました。でも母親の心中を察すれば、きっと車いすから降りたら、「また咽苦しむ息子に戻ってしまうのではないか?」という不安を抱いていたのでしょう。

 

 

その不安は、すぐに的中しました。しかし翌日、彼が車いすに乗ると落ち着くのです。

 

脳卒中の維持期になると、痙性(けいせい)といって病的に筋肉の緊張が高まっている状態になります。そしてその力は、ちょっとした刺激によって解き放たれ不用意に四肢が動きます。これが彼の暴れまわる原因です。それは彼の口に溜まった唾液がのどに垂れ込んだときに、解き放たれるのでした。これを誤嚥(ごえん)と言います。これで熱が出れば、誤嚥性肺炎と呼びます。

 

つまり車いすに乗っているときは、頚が据わっているためにしっかりと唾液を嚥下できるために、痙性が解き放たれることがほとんどありませんでした。

 

それからは彼が車いすに乗ることがリハビリとなりました。ただし座れない彼を車いすに乗せることは、私たちにとってリフト(fig22-3)を使わずに乗せることは至難の業でした。乗せ降ろしで20分くらい要すため、週2回のリハビリのみ乗車してもらいました。

 

〈fig 22-3 リフト(福祉機器) 乗り降りの介助が困難な者に使うことで安全に移乗ができる〉

 

 

半年程経つと、「つばきをごっくんして!」というと彼が飲み込んだと、実母が言いました。私も「まさか」と半信半疑で様子を見ると、ちゃんと咽ずに飲み込みました。

これは簡単に言えば、①耳から聞こえる指示を理解する、②口に溜まった唾液が不用意に誤嚥しないように留める、③それを実行しようと麻痺した筋肉を努力して動かすという行為ができたということです。

 

なにもできない、分かっていないと思い込んでいた私たちにとっては衝撃的なできごとでした。でもこの驚きは、まだ序章に過ぎなかったのです。この続きは、また来週お話します。

 

また来週木曜日にお会いしましょう。

 

令和元年1115日 金曜日 

ももはクリニック石坂

作業療法士 シーティングエンジニア 介護支援専門員 認知症ケア専門士

串田英之