□あとがき
この度、数奇な縁で浩月山地蔵寺の縁起書を染手することになりました。地蔵寺の奥の院、白旗稲荷大明神と、紅葉屋守護神、紅葉稲荷大尊天の御力を御借りして、御玉転がしの秘行となりました。それは言葉の持つ不思議な不思議な世界であります。
御玉転がし、この聴き慣れぬ言葉は名古屋地方では狐の御文(おふみ)とも申します。所謂、御筆先であります。御玉の対象は霊狐に限りません。草木や森の梢の精霊や神々の声までも文字に写し書き取ります。ここでまたもや御転玉となりました。
浩月山地蔵寺の
木漏れ日差し込む奥の院
白旗稲荷の御神殿
脇の立ち芽の七枚を
しらはたいなりと綾勝って
御祭神と成りまする
密かに覗けば摩訶不思議
黄金に輝く金毛の
宝珠の色ぞ有り難さ
御札となって見えまする
おんしらばった
りにうんそわか
御玉のお文には昼日中のお文と「夜文」と称して深夜の闇の中で書き上げる「真暗の御文(まくらのおふみ)」と言うのがあります。寝たままで、どうやってと思いでしょうが、方法は以外と簡単です。
横長のボール紙に白紙をセロテープで張り付けておきます。それを夜具布団の上に置いて眠るだけです。勿論、筆記用具も用意致しますが、稲荷の真言を三度唱えます。真言の力は人智では計る事が出来ない叡知と神秘に満ちています。観た夢、感じた事は決して忘れる事はありません。神々や精霊の話す一字一句も、紙面に残ります。寝たままの暗闇の中での筆です。一枚の紙に幾重にも筆が重なり判読も困難になります。
でも心配御無用、真言を三回、最初はゆっくり、次は中くらい、最後は早く唱えます。文字は必ず解読出来ます。夢観た直後はこれ又必ず目覚めます。勿論、夢現の状態には変わりありませんが、文字は確り残されております。心静に読みますれば、言葉もころころ転がって、心も軽く身も軽く、弾む言霊身体に所狭しと飛び跳ねて、観たり聞いたり感じたり不思議な世界と豤日話。思えば七、八歳頃から毎日こんな状態でありました。
最後に平成十七年十二月三十一日の大晦日に起った不思議な体験を紹介します。それはNHKは紅白歌合戦の真盛りでありました。行く年来る年、テレビより流れる除夜の鐘、毎年恒例の氏神さまへの初参り…。
煩悩を 落す鐘聞く 新年に 氏神参りて 命あるを知る
氏神、白山神社への初詣を終え、その帰りの道すがら家内が突然、
「地蔵寺の白旗稲荷、お参りに行こうか。」
とのこと。時間は午前一時をゆうに回っております。夜のしじまは深閑と辺りも冷え冷えとして、怖いような雰囲気となります。白旗稲荷の参拝を終え、綿入半纏を身体に巻き締めるようにして歩きだせば、「えっ」と異様に背中が熱く感じます。「はっ!」と後ろをゆっくり振り返ると、大柄で骨太の男が白衣白袴に白足袋姿で立ち、横には縞柄の小紋に、三本独鈷の献上博多帯、金高麗の帯締を締めたお色気たっぷりの女性が立っていました。
小紋の女…「あたいのこと、忘れちゃ否とよ。」
白衣の男…「どうでぇ。汗が出るほどあったけぇだろ。でぇじな瑠須庵に風邪ひかれちゃあ身も蓋も無ぇからな。これから始まる大仕事に支障が出るといけねぇ。」
それは白旗稲荷と狐童女でした。
狐童女…「万延元年からの半田行き。霊力送るから筆に残してよ。」
白旗 …「あんまり無理言っちゃなんねぇぞ。瑠須庵に筆返しな。次は○○の里姫よ。」
狐童女…「○○の悪神にやられて死んじまったらあたいが稲荷にしてやるからね。」
白旗 …「おいおい。突拍子も無ぇ事言うなよ。今の言霊打ち消しとくからな。死なせる訳にはいかねぇぜ。おう、瑠須庵よ、おめえの事一等心配してんのは狐童女だからな。全く、惚れられちまったな。えれぇこった。稲荷にされねぇよう気をつけな。用あるときゃ、いつでも呼びな。狐童女、差し向けっからな。」
狐童女の顔を見る白旗稲荷。
白旗 …「呼ばねくども狐童女、勝手について行くな、こりゃ。」
白旗稲荷、位を改めゆっくりと言葉を口にする。
終わりに 始まりの塵界無き神威を申し渡す
すめろぎの国ぞありての おほかみ宝
神に愁い文の賜わりけるに
さ庭の力 姫ありてと申しつける
心せよ 闇に止まるべからず 妄誕聞くべからず
筋道見えずとも 狐法庵紅葉稲荷が 庵の篝火炊くと言ふ
驕れるなかれ 力はさ庭 其は今ぞ
重い、重いお言葉です。勿体無い程のお話です。白旗稲荷と狐童女に深々頭を下げて帰路につきます。時計は午前三時近くになっておりました。奇妙なことに家内もあの二人を見たと言います。しかし口は動けども声は聞えなかったと言うのです。
翌日、目覚めれば家内は「あれは夢だ。幻想だ。」と言いきっておりましたが、その目はそれを否定しておりました。
終
※○○・・・現実の町名が入りましたので伏せました。