おはようございますくもり


久しぶりに家の外を掃き掃除しました。


随分前から植木鉢の植物がミイラ化しておりましたので、そちらを撤去。


春になったら、可愛いお花を植えようと思います。


今は心にそんな余裕はない。


小テストやレポートを終えて、ホッとしております。


まだやる事はあるのですが、人間てとりあえずやらないといけないこと終わったら、開放感を感じたいものですから。


昨日はマリネス音譜一時間。


真冬に半袖でやってました〜


期末テストが終わったら、論文を書かねばならなくて、学士を取得するための本番はそっち。


私の場合、講義自体が自分のためになったことが多く、学士取得できなかったら無意味とは思ってない。


論文に取りかかるその時、長女は通信制高校に無事通学できているか謎だし、そっちのサポートを優先しないといけない想定もしておかないと。


私は何のために今無職なのか。


そこ、親という立場上、見失わないこと大事です。




やりたい事や、やろうと思ったことから、途中で引きずり落とされる経験も、自ら降りた経験もしてきた。


私は一回やると決めた事を、中途半端な形で辞めることを頑なに拒んできた人です。


学生の時も、独身の時も。


ですがね、やはり子供を産むということは、育てるところもセットですので、子供の状況によっては、自分のやりたい事を貫き通すべきではないことも、多々あります。


私にとっては、仕事を途中で諦めることは、屈辱的なことでもありました。


でも、生きていたら、子育てだけではなく、色んな事でそんなことは多々あります。


自分だけではなく、周りを見渡すと。


そもそも、本人が健康な体をもっていない場合もある。


そうなると、健康な人とは同じことはできません。


また、親族の介護でやりたいことができない場合もあります。


高齢化した親や、障害のある兄弟姉妹を見ながら生きている人もいます。


人は皆、人それぞれ違う。


生まれた時から健康体で、裕福で、立派な親族の中で育っている人もいるでしょう。


生まれた時から障害があったり、病気がちだったりする人もいるでしょう。


生まれた時から、条件は平等ではないのです。


それは、よほどのことがないと、状況は変わらない。


その中でできることは、自分の物事の捉え方を変えるってことです。


自分だけが…


と思っている場合、広い視野を持てていなかったり、実は自分がどんな風に生きたら生きやすく、幸せを感じられるのか、そこを考えることをしていない場合もある。


他の人と同じレールに乗っていようと、必死にしがみつこうとして、普通を目指している。


以前の私かもしれません。


今もある程度普通は目指していますけれど…


私は何度か自分の理想のレールから脱線したことがあります。


それは、全て子育てと仕事の両立の場面でした。


家庭の状況が悪化したとき、上司に相談したら上手くサポートしてくれた人もいたし、


あっさり振り落とされた時もありました。


振り落とされた時は、こんな私でも2日程寝込みました。


ただ、こんな時も気持ちの持ち方を変えればへこたれません。


新たに与えられた場所で、知識を蓄え、経験を積み足場を固めていきます。


そして、また次の居場所を与えられたら、全力でとりくみました。


でも、再び家庭の状況は悪化しました。


頑張っても、頑張っても、引きずり落とされる気持ちにもなりました。


仕事は私の生きている意味でもあったので、仕事を辞めることは、自分の終わりを意味する感じさえしました。


でも、私は人の親であり、自分のやりたかったことができなかったからといって寝込んだり、逃げたりして全てを投げ出すことは、私にとっては何よりの逃げです。 


そんな私の、次の心の持ち方は、期限を決めてそこまで仕事をやり切ることでした。


レールから突然飛び降りるのと、駅までは乗って、引き継いで降りるのでは全然違う。


その先周りに与える影響も、自分の自尊心に与える影響も。


仕事と育児の両立ができず、家庭もぼろぼろになってしまった、中途半端な自分ととらえるか、


それとも色々不利な状況で、やるところまでやり切った自分。


自分の中で、全然違うと思う。


その時の自分の体調や、自分を取り巻く状況の中で、精一杯やった。


それは、周りにも伝わっていて、それをしっかり見ていた人とは、その後も縁が切れないなぁと思う。


また、私が一番驚いたのは、レールを降りた後、それまで想像もしていなかった素敵な日々が見えました。


世界って、昼間もこんなに静かだったんだ。


こんなにのんびり生活している人もいるんだ。


あんなに頑張らなくても、幸せに生きている人はいるんだ。


頑張っていることが幸せを感じることとイコールではないんだ。


自分って、凄く頑なに生きてきたけど、その思いは自分の過去から生まれたものだったんだ。


それが正しい事だと思い込み、娘にも押しつけて子育てをしてきたのかもしれない。


時間をかけて、自分を知ることって、こんなに大切なことだったんだ。


新幹線に乗っている時には気が付かなかったけど、歩いていると身近なものをゆっくり深くみることができるんだ。


そんなことを学びました。


私はレールから降りて、新たに素敵な出会いがありました。


この出会いは、私にとっては大きな良い影響を与えてくれる出会いでした。


これからも、その仲間をずっとずっと大切にしたいと思っています。







今、レールに乗っているけれど、降りたくない、降りられない、でも落とされそう。


そんなふうに思って、自分を壊しながら生きている人がいたら、


自分が決めた駅で、勇気を出して一旦自ら降りてみて欲しい。


そこで一回、新しい世界を見て経験してみて欲しい。


もちろん、降りる駅は、自分がしっかり考えないといけないです。


自分に合う駅はどこか。

自分に合うペースの場所はどこなのか。

自分の本当の実力を発揮できる環境はどこなのか。


自分を知って、自分の合う道を進む。


そして、そこからやりたい事があるのなら、一歩一歩進む。


誰かと同じ


誰かの普通


そうではなくて、


自分の道を見つける。


42歳の私も今、実践中。