大学生のメンタルヘルス(高知大学にて) | 精神医療の真実  フリーライターかこのブログ

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精神医療についていろいろ調べているフリ―ライター。およそ非科学的な精神医療という世界。薬の副作用、離脱症状……精神科医の薬に対する認識に疑問を抱いています。皆さんと一緒に考えていけたらと思います。

 高知大学でのメンタルヘルス講座のお知らせです。

 知人が骨を折ってくださり、実現しました。

(下部、パンフレット)

 これまでもお伝えしてきたように、大学には保健管理センターや学生相談室といった場所がキャンパス内に用意され、現在では、心の不調を感じた学生が気軽に来れるよう、いかに敷居を低くするかの工夫がなされています。そして、希望すれば精神科医の診察を受けることもしごく簡単です。

 大学側として用心しているのは、学生のメンタルヘルスというより、じつは「自殺」なのです。大学生の死因の第一位は「自殺」ですから、もちろん、学生を守るという意味もありますが、自殺者が出ることは大学の評判にもかかわってきます。

自殺予防の対策の中で、数年前から出てきたのが「ゲートキーパー」という考え方です。2011年まで自殺者3万人超という数字が続き、政府が慌てて作った制度がこれ。

「大切な人の悩みに気づく、支える」ゲートキーパー。

https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201402/2.html#section1

 

 自殺予防で注目されたのが「うつ病」の早期発見、早期介入です。それにはまず「不眠」という症状が出るということで、うつ病予防には不眠解消が大事である、との考えから、「お父さん、眠れてる?」のキャッチコピーが生まれました。

 自殺予防→うつ病の発見→不眠の発見、という構図がなぜか生まれてしまったのです。

 

 精神科の治療で自殺は減るのか?

 要するに自殺予防は精神科のお仕事ということになりました。

ところが、全国自死遺族連絡会が、自死した人が生前どれくらいの割合で精神科を受診していたか、受診率を出しています。以下のグラフ。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/s10-1_1.pdf

 

 なんと20代の女性では100%の方が精神科での治療を受けながら自死しています。もちろん、これはあくまでも自死遺族会にかかわる人たちの数字で、分母がそれほど大きくはありませんが、それでも、自殺者の精神科受診率はかなり高いと言えるのではないでしょうか。

 ということは、ゲートキーパーとして周囲の人の変化に気づいた場合、精神科受診を安易に勧めることは、かえって自殺率を引き上げかねないことになります。

が、このことを、「世間的」に伝えるのはなかなか難しいものがあります。(医療妄信)

それでも、私の立場として、精神科の治療の現実の一端を伝えることは、妄信して受診して、被害に遭う学生を少しでも減らせる可能性があるという意味でも、意義あることだと思っています。

 まずは基本の事実から知ることです。

 例えば、抗うつ薬の添付文書。「抗うつ剤の投与により、24歳以下の患者で、自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告がある」と書いてあります。

 自殺対策ではなぜか、こうした事実はまったく伝えていません。

 

被害者1人につき恩恵を受けている人10人

 最近読み返している『〈正常〉を救え』という本。著者のアレン・フランシスはこう書いています。

「私の知る限り、精神医学のせいで害をこうむった患者1人につき、それのおかげで生活が大きく改善され、ことによるとい命拾いをした患者が10人はいる。」

 数字が逆じゃないかと思いますが、よくよく読むと、この文章にはおかしな点があります。

「精神医学のせいで害をこうむった」という言葉。

つまり彼の他の箇所の言葉を借りれば「精神医学が適切に用いられなかった」ためにこうむった「害」ということだろうと思いますが(つまり、彼は「精神医学は正しい」という認識なわけです)、これは精神医学そのものを問題にしているのではなく、それを使う「精神科医」を問題にしていることになります。つまり、「精神医学を適切に用いない」医師にかかれば、被害は100%になるわけで、「適切に用いれば」被害はゼロ。そういうことを意味していることになりますから、「精神医学のせいで害をこうむる」という言葉自体、矛盾、成立しないはずです。

 それに、そもそも「精神医学を適切に用いる」とはどういうことなのでしょうか? 何を基準に適切かそうでないかを判断するのか、この本にその説明はありません。

 しかし、まあ、そこは曖昧模糊が原則の精神医学ですから、仮にそういうものがあるとして、では日本に「精神医学を適切に用いる」ことのできる医師がどれほどいるのかということです。問題はこっちのほう。

 にもかかわらず「専門家」という言葉は、無条件に「精神医学を適切に用いる」医師を連想させ、その安心感を基盤に、人々に早期受診を呼びかけます。

ゲートキーパーという「見張り役」までつけて、結局、「精神医学を適切に用いることができるかどうか怪しい」医師につながれるのでは、とてもじゃないですが、大学生のメンタルヘルスは守られないでしょう。もっとも、講演ではこんな直截的な表現はしませんけれど……。