久しぶりのネタバレ解説…「シン・仮面ライダー」です。

例によって、独自解釈です。公式なものとは違っている可能性が多々あります。そこはお含みください。

最後までネタバレしています。

1971年のオリジナルテレビシリーズに関しては、「オリジナル」と表記しています。

石ノ森章太郎の漫画版については、「漫画版」と表記しています。

SHOCKERからの逃亡

緑川ルリ子(浜辺美波)を後ろに乗せて、山道をバイクで逃げる本郷猛(池松壮亮)。追ってくるのは2台のトラック。

ここから始まるのが、まず意外でしたね。「仮面ライダー」だから、本郷が捕まって改造手術を受けるところから始まると、思い込んでいるから。

庵野秀明監督はオリジナルテレビ版のエッセンスを忠実に守りつつ、いちばん定番なところはあえて外してくるんですよね。そのバランスの取り方が上手いです。

 

ショッカー基地を脱出して、バイクの二人乗りで逃げる本郷…というシーンはオリジナルにもあります。冒頭の構図はそのシーンの再現にもなっています。

ただ、そこではバイクの後ろに乗ってるのは緑川博士でした。

 

2台のトラックには「三栄土木」の文字があります。

これは、オリジナルの撮影が行われていた東映生田スタジオの近くにあった土木会社の名前。

オリジナルでアクションシーンが撮られた「土の露出した崖のある風景」の多くは、三栄土木の造成地でした。

仮面ライダーシリーズだけでなく、ウルトラマンなど、他の特撮でも「三栄土木の造成地」が頻出していて、特撮ファンには「三栄土木」で通じる言葉になっています。

 

2台のトラックのナンバーは、「多摩1 ろ43-46」と「43-48」。

上記の東映生田スタジオは川崎市多摩区にありました。そのため、オリジナルは多摩近郊で多くの撮影が行われています。

ショッカーが三栄土木のダンプトラックを使うシーンはオリジナルで何度か出てくるので、ナンバーもそのうちのどれかと思われるのですが。

数字に意味があるとしたら…「仮面ライダー」第1話「怪奇蜘蛛男」が放送されたのは昭和46年4月3日。「仮面ライダー」の放送は昭和48年まで続いています。

 

トラックはパトカーを1台吹っ飛ばします。既に警察がSHOCKERに対抗している…?のかと思いますが、後で戦闘員が警察のワッペンをつけてるシーンがあるので、これはSHOCKER側が本郷を止めるために行った封鎖ではないかと思われます。

…いや、よくわからないのですが。ルリ子と緑川博士側による封鎖である可能性もあります。そのあとのバリケードの爆破、バイクの落下も、どこまで計画通りだったのか、何が起こってるのか、よく分からないところは多いですね。

初戦

戦闘員が、腕につけたワッペンをべりっと剥がす。

剥がしたワッペンには、「SAT」の文字。「POLICE」「SPECIAL ASSAULT TEAM」とあります。

SATは警察の警備部に属する特殊急襲部隊。ハイジャックや組織的犯罪など、対テロ作戦を担当しています。

剥がしたワッペンの下からは、クモオーグの部隊を示すクモのマークが現れます。バイザーをあげると放射線状の顔が…。

SHOCKERは警察を偽装して行動していることが分かります。

 

戦闘員が緑川ルリ子を運んで、クモオーグの前に連れていきます。

ここも、オリジナル第1話で戦闘員が緑川博士を運んで蜘蛛男の前に連れて行くシーンと同じ構図になっています。

 

クモオーグの声は大森南朋

「裏切り者に死を。それが私の仕事です」が口癖。キャラごとに「口癖」を用意するのが、庵野秀明脚本の特徴ですね。

「ですが組織の命令は生け捕りでした。二度と逃げ出さないためのお仕置きにとどめます」とのことで、ルリ子の目を潰そうとします。

キュイーン!と音がして、崖の上に仮面ライダーが登場。

これも、オリジナルのライダー初登場シーンをそのまま再現したものになっています。

 

