Fable Enables 85 | ユークリッド空間の音
2018-03-13 00:01:00

Fable Enables 85

テーマ:Fable Enables

 物語は他らなぬこの喫茶店『一本木』を拠点としていた。タツ爺の希望か、本来は働いていないはずの織口アミというパソコンに詳しい女子高生がアルバイトとして働いている。『ユキヤ』と並び、特殊な能力の使い手として描かれている。
 ドキリとした。
 俺自身が有し、周囲には隠している能力が、なぜこの物語で忠実に描かれているのか。
 グリフォンという幻獣と多少の意思疎通ができるようになったのはそう昔のことではない。それから今に至るまでの比較的短い期間で、しかしそのグリフォンは通常の人間には見えないことは実証済みである。
 まさか瀬殿スズが同じ能力の使い手とでも言うのだろうか。
 俺はこっそりと店の奥を見やった。スズは鼻歌を歌いながらドリンクの下拵えに余念がない。
 俺はまた画面に戻った。
 物語が進むたびに召喚者は増えていき、最大七人が集まることとなった。
 読んでいて頭の奥が疼いた。
 はじめて読むはずの物語である。はじめてお目にかかるはずの登場人物である。それなのに、あたかも自分が経験した遥か昔のことを回想させるようにこちらに訴えてくる。
 物語も佳境を迎え、スズはトリッキーな仕掛けを用意していた。七人までいた召喚者であったが、ある夜を境にその世界からひとりが消え、六人になってしまうのである。しかし当人たちは気付かない。元から七人いたことすら忘れてしまっている。織口アミも、薬師寺ナオキも、伊式マコトも真壁マモルも小田切フウカも、それから進藤ユキヤも。音羽ヒビキがいなくなったことに気付かない。物語に不連続の断面があることにまったく気付いていない。
 俺には――その不連続面が見えた。
 俺は――進藤ユキヤである。
 俺は――織口アミを知っている。
 俺は――薬師寺ナオキを知っている。
 俺は――伊式マコトを知っている。
 俺は――真壁マモルを知っている。
 俺は――音羽ヒビキを知っている。
 俺は――小田切フウカを知っている。
 俺は――
 進藤ユキヤは進藤ユキヤの物語を知っている。

 そのことに思い当たると同時に、目の前に光が迸った。現れたのはグリフォンである。眼光鋭く、嘴を従えた顔は怒っているのか笑っているのか判然としない。
 ただ、普通はこちらから呼びかけないと応じてくれない相手が任意でここに姿を現したということはただならぬ目的があり、それを告げる顔をしていると本能的に察した。
『己が物語を導いたか』
 グリフォンは静かに言った。
 俺は店の奥を見た。スズは相変わらずである。こちらの異変にはまったく気付いていない。
『己が物語を導いたか。己が忘れ去ろうとも厳然と時の流れに刻まれる物語を。導いたなら戻り来るがよい』
 グリフォンが俺には聞こえない咆哮を上げる。
 俺の身はその時空からふわりと浮きあがり、周囲の時間は次第に加速し始めた。やがて時間に時間がぶつかり、縺れ合い、溶け込み、それを二度、三度、四度、五度、六度繰り返した。もはやこの時空は目を閉ざさざるを得ないほど眩くなり過ぎていた。閉じていてもなお瞼の裏に滲み込んでくる光は、やがて俺の体をも包んでいった。 

 

 


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