こんばんはお月様

今日は朝から何となくテンションが上がらなかった私。

午前中は「スッキリ」を最後まで見て、それでもコタツにちーんと座ってた。

ボチボチ洗濯物を干したり、掃除機を適当にかけたり。

そしてまたコタツに入り新聞を読む。

長女は適応指導教室の自主学1時間だけの日で、12時には帰ってくる。

勝手にのんびりしたらええのに、ソワソワするのよね〜ウシシ

「スッキリ」でトマト缶を使ったスンドゥブが紹介されていて、お昼ご飯に作ってみた。


赤くて辛そうにみえるけれど、とてもマイルドなお味でしたニコニコ

平日の昼ごはんを、長女と一緒にとることが増えた。

学校の別室に行くことが週3回に増え午前中で帰ってくる。

月曜は適応指導教室だけど、昼には帰ってくる。

てことは、私お弁当を週一回しか作ってないんだびっくり

長女とスンドゥブを食べながら思った。

長女が不登校じゃなかったら、こんな風に平日にのんびり話しながら昼食を一緒にとることもないよなぁ〜って。

いや、何を今更って思うけどさ。笑笑

不登校じゃなかったら、私は絶対仕事をしているし、過酷な職場でも投げ出さず、多分身体を壊して動けなくなるまで働いていたと思う。

そう思うと、長女は私の救世主だったのかもしれないなぁ。



長女は自分軸で生きる人生を私に見せている。

そんな人もいるんだなぁ〜。

そういえば、一生懸命な人ばかり尊敬していたから、そっちばっかり見て、自分軸で生きている人を見ないようにしてきた気もする。

頑張ることや、諦めないこと、一生懸命やることは、今でも素敵なことだと思っている。

仕事をしていた時、皮膚が爛れて、ステロイドを含む薬をジャラジャラ飲み、強いステロイドのマイザー軟膏を顔にベタベタ塗りまくり働いていた私は、あのまま行くと大変なことになっていただろうね〜。

長女が不登校じゃなかったら、母の精神疾患が安定していれば、仕事がこんなに立て込まなかったら、こんな目には合わなかったのにって、直ぐにはやめられない職場で踏ん張っていた。

あの時の私は、踏ん張るしかなかったから、仕方なかったんだけど。

仕事を辞め、一週間で顔の爛れがなおり、薬も飲まなくて良くなった。

自分も、家族も、主治医もビックリビックリマークビックリマーク

今考えると、私なりの身体症状の一つだったんだとわかる。
仕事と家庭の両立が大変だったもんね。


長女が不登校じゃなかったらって、そんなことはないんだけど、色々思うことはあるかな。


長女はいじめとか、思春期だからとかの不登校じゃなくて、元祖マイペース不登校なんだと思う。

クラス替えをしたって、学年を重ねたからって、みんなと同じように教室に座って授業を受けられるタイプじゃない。

他の子より頑張れる時間が短く、休息をとる時間も長くないといけないのだ。

長女はそれを自覚できていて、進路は通信制高校で週3日の通学と決めている。

音楽はやりたくないらしく、志望校では音楽でなく、美術を選択するらしい。

自分を知って、進む道を決めていく。

まだまだ周りに合わせて流されていく年齢なのに、うちの子マイウェイを歩んでる。笑

ある意味、心配ない子やねウシシ