ライダーは大きくジャンプして、落下の勢いで戦闘員を叩き潰していきます。

バッタオーグならではの、バッタの能力といえばジャンプ力。シン・仮面ライダーでは、ジャンプ力を生かしたバトルが強調されて描かれています。

圧倒的な暴力で、ライダーは15人の戦闘員を血しぶきをあげて殺していきます。

映画をPG12にしたこの暴力シーンは、シン・仮面ライダーの大きな特徴ですね。

 

オリジナルではこのような過剰な暴力は見られないのですが、漫画版には、本郷猛がショッカーの戦闘員にチョップすると血しぶきをあげて倒れ、その威力に本郷が戸惑う、というシーンが描かれています。なので、これも石ノ森章太郎イズムからの継承と言えますね。

 

漫画版の「血しぶき」シーン。冒頭の暴力シーンって、これですよね。

 

ルリ子が逃げるシーンで、ルリ子のブーツの上を小さなクモが這っているのが見えます。これは後の伏線ですね。

クモオーグは子グモをルリ子に潜ませたことを確認して、そこから速やかに立ち去ります。

本郷猛の拉致と改造

本郷とルリ子は隠れ家の廃屋へ。

仮面ライダーのままの本郷は、鏡の前で戸惑っています。

「体の中から風の音がする」「体が勝手に動いた」「わからない。人を殺してなぜ僕は平気なんだ」

グローブを取ると、緑色の筋張った異様な手が現れます。これはバッタオーグとしての姿ですね。

マスクをこじ開けると、顔も異様な形相になっています。赤い目、額に小さな赤い点、いくつもの傷跡…。

 

変身時の本郷の顔に傷跡が現れるのは、石ノ森章太郎の漫画版にある設定です。

漫画版では「手術の傷跡」だけにとどまっていますが、ここでは本郷の額に第三の目、単眼が確認できます。マスクと呼応するものであり、バッタの単眼に対応するものですね。

多くの昆虫は2つの複眼の他に、小さな単眼を3つ持っています。単眼は明暗を検知する役割があると言われています。

 

本郷の脳裏を駆け抜ける回想シーンで、本郷がSHOCKERに拉致され、手術を受けたことがほんの一瞬ですが描かれます。

これはオリジナル第1話「怪奇蜘蛛男」のシーンを再現するものになっていますね。森の中でバイクが転倒、6人の網タイツの女戦闘員が現れ、気がつくと手術台に。4人の白衣の男が覗き込む。

特に網タイツの女戦闘員は、オリジナルの冒頭に登場するものをそのままトレースしています。

オーグメントとプラーナ

「教えてくれ、何なんだこの体は」とルリ子に詰め寄り、自らの力に戸惑う本郷。

緑川弘博士(塚本晋也)が登場して、経緯を(例によって、早口で)説明します。

ここでの緑川博士の説明の一部は、パンフレットにも掲載されています。

 

「君は組織の開発した昆虫合成型オーグメンテーションプロジェクトの最高傑作だ。体内のエナジーコンバータに残存しているプラーナを強制排除すれば人の姿に戻る」

 

「私が君を協力者として選び、私の研究グループが君を新たな体にアップグレードしたからだ。君にしかプラーナの未来は託せない。だから選んだ」

 

「プラーナは君の生命力そのものを直接支えていく。君を超人に変えたのも圧縮されたプラーナの力だ。君の体に施されたプラーナの吸収増幅システムがその源。防護服の胸部コンバータラング、そしてベルトとマスクに連動している」

 

オーグメント(augment)とは、英語で「拡張」「増強」を意味する言葉。

オーグメンテイション(augmentation)は医療用語で増強治療を意味するようです。

シン・仮面ライダーでは改造人間とか怪人とかの言葉は避けられ、SHOCKERの技術によって強化された人間はすべてオーグメントと呼ばれています。

 

