【夏組】思春期男子高校生の苦悩
ジリジリと照りつける暑さ。室内とはいえ、弓道場にも相当な熱気がこもっていた。窓を全開にしても、さほど涼の効果はない。
「暑いよォー…あちーよー…」
力ない矢を放ち、白鳥がその場にへたり込んだ。
「白鳥! 暑さくらいで矢が乱れるとは何事だ! 集中しろ!」
叱咤する宮地の首筋も汗が止めどなく伝い、表情からも疲労は拭えない。
「しかし宮地よぉ、こう暑くちゃ…なぁ? うぉっ汗が目に」
犬飼も、眼鏡を一旦取って汗を拭う。
そんな部員の様子を見かね、部長の金久保が手を叩いて注目させた。
「ほらほら、みんな頑張って? インターハイは夏の盛りなんだよ。今バテてちゃもたないよ」
「でも部長ー…」
「そうだなぁ、今日頑張ったら、夜は夏祭りに行こうよ」
白鳥の目が、らんと光った。
「夏祭り!?」
「うん。学園の外の地域で、今日あるらしいんだ」
「それに俺ら、行けるんですか!?」
「うん。ただし、今日の練習、暑さに負けずに頑張ったら…ね?」
金久保のウィンクに、白鳥や犬飼の表情が明るくなる。彼らは褒美にめっぽう弱い。
「やった! よーし、お前ら、気合い入れろ!」
「小熊ぁー! バテてんじゃねーぞ!」
「えぇぇ!?」
そんな様子を見て、月子も額の汗を拭って苦笑する。
「白鳥くん嬉しそう。でも夏祭りかぁ、楽しみだな」
「白鳥は単純だからな」
宮地も傍でため息をつきつつも微笑む。
「よし、私も頑張ろう!」
「…では、今日の練習はここまで! みんな、お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」
道場の中心で金久保が号令をかけ、互いに礼をする。
「終わったぁー!!」
「このまま着替えて、みんな一緒に行こうか」
「そうですね」
「あ、じゃあ俺ちょっと水道行くわ」
犬飼が汗を流すつもりで水道に向かうと、白鳥も小熊を引っ張ってついていく。
「私は着替えにいってきますー…」
暑さと疲労でふらふらとしながら、月子は更衣室へ向かった。
「夜久先輩、大丈夫かな…」
木ノ瀬が不安そうにその背中を見送る。
「宮地先輩、部長。あのまま夜久先輩が、水浴びしてる犬飼先輩たちの傍を通ったら…危険だと思いません?」
木ノ瀬の発言の裏に気付き、3人は顔を見合わせて頷く。
「…とりあえず、タオルがいくつか必要だな」
水道では案の定、犬飼たちがホースまで出してきて、蛇口を全開にしていた。
「やっと水が出てきましたよー!」
「小熊、ご苦労!」
「水道も太陽光には敵わないのな、まさか熱湯が出てくるとは」
犬飼と白鳥は小熊からホースを奪い、頭から被る。
「うひゃー! きもちいー!」
「チョーキモチイー!」
小熊は汗だくでお湯を触り続け、今はホースを独占され、少し不満げに犬飼をつつく。
「あのー、僕も…」
「あー! 気持ち良さそう!」
声のした方を振り返ると、白いシャツとグレーのスカートから細い手足を覗かせた、夜久がそこに立っていた。
否、彼女は既に水道めがけて駆け寄ってきていた。
「夜久先輩!?」
「えっ夜久が!?」
企んで、小熊の顔面に水をぶっかけようとしていた犬飼が、解放しようとしたホースの先を掴んで止めることを試みる。
「ずるーい、私も混ぜてよー!」
「バッカお前…!」
殺しきれなかった水勢で、ホースが上向きに解き放たれた。
水が弾け、小熊の脇から割り込もうとしていた夜久は真正面から水を被った。
「ふひゃあっ」
「わーーー!!!!」
白鳥が真っ先に叫び、片手で目を覆う。
「夜久!」
宮地の声と共に、夜久の頭上からタオルが降ってくる。
「宮地ナイス!」
犬飼がそのタオルを夜久の全身に巻き付け、最後の一枚を頭に載せる。
「えっ、な、なに?」
