きさらぎ駅(2022 日本)

監督:永江二朗

脚本:宮本武史

製作:浅田靖浩、中島隆介、加瀬林亮、川上純平

撮影:早坂伸

編集:遊佐和寿

主題歌:弌誠「通リ魔」

出演:恒松祐里、佐藤江梨子、本田望結、莉子、寺坂頼我、木原瑠生、芹澤興人、瀧七海、堰沢結衣

①アイデアが面白い掘り出し物ホラー!

民俗学を学ぶ大学生の堤春奈(恒松祐里)は神隠しをテーマに論文を書くため、7年間失踪していた葉山純子(佐藤江梨子)に話を聞きに行きます。十数年前、純子は最終電車に乗ったところ、あるはずのない「きさらぎ駅」に着いてしまいました。電車に乗り合わせた数人の男女は不可解な死を遂げていき、純子は女子高生の宮崎明日香(本田望結)と共に脱出を目指します。話を聞いた帰り道、春奈は純子がやった通りの手順で電車に乗ってみて、実際に「きさらぎ駅」に来てしまいます…。

 

ネット上のフォークロアを元にしたホラー映画です。

永江二朗監督は「真・鮫島事件」に続く「ネット都市伝説シリーズ」第2弾ということになります。

「鮫島事件」はあんまり興味持てなくて観てなかったんですが、今回は元の「きさらぎ駅」はネットで見てよく知っていたし、とてもよく出来た怪談だと感じていたのでね。

面白くなるかも…と感じて観てきました。

結果、これは当たり。意外な拾いもの…と言っては失礼だけど。

アイデア一発で勝負する、とても面白いホラー映画になっていました。

 

低予算であることは、否めない。いろいろとチープなところは目について、そこはもうちょっと何とかなってる方が…とは思ったけれど。

でも、アイデアの面白さでチープさを忘れさせてくれる映画です。「カメラを止めるな!」的な。

前半の展開が後半の伏線…というかネタ振り…になってるのも「カメラを止めるな!」同様で、構成自体を上手く面白さにつなげてます。

その上で、最後にきれいなオチがつく。

小規模なホラー映画としては、なかなか理想的な作りじゃないかと思いました。観る価値あり!です。

 

②ネット都市伝説の上手いアレンジ

「きさらぎ駅」は2004年1月8日深夜から明け方にかけて、2ちゃんねるに書き込まれた話です。

「電車に乗ってるけどなぜか全然停まらない」という書き込みから始まって、「きさらぎ駅という無人駅に着いた」「降りたら電車は行ってしまった」「周りには民家もなく誰もいない」「線路に沿って歩いていたら太鼓の音が聞こえてきた」と実況形式で続いていきます。

スレッドの住人をやきもきさせたあげく、トンネルを抜けたら車で送ってくれるという人がいて、乗ったら山の方へ向かっていく…という書き込みを最後に連絡が途絶えます。そのハンドルネームが「はすみ(葉純)」です。

 

まあ、創作なんでしょうけどね。結構よく出来てるんですよね。

そんなに派手な怪奇現象が起こらず、割とありそうなことばかりで構成されてるので、リアリティがあります。

「きさらぎ」という存在しないけどあってもおかしくない駅名も絶妙で、真夜中の無人駅で1人きり…という状況も映像が思い描けて共感しやすい。

何かあったのかバッテリーが切れたのか分からない幕切れも秀逸で、いろいろと考察したくなる余韻を残します。

 

舞台となるのは静岡県の遠州鉄道。

これやっぱり都市伝説として有名だからか、鉄道ネタを細かく拾ってくる「新幹線変形ロボ シンカリオンZ」でパロディにされてました!

それも、エヴァンゲリオンとのコラボ回。主人公が異界にワープしてきさらぎ駅で降りるとそこには碇ゲンドウが待っている…という。

このシンカリオンZのエヴァ回(第21回)、エヴァ好き的にも都市伝説好き的にもめちゃ面白いエピソードなので必見です。

 

映画ではこの都市伝説を細かくなぞりつつ大きなところで2つの変更を加えています。

1つは、主人公の「はすみ」がネットに実況をしないこと。元ネタのいちばん本質的なポイントではあるので、ここで本作は元ネタから大きく逸脱しています。

2つ目は、一緒にきさらぎ駅に降りる4人の登場人物がいること。これも、元ネタの「お客さんは5人いる」という記述を元にしています。元ネタではきさらぎ駅で降りるのは1人だけなのだけど。

 