プラーナ(prana)はサンスクリット語で「呼吸」「息吹」などを意味する言葉。

インド哲学では、同時に人間存在の構成要素の1つである風の元素をも意味している。

そして生き物の生命力そのものとされ、やがてその存在はアートマンの根拠にまで高められた。

…とのことです。wikipediaより。

 

プラーナで検索すると、ヨガとかアーユルヴェーダ系の、スピリチュアルなサイトがよく引っかかります。

インドの方面の思想で、ざっくり言うと「目に見えない生命エネルギー」のようなものであるようです。

ヨガの呼吸法なんかも、「体内にプラーナを満たし、行き渡らせることで体を活性化させる」ことが肝要とされています。

 

緑川博士のプラーナシステムは、プラーナを体内に取り込むことで肉体を強化し、維持するシステムです。

プラーナを補給することさえできれば、オーグメントは食事も睡眠も必要とせず、強靭な肉体を持ち続けることができます。

プラーナの補給は、大気中に存在するプラーナを取り込むことで行われますが、他の生物から直接奪い取ることも可能であるようです。そして、プラーナは「魂」とも同一視されており、プラーナを奪われた人間は死んだも同然になってしまいます。

 

緑川博士は人間の医療の向上や、食料問題の解決を目指してプラーナの研究を行なっていたようですが、結局は強い力を持つオーグメントが弱い人間からプラーナを奪うという、弱肉強食の世界になることを恐れ、反逆を決意しました。

 

力に戸惑う本郷に対して緑川博士は、「組織のオーグメントたちは君と同等の力を持って個人のエゴに使っている」「人のために多くの力なき人々のために使って欲しい」と説きます。

オリジナルでは、ショッカーの怪人たちは首領の命令で毎回「人類征服のための作戦」に従事していました。

シン・仮面ライダーでは、オーグメントたちはそれぞれある程度個人の思惑で動いているようです。

本郷猛と緑川ルリ子

緑川博士が娘のルリ子を紹介します。

が、ルリ子はほとんど自分について語らず、逆に本郷猛を「頭脳明晰スポーツ万能、なれどいわゆるコミュ障、それが原因で現在無職、バイクが唯一の趣味」と評価します。

オリジナルでは、立花藤兵衛が本郷猛を子供のような奴」「しかしライダーとしては超一流」「しかも城北大学生化学研究室きっての秀才」と評しています。

 

後で、ルリ子は自身のことを「父はプラーナの実用化に必要な人物として私を作った」「父親と言っても繋がってるのは遺伝子情報だけ」と語っています。

ルリ子は、SHOCKERの科学によって作られたクローン人間であるようです。

 

オリジナルでは(漫画版でも)、緑川ルリ子はあくまでも一般人であり、ライダーに一方的に守られる存在です。

今回、ルリ子がSHOCKER内部にいた存在に変更され、ライダーとともに能動的に戦って行くようにされたのは、シン・仮面ライダーの最大の変更点と言えるでしょう。

 

オリジナルでは、蜘蛛男が緑川博士が殺すのを目撃したルリ子が「本郷が殺した」と思い込み、誤解された本郷が殺人の汚名を着る…という展開があります。

これはオリジナル「仮面ライダー」においてもっとも大人っぽく本格的な要素で、当時としては子供受けが悪かったため、早々に誤解は解けてなかったことになってしまいました。

それだけに、「仮面ライダー」を大人向けにブラッシュアップする…となれば、真っ先に残したくなる要素だと思うんですよね。

あえてそこを切る!というのが、やはりさすがだと思うんですよね。そこを切っておいてなおかつ、オリジナルの風合いを色濃く感じさせるのが、すごいと思うのです。

 