「うるせぇ黙れ! このまま女子寮に帰すぞ! 小熊、夜久の鞄持て!」
「はいっ!」
「えっ、なに、なに!? 皆でこのままお祭り行くんでしょ!?」
タオルの下から、夜久の焦る声が聞こえるが、犬飼は聞く耳を持たず、白鳥を手伝わせて夜久を歩かせる。
「バーカ! 祭りっつったら女は浴衣に決まってんだろ! 制服で来るつもりだったのかバカ!」
口から出任せに理由を付けたが、宮地の後から来た金久保たちがうまく引き継ぐ。
「そうそう! 夜久さんは着付けに行かなきゃ」
「僕にも、先輩の浴衣姿、見せてください」
「あっ…そっか…」
「だろ!? お前は一時間後に現地集合だ! いいな!?」
タオルにくるまれた夜久はそのまま寮まで引きずられ、小熊が呼んできた寮母に引き渡された。
「もー…みんな手荒だよ…」
部屋に戻され、まとわりつくタオルを一枚ずつ剥がす。
「浴衣はいいけど…あんな引きずらなくてもい…い!?」
濡れた制服の惨状にようやく気付き、夜久は誰も居ないにも関わらず、自身を抱き締めるようにしてしゃがみこんだ。犬飼たちの焦りようも理解でき、彼らの優しさに感謝する。
「暑かったからって…私、何てみっともないことを…」
しばらくそうしていたが、やがて立ち上がって、タンスから浴衣を出す。寮母の手を借りて気付けを済ませ、寮を出た。
「あ、夜久さん」
「部長!?」
寮の表では、同じく浴衣を身に纏った金久保が待っていた。
「どうしたんですか? 現地集合じゃ…」
「夜久さんは可愛いから、会場に着くまでに危険がないように、ね」
「部長…そんなこと…」
「さ、行こうか」
「…はい!」
夜久は差し出された金久保の手を取り、笑顔で歩き出した。
「みんな、お待たせ!」
「お、おぉー…!」
少し離れたところから呼び掛けると、鳥居の傍にたむろっていた宮地たちがこちらを見た。白鳥が思わず感嘆の声を漏らす。
「夜久先輩、とってもキレイです!」
「ありがとう、小熊くん! 待って、すぐ行くね…!」
金久保が自然に手を離し、夜久は鳥居に向かって歩みを速めた。
「あ、夜久さん…走ると危ない…」
「おい、夜久…!」
「ひゃっ…!?」
お約束のように躓いた夜久を、宮地がしかと抱き止めた。
「大丈夫か? 気を付けろ」
「ご、ごめん」
「おいおいー、褒める前にボロ出すなよなー」
「犬飼くん、褒めてくれるつもりだったの?」
「おぉ、馬子にも衣装ってな」
「…それ褒めてないし…」
場に笑いが起こり、宮地が夜久をしっかり立たせる。
「さ、夜店回ろうぜ!」
白鳥と犬飼が目を輝かせて先導し始める。
「あと30分くらいで花火も始まるそうですよ」
木ノ瀬がそう夜久に告げると、彼女の目も輝く。
「ほんと!? わー、楽しみ!」
「……夜久さん、大丈夫?」
「は、はい…」
しばらく歩くと、夜久の様子が明らかにおかしくなった。足をかばって、時折引きずってさえいた。いち早く気づいた金久保と木ノ瀬が夜久の傍に寄り添う。
「金久保部長、僕、先輩と花火を見るための場所探しをしてますよ」
木ノ瀬の気遣いを汲んで、金久保も頷く。
「そうだね。じゃあ位置を決めたら連絡して。僕は皆を連れていくよ」
「はい。…夜久先輩、あっちの丘に行ってみましょう?」
「うん…梓くん」
気を遣われたことは夜久も解っていて、さすがに大人しい。
木ノ瀬の手を借りながら場所移動し、視界の開けた丘のベンチに場所を取る。
木ノ瀬が金久保に連絡する様子を見ながら、夜久はため息をついた。
「…どうしたんですか?」
「私、みんなに迷惑をかけてばかりだなぁって」
「あぁ、今日のホース水浸し事件の話ですか? あれは周りを見てない犬飼先輩達が悪いんですよ?」
「それもそうだし、今だって」
「それは気にしないでください。僕はこうやって先輩と二人になれて、役得なんですから」
