KUBO~二本の弦の秘密~を観てきました

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昨日待ちに待っていた「KUBO~二本の弦の秘密~」が公開された。

仕事を終えて、映画館に急ぎ、鑑賞して一夜明けた。


それでも尚、静かに興奮した状態が続いている。


それは待ち焦がれた憧れのスターに会えたという非常にエキサイティングな熱く胸躍るような興奮ではなく、寒い雪の夜に暖炉の中で周りを暖かにして、時に静かに時に強く燃える薪のような、かつ静かな永遠の闇の中に輝いた消えることのないかがり火のような・・・静かで強く、しなやかな興奮だ。


言葉(文字)にしたくても、何から伝えれば良いのか分からないくらい頭の中で色んな想いが駆け巡る。


ただ一言 容易な言葉で伝えるとするならば
「是非観てほしい」
の一言に尽きるのだが、何故観てほしいかは最低限伝えなければならないだろう。


その前に私がこの映画を知り、待ち焦がれた理由から。


2016年9月23日
その頃、FacebookのシェアなどでKUBOのメイキングムービーを多々目にすることがあった。
ジオラマを作る私にとって、その気の遠くなるようなメイキングは非常に興味深く、また心が強く惹かれた。このメイキングが何なのかと調べたところアメリカで10月に公開の映画ということを知った。
日本が舞台の映画なのだから、当然日本でも公開されるはずと公開を待つことに。


2017年1月26日
アメリカ、オーストラリア、中国と次々と外国で公開される情報を英語が読めず理解出来ないKUBOの公式サイトで知るものの一向にJapanの文字が見当たらないまま数ヶ月。
実は以前にも「ボックストロール」という映画の公開を心待ちにしていたにも関わらず、日本公開はなかった映画がLAIKAの映画だったことも調べていくうちに知ることになり、年が空けてもはや日本公開はないものかと諦め掛けた頃、ようやっと「2017年日本公開」の文字をネットで見つけることができた。
ひたすらに数週間に1度「KUBO」という文字を検索し続けた甲斐があったものだ。


2017年8月24日
しかし、それから半年過ぎても何の音沙汰もない。
8月も後半になると年末年始の映画情報がドンドンと流れてくる。その中に「KUBO」の文字は、まったく見当たらない。
本当に公開されるのだろうかと不安になっていた矢先、同じように「KUBO」の文字で検索していたタイミングで11月18日の公開情報を公式サイトで確認することができた。
その時の興奮は、今感じている興奮とは真逆で もう眠れないくらいのワクワク感に溢れていた。
あのメイキングで観ていた人形やジオラマが大きなスクリーンで観られることの嬉しさ!
待ちに待ち焦がれて、公開情報に一喜一憂した私の念願がようやく叶う日がくるのだ!!!
1年以上待ち続けた私にとって、公開まで3ヶ月という期間はあっという間に感じられた。

 

2017年11月18日(土)
そして、ようやっと この日が来た。


あの人形が あのジオラマが 1つの作品となった映画を観られる時が来た。
公開情報が遅くなっていた割には吹き替え版も制作され、かつ ようやっとWeb上では公式サイトInstagramTwitterを通じて告知されるようなっていた。

テレビCM等がない中では、若干 これらの告知は遅く感じるが色々あってのことだろう。
 

宣伝が行き届かないのは致し方ないとして観た人達がこの映画の良さを伝えることが何よりの宣伝になると、今 自分なりに文字にしている次第。


字幕を観るか、吹き替えを観るか、もちろん両方とも鑑賞するつもりだが どちらを先に観るかは私にとって些か重要なポイントであり、大抵は字幕を先に鑑賞することが多い。
なぜなら、制作された映画本来を楽しむことができるのは字幕の方だからと思うからだ。
(本当なら英語で楽しみたいところだが教養がないので英語を聞き取ることは出来ない)


台詞の一つ一つをありのまま、監督が起用したキャストの演技を感じたいが故にまずは字幕版を鑑賞することが私にとって重要なポイントであった。


ただ・・・正直なところ、この映画は全国上映といっても限定された映画館の上、上映時間も比較的限定される上、字幕上映も大阪府内で2館という条件。
公開初日は仕事をしてることもあり、字幕上映されている映画館に行ける時間すら限られていた。


