Fable Enables 38 | ユークリッド空間の音

Fable Enables 38

 事件発覚から今までの出来事がフラッシュバックした。
 一件目の放火は学習塾内で行われた。人目の多い場所にも拘わらず、犯人の目撃証言はゼロ。犯人が超高速で動けたとするならば納得の範疇になる。
 二件目で狙われたのは墓地と農園だった。墓地での火災が起こったのは午後六時十分。農園での火災が起こったのは午後六時十五分。二ヶ所は十キロメートル程の隔たりがあるが、やはりスレイプニルの俊足であれば移動可能となる。
 三件目では図書館が標的となり、また教会付近でカケル先輩が「空から落ちてきた」。その後、カケル先輩は病院の三階から忽然と姿を消している。同じく空をも駆けるスレイプニルの為した業であろう。

 では、スレイプニルは一体何者なのか。
 これを解く鍵は、要所要所に鏤められていた。
 第三の犯行を予告する書き込みでは、暗に俺たちの正体が綴られ、こちらを挑発しているようであった。英語での表現で召喚者のイニシャルとその属性が書かれていたが、唯一、現実にそぐわないものがあった。"macadam crasher"である。イニシャルは真壁マモルに一致するが、彼は「破砕者」ではない。
 犯人はマモルの属性を正確に把握していなかったのだ。自身の及ぶ範囲での情報収集の結果、マモルの能力は何かを攻撃することと勘違いした。これがひとつ目の犯人の条件。
 また第三の犯行では、犯人は図書館で放火を行ったあと、教会を超えて正反対の場所に向かおうとしていたと思われる。しかし、その二件目の放火は起きていない。
 犯人は二件目の現場に到達できなかったのだ。皮肉にも犯人自身が予告していた通過点の教会で、ヒビキが召喚能力を封じる結界を作り出し、犯人はそれに取り込まれて、天を駆けることができなくなった。
 他にもある。マモルの言葉によれば、カケル先輩は「変な連中に付きまとわれている」と言っていたらしい。カケル先輩がストーカーだと指したのはマモルであり、彼は明らかに単独行動していた人物である。「連中」という言葉は合わない。意図的にか不随意にかはわからないが、少なくともどこかで齟齬が生じている。
 こんなこともあった。俺がカケル先輩に接触していたとき、電車の中で自身が狙われる理由を尋ねてみた。さり気なく「特別な能力」ということを紛れ込ませて。結局カケル先輩は首を横に振らなかったが、俺がひととおりのことを口にしたあと、カケル先輩は「今度はわたしね」と言ってこちらに質問をした。「今度は」と口にできたということは、俺が何かを尋ねると知っていたことになるのではないか。
 ひとつ目の犯人の条件は、俺自身が絡んでいた。香足駅でマモルの作り出した透明に頭をぶつけたとき、俺は「何かをぶつけられた」と言い、彼女はそれを聞いていた。

 暗号が解けて興奮するマコト、相変わらずパソコンの前に居座っているアミ、そして一連の思考から現実に戻ってきた俺の前に、スレイプニルは現れた。
 建てつけの悪い「一本木」のドアを、さも自動ドアであるかのように開け、いつもの輝かんばかりの笑顔にそれとは真逆のただならぬ殺気すら漂わせて這入ってきたのは――カケル先輩だった。



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