ルリ子は本郷にマフラーを巻き、「昔からバイク乗り、ライダーには必需品」「それにヒーローといえば赤なんでしょ。よく知らないけど」

赤いマフラーは、実は緑川博士が若い頃、バイクに乗る時にしていたものであることが、後に写真からわかります。

「ライダーには必需品」「ヒーローといえば赤」というのは、緑川博士の発言なんでしょうね。だから、思わず吹き出したのでしょう。

…しかしあるいは、緑川博士の息子であるイチローの発言かもしれません。であれば、イチローが父を「ヒーロー」とみなしていたことになり、父はしかしそれに気づいていない…とも受け取れます。

そう考えると、この赤いマフラーをめぐる経緯は切ないものにもなってきます。

オーグメントのスーツとマスク

緑川博士がサイクロン号を紹介します。「バッタオーグのシステムは改造オートバイ・サイクロン号とセットだ」

バイクで風を受けることでベルトの風車を回し、変身に至るのはオリジナル通りです。

サイクロン号のナンバー「24-99」はオリジナルと同じものになっています。

 

「あのクモの仮面をつけた男」クモオーグについて緑川博士が説明。

私とは別のグループが作った人外融合型オーグメント」だそうです。

 

オリジナルでは「改造人間」がどうなっているのか、人間の肉体自体が異形のものに変化しているのか、あるいはスーツとマスクを着用しているのか、曖昧なものになっていました。

オリジナルでも漫画版でも、仮面ライダーに関しては「体部分はあの見た目に変化している」という設定になっていました。着替えシーンがなく、瞬時に変化するのだからそうとしか言いようがない…と言えます。

顔に関しては、自動的に仮面に覆われるというような設定であったようです。「仮面」ライダーなんだからそうなりますね。

ショッカーの怪人に関しては、オリジナルでも漫画版でも、より生物的な造形になっていて、体も顔も異形のものに変化している設定になっていました。ライダーも怪人も出自は同じであることを思うと、これは不自然ではあります。

 

シン・仮面ライダーでは、ライダーははっきり「スーツとマスク」に設定されています。いちいち着替えしていられないので、本郷は全編を通してずうっと同じ強化服を着ていることになります。(一回だけ洗濯のため脱いでいます!)

そして敵も、ライダーとまったく同じように、「スーツとマスク」の設定になっています。

クモオーグも、赤外線カメラや糸の発射装置を備えたガスマスク状のマスク、あちこちにジッパーがついた革製のジャケット、ズボンという、より人間的にリアルな表現になっています。

クモオーグのジッパー、アップになった時に映るけど「YKK」なんですよね。なんだか割と庶民的に強化服が作られている様子が見えてきます。

クモオーグの襲撃

クモオーグは小型のクモ型ドローンを使用します。それをルリ子の体に忍ばせることで、緑川博士の潜む隠れ家を見つけ出しました。

クモ型ドローンに書かれた文字「KUA-1」は、クモオーグのシリアルナンバー「KUMO-AUGMENTO-01」を示すものです。

 

クモ型ドローンはオリジナルには出てきませんが、漫画版には描かれています。

ルリ子の持ち物に忍ばされたクモ型ロボットが、立花藤兵衛の語る緑川博士の居場所を蜘蛛男に知らせるシーンがあります。

 

ルリ子を昏倒させ、本郷を口から吐いた糸で壁に貼り付けにして、クモオーグは緑川博士を絞殺します。

オリジナルでは、緑川博士は蜘蛛男に直接殺されるのではなく、糸で首を絞められて殺されています。蜘蛛男が直接首を絞めるのは漫画版ですね。

漫画版では、蜘蛛男は4本の腕を持っていました。映画でもジッパーが開いて、中からもう一対の腕が出てきて、漫画版通りの描写になっています。

 

語録がたっぷりのクモオーグ。

「裏切り者に死を。それが私の仕事ですので」

「獲物の命は自身の手で直接いただく。それが私の礼儀です」

「あなたも死んで私の幸福の一部となってください」

 