この変更によって、映画はネット都市伝説を忠実に再現するという方向からは大きく転換しています。

でも、主人公が1人で黙って携帯いじってるだけでは映画にならないですからね。ここで思い切って要素を切り捨てたのは正解だと思います。

 

登場人物が増えることで、襲われたり死んだりする余地が出て、ホラーとしてより賑やかで楽しい展開になっていくわけですが。

観てて思ったのは、意外と元ネタの持ち味は失われない改変になってるんですね。

元ネタの、「何が起こってるのか分からない」「でも何か怖いことが起こってしまってるっぽい」不穏なムード。

掲示板の断片的な文章のみというのもあって、想像力を刺激されるんですね。何も見えない、分からないからこそ怖い。

映画ではいろいろ視覚的な怪奇現象が起こりつつ、「何が起こってるのか分からない」不条理な不安感は通してキープされてるように思いました。

③都市伝説とゲーム的展開の意外な相性

映画は大きく2部構成に分かれてます。

前半は、春奈がインタビューで聞き出している純子の体験

後半は、その後で自分がきさらぎ駅に行ってしまった春奈の体験

 

そして、後半は前半の繰り返しになってるんですね。

きさらぎ駅に迷い込んだ時に行くのは「同じ時空」であって、同じ展開がそっくりそのままトレースされる。

春奈は純子の立場で、話に聞いた通りの展開を体験することになります。

 

その結果どうなるかというと、春奈が「これから起こること」をすべて知ってるチートキャラになるわけです。

前半に見てきた怪奇現象をいちいち春奈が先回りして、回避したり、豪快にやっつけたりしていく。

ここで本作は、驚きのコメディへの転換を遂げることになります。

 

これも両面あって、ホラーとしての怖さは消え失せてしまうんですけどね。「予定通りに出てくる怪奇」が全部お約束のギャグになる。

下手をすると、がっかり…ってことになったと思うけど。

でも本作では、春奈の「チートキャラ・無双ぶり」が痛快なので。素直に切り替えて楽しむことができました。

 

ルートが決まってて、敵キャラやイベントの出現位置も決まってる。この展開はいかにもゲームっぽいですね。

映画でゲームっぽいと言うと大抵批判的な文脈になるのだけど、本作の場合は狙ってやってる。

前半から「一人称視点」の画面が何度も登場していて、それもゲームっぽさに貢献してる。観客がプレイヤーとして、映画に参加するような感覚が味わえます。

 

ネットに限らず都市伝説的な怪談の定石として、ある条件を(知らずに)クリアしちゃうことで、ある怪奇現象が発動してしまう…というのがあります。

何らかのルールを破ると死ぬとか。ある条件を満たせば異世界に行ったり、現実へ帰還したりできるとか。

これって、考えてみればゲームの構造ですね。発生条件を満たすフラグが立てば、特定のイベントが発生する。

都市伝説的な怪談と、ゲーム的構造の相性が意外に良くて、安直さを気にせずに楽しむことができました。

④毒の効いたオチも秀逸!

前半のホラーを後半はコメディに転換して、それだけで終わらないのが本作のいいところ。

最後はもう一度ホラーに帰還して、きれいな毒のあるオチが決まります。

 

これはシナリオ上手いなあ!と素直に感心しました。

春奈に経験を語った純子の動機に説明がついて、全体のストーリーの流れがきれいにつながる。

先に起きることを知ってるチートのいわば「ズル」が、最後に1つだけ嘘を混ぜられたことで逆転しちゃう。

 

純子は自分の目的のために春奈を利用したわけだけど、これも最後、春奈が「自分だけが助かろうとしなければ」バッドエンドにはならない、というのが巧みです。

春奈の動機は「卒論書きたいだけ」という軽いもので、あまり同情する気にならないようにバランスよく設定されてる。

一方で、女子高生の明日香(本田望結)が最後までいい子で揺るがないのも上手いんですよね。

主人公にとってはバッドエンドなんだけど、観客はスッキリするという。

 

エンドクレジットの後にも続きがあります。これも、ちょうどいい感じ。

うん、あった方がいいよね、って感じでした。

 

全体通して、観ていてとても心地よい、バランスの良さ、センスの良さを感じる映画でした。

それだけに、もうちょっと予算があったらなあ〜と。

ホラー映画にももう少し予算が使える日本映画界であって欲しいな。

 

 

 

 

「きさらぎ駅」パロディも楽しめるエヴァ回。

 

恒松祐里さんがバイオレンスな女子高生を演じたSFです。