そんな中で足を運んで観た映画なので、さらに感情は昂ぶるばかり。


いつもなら映画のキャラクターグッズなども買うところなのだが・・・パンフレット以外のグッズは一切販売されておらず、非常に残念だった。
そして劇場内に着席すると、公開初日の土曜日の夜というのに客席はまばらで寂しかった。
客層は高めの年齢層の大人ばかり。
これらの状況は容易に想像することができたものの、これも非常に残念であった。


若干寂しい気持ちで映画鑑賞は始まったが、始まるやいなや強烈な吸引力で映画に引き込まれる。


「これ 本当にストップアニメーション?
 どこからどこまでが人形で どれがCG?」

 

人形の表情一つから情緒溢れる背景にいたるまで、それは「そこに在るもの」のような感覚に陥った。


更に侮ることなかれ。
私は当初、「ストップアニメーション」という技術的な面でこの映画に強く惹かれていた。
最新技術の3Dプリンターで作られた人形や量産される表情(顔を上下に分けたパーツの量産)、CGだけで描かれることのない人形の舞台となる細部まで作り込まれた巨大なジオラマ。
外国人から観た日本の描写や外国人特有の表現。
それをメインとした楽しみにしていたのである。


ところがだ。
当然ながら映画の本質はストーリーということをこの映画でまざまざと、そして改めて感じさせられることになった。
ある種 そこを軽く見過ごしていた自分が恥ずかしくなった。


それほどまでにKUBOのストーリーは簡潔明瞭でありながら、(今や失われつつある)日本人特有の気質や郷愁に駆られる描写に富んでいる。
その見せ方は外国人ならではといった感性で、日本人ではこの映画にならないと思わせる作りでもあった。


特に話の終わり方に至っては、外国人がこういう結末で話を結ぶのか?!という衝撃と、切なくも健気な優しさで心が包まれる感覚で涙が止まらなかった。


出来れば、この映画は子供がいる家族で観て欲しい。


子供が両親、目上の人に対する尊敬の念や心遣い、そして親が子を想う(愛する)強い愛情。
親子で鑑賞して各々が感じることが必ずあるはずだ。
もちろん大人が観る極上のアニメーションとしても秀逸で、ストーリーだけでなく その映像美にも心惹かれるはず。


ともかく日本の情念が込められた作品を是非鑑賞してほしい。

 

更に付け足すならば・・・今、先ほど吹き替え版を観てきたばかりでの感想も。

この映画に限っては個人的には吹き替え版を強くお薦めする。

 

昨日観た字幕版での違和感は、まずキャラクターが喋る英語だった。

外国で作られた映画なのだから、もちろん英語であるものなのだが・・・それほどまでに初見にしてキャラクター、風景に至る隅々が日本らしさを醸し出しているのに それらが英語で語られることの違和感だけは最初から最後まで拭えなかったのだ。

 

例えば「母」という言葉一つにとっても字幕や吹き替えでは「母上様」となっているが、映画では「Mother」としか呼ばれない。

日本語でいうところの「お母さん」「ママ」「お母ちゃん」「おっかさん」「おかん」などの表現はなく「Mother」に尽きるのである。

当然、クボが母親を呼ぶ度に「Mother」と耳にするので、すごく聞き慣れているのなんとなく聞き慣れないその単語(呼び方)に違和感を覚えた。

 

吹き替え版では、それがまったく感じられず むしろ素直に言葉が耳に入ってくる。

 

ましてや、キャラクターを演じていた声優陣の演技には目を見張る(?)ものがあった。

個人的にはジブリ映画やディズニー映画にありがちな、有名人や人気アイドルを主役に充てた吹き替えは、ものすごく苦手で、(ビジネスとして必要ではあるけれど)大人の事情的なものが背景に感じられてウンザリすることがある。

 

しかし、この作品に関してはそれよりも勝る自分たちが作った映画への愛やこだわりを感じられた吹き替えだった。

全くもって違和感や隙の無いキャスティングなのだ。

字幕と吹き替えの台詞も概ね同じだが、それも整合性がとれていて好印象だった。

 

そして何より当然のことながら、言葉(文字)に注力することがやや弱まるので映像に注力することができる。

キャラクターの豊かな表情、細かい演出など それはもう純粋に楽しめること間違いなし。

 

昨日観て反芻していた場面を、さらにもう1度念入りに観ることが出来て2度目の鑑賞も大満足となった。

 

出来れば、本当に多くの人に観てもらいたい。

大ヒット満員御礼とまでは難しいかも知れないが、ジワジワと広がって末永く日本人に愛される作品となってほしい。

 

切なくも、強く優しいエンディングのように。

 

心からそう願うばかりだ。

 

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