「ルリ子を頼む」と言い残し、緑川博士は死亡。泡になって消えます。

SHOCKERの構成員はすべて、機密保持のため死んだら泡になって消えるようにされています。これはすべてのオーグメントも、本郷もルリ子も同じ。

オリジナルの第1話でも緑川博士や戦闘員が泡になっているのですが、これは蜘蛛男の吹き矢を受けて、蜘蛛男の毒で溶かされたような表現になっています。

泡になって消えるのはオリジナル通りだけれど、それがSHOCKERによってすべての構成員に最初から仕込まれているというのは、シン・仮面ライダー独自の設定ですね。

 

クモオーグがプラーナを使っているのかどうかは、よく分かりません…。少なくともバッタオーグのようなプラーナ吸収増幅システムは持たず、純粋にクモの能力を移植されているようです。

劇中では、バッタオーグ、ハチオーグ、チョウオーグがはっきりとプラーナを使う描写があります。

クモオーグ、コウモリオーグ、サソリオーグ、K・Kオーグはプラーナシステムではなく、別の発想でオーグメント化されているようです。

前者が緑川博士のグループによるもの、後者が死神ことイワン博士のグループによるもの…ということになるようです。

サイクロンと変身

本郷が囚われ、爆弾を仕掛けられるけれど、爆風を逆手に取って変身して、脱出する…というのも、オリジナルで何度も見たパターンです。

ルリ子を連れて車で逃げるクモオーグを、本郷はサイクロンで追います。

スイッチを入れるとサイクロンはフルカウル形態に変形し、6本のマフラーで加速して、ベルトに風力を受け、本郷はライダーに変身。映画ではプラーナを取り込む様子が可視化されています。

 

シン・仮面ライダーのサイクロン号は庵野監督の要望で、オリジナルの初代サイクロンに寄せています。

サイクロンにはマークが付いていて、オリジナルではこれは立花レーシングチームのマークなのだけど、ショッカーが開発したマシンにそんなマークが付いてるのは変ですね。

シン・仮面ライダーでは、よく似たマークですが、バッタオーグのマークということになっています。

オーグメントにはそれぞれマークがあって、モチーフになった生物を象ったものになっています。

VSクモオーグ戦

クモオーグとの戦いの舞台は、奥多摩の小河内ダム

オリジナルの蜘蛛男との戦いと同じロケーション。構図などもオリジナル通りにこだわって、撮影されています。

 

クモオーグの乗った車の前方に、すっくと立って待っているライダー。

クモオーグを中心に10人の戦闘員が並ぶ構図。

ダムの下部で対峙するライダーとクモオーグ。これらすべて、構図を合わせてあります。

50年を経てもほぼ同じ風景。見比べるとオリジナルの方がダム湖の水が少なく見えるのは、1971年が記録的な渇水だったからですね。

 

このバトルシーンで(スーツアクターでなく)池松壮亮本人がライダーを演じていることがドキュメントで明かされていましたが、オリジナルでも、第1話の蜘蛛男戦は藤岡弘本人が演じています。

 

「人間が嫌い」で、「人間を殺すことが幸せ」と言うクモオーグ。

彼がそこまで人間を嫌うに至った過去は、漫画「真の安らぎはこの世になく」で描かれています。

一度もマスクを外さないクモオーグですが、マスクの下の素顔は火傷があって、それは「愛する人を見殺しにした罰」として自分で焼いたものであるとのことです。

 

6本の腕でライダーを締め付けるクモオーグ。手足合わせて8本で、クモの足の数と合ってますね。

オリジナルでは技術的な制約から、蜘蛛男の腕は2本のままでした。漫画版では4本の腕が描かれています。

 

糸を使って上下に移動するクモオーグと、ジャンプでそれを追いかけるライダー、という展開が繰り返されます。ライダーのバッタならではのジャンプ力が強調されています。

最後も空中戦からのライダーキックなので、バッタの利を生かした戦いになってる。オリジナルをなぞっているようで、しっかりと理屈をつけていますね。

 

ライダーの背中の羽根模様は、空中戦の際に光を放ち、プラーナによる羽根が展開されます。

オリジナルでは単なる飾りっぽかったけれど、「飛ぶ」まで行かないものの、空中で姿勢を制御する役割があるようです。

(飛んだらスカイライダーですね)

バッタにも実際羽根があって、ライダーのモデルであるトノサマバッタはジャンプの後に羽根を広げて短い距離を飛ぶので、これも理にかなっていると言えます。

辛さと幸せ

マスクが生存本能を増幅させ、殺すことへの忌避感を軽減させることが語られます。

マスクをつけっぱなしのクモオーグが殺しに執着するのも、マスクの影響が蓄積した結果かもしれません。(クモオーグはバッタオーグとはシステムが違うので、特に関係ないかもしれませんが)

 

ルリ子がベルトのサイドにあるスイッチを操作し、プラーナを排出して変身を解除します。

緑川博士に続いて外部から操作してるけど、こんなところにスイッチがあったら、戦闘中に敵に解除されちゃわないかな。

 

「思ったより辛い」と言う本郷に、ルリ子は「辛いという字に横線を一本足せば幸せになる」「幸せは辛さのすぐ近くにある」と説きます。

「誰かの辛さのおかげで誰かが幸せになっている」というこの考え方は、エヴァにもずっと流れていた庵野監督の基本となる考え方じゃないかと思います。

 

あらゆる辛さを一身に背負って、誰かの幸せのために過酷な戦いを続けるエヴァの少年少女たち。

自分のためでなく他人のために戦うヒーローは、むしろ辛くなければならないとでも言うような。

これは「仮面ライダー」の石ノ森章太郎イズムから始まっているのかもしれません。

 

本郷に優しい言葉をかけられて、ルリ子の目が泳ぐ泳ぐ。

ルリ子は本郷をコミュ障と言ったけれど、それ自分のことですね。ルリ子の方も、どう見てもコミュ障です。

本郷とルリ子は「似たもの同士」であって、だから最初から強く惹かれ合うのでしょう。

シン・仮面ライダーのアクションについて

ダム上部でのライダーとクモオーグの戦いは、NHKのドキュメンタリーで本人の演技で1カットで撮られたことが強調されていました…が、完成版は結局、無数のカットに刻まれてましたね。

 

しきりに「段取り」を否定してアクション監督との間に地獄のような空気を醸していた庵野監督ですが。

ドキュメンタリーを観てからもう一度映画を観て思ったのは、庵野監督の頭にあったのは、結局のところオリジナルの「つながりの悪い、カット割りの多いアクション」なんじゃないかな…ということを思いました。

オリジナルでは、技術的な制約、予算的な制約から特撮はあまり使えず、アップで撮影したカットを巧みにつないで、超人的なアクションをしているように見せる…というようなテクニックが多用されていました。

だから正直、ガチャガチャして見にくいし、わかりにくい。

でも、それが、一種独特な「オリジナルの仮面ライダーらしさ」になっている。

それが頭にあるから、現代的な、流れるようなアクションであればあるほど、なんか違う…ってなっていくんじゃないでしょうか。

 

庵野監督の言葉。

「放送当時は電波の受信状況があまりよくはなく、画面がほぼ真っ黒の状態でした。その中で仮面ライダーと戦闘員が蠢いている。何が起こっているのかわからないんだけど格好いい、というのが僕の中でのいちばんの魅力です」

 

ドキュメンタリーでも、

「仮面ライダーの戦闘の段取りをぜんぶ飛ばしたこと。全然つながってないアクション。それが格好いい」

 

要するに、庵野監督が求めていたのはそれだし、最初からそう言ってるんですよね。

だから全然ブレてないし、首尾一貫してるのです。わかりにくいけど!

 

その2に続きます!

 

 

 

 

 

 

 

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