笑顔でそう言われ、夜久もいくらか元気になる。
「ありがとう、梓くん」
「先輩…」
「おーい!」
「木ノ瀬ー! 夜久ー!」
微妙に伸ばしかけた手が力なく落ち、木ノ瀬が声のした方を見る。
「先輩方、戻ってきましたね」
「う、うん」
犬飼たちは手に焼きそばやたこ焼きを抱えて戻ってきた。小熊が二人に、アイスキャンディを差し出す。
「先輩、木ノ瀬くん、どうぞ。金久保先輩からです」
「えっ」
「場所取りしてくれたお駄賃だよ」
金久保の言葉に二人は顔を見合わせ、笑顔でアイスを受けとる。
「ありがとうございます!」
夜久は涼を取りたくて、早速アイスに口をつけた。
「いただきまぁす」
白鳥と犬飼は、たこ焼きを取り合っていた手を止めて思わずそちらを見る。
「ん? どうしたんだお前ら…」
急に黙った二人を不審に思い、宮地もその視線を追う。そして、目を見張る。
「……!!」
「あれー? 宮地ー? どしたー?」
「いや、何でも…」
「アイス食べてる夜久がどうかしましたかー?」
「お前ら…!」
何となく察してしまった小熊は赤面して俯きっぱなし、金久保は一歩離れて苦笑しつつ見守る。
夜久は男どもの葛藤には気付きもしないで、アイスキャンディを味わう。
「んー…冷たくておいひぃー…」
アイスの先をくわえながら、幸せそうな表情で感嘆の声。
その様子を眺めていた木ノ瀬は、自身のアイスはとっくに食べ終わり、つまらなそうにしていた。やがて何かを思い付いたように不敵に笑んで、夜久の至近距離に接近した。
「せーんぱい」
「あずさくん?」
口からくわえていたアイスを離し、きょとんとした表情で木ノ瀬を見る。
「先輩、アイス、垂れてますよ」
「えっ、え!? やーん!」
夜久は自身の手を伝い始めた溶けたアイスに慌てた様子を見せる。
「大丈夫、じっとしてて」
「え」
夜久の手からアイスを取り上げ、反対の手で夜久のその手首を掴む。?そして。
「やっ…!?」
手の甲から手首辺りまで垂れていた溶けたアイスを、木ノ瀬はあろうことか嘗め取った。必然的に、夜久の腕に舌を這わせる。
「ひゃっ…ん…」
ピクンと肩を強張らせ、俯く夜久。
先程までアイスをくわえる夜久を嬉しそうに眺めていた白鳥たちも気が気でない思いはしたが、気安く手が出せない。
白鳥はついに背を向けて座り込んだ。犬飼と小熊がそらに合わせてしゃがむ。
「大丈夫か白鳥」
「白鳥先輩…」
白鳥はすがるように犬飼を見上げた。
「あ、あかん…夜久…攻撃力が高すぎる…」
「白鳥ィー!!!!」
犬飼は同じく倒れたい衝動がありながらも今日を思い返し、どこか冷静に考えていた。
「白鳥先輩、大丈夫でしょうか?」
「心配ねぇよ、今日は夜久が色々やらかしてくれたからな。白鳥には刺激が強すぎたのさ」
「なる、ほど…」
「し、白鳥くん…どうしたのかな…?」
手を解放され、夜久はようやく回りの様子に気づく。白鳥だけではなかった。宮地も金久保すら、気まずそうに目を逸らしている。
「え、何、何?」
「夜久先輩の浴衣姿が可愛すぎるんですよ、きっとね」
木ノ瀬の適当な言葉に、夜久は「そんなことない」と言いながら照れたように笑った。
木ノ瀬は思った。
(白鳥先輩、今日何回昇天したかなぁ?)
思春期男子の苦悩を、彼女はまだ知らない。
「暑いよォー…あちーよー…」
力ない矢を放ち、白鳥がその場にへたり込んだ。
「白鳥! 暑さくらいで矢が乱れるとは何事だ! 集中しろ!」
叱咤する宮地の首筋も汗が止めどなく伝い、表情からも疲労は拭えない。
「しかし宮地よぉ、こう暑くちゃ…なぁ? うぉっ汗が目に」
犬飼も、眼鏡を一旦取って汗を拭う。
そんな部員の様子を見かね、部長の金久保が手を叩いて注目させた。
「ほらほら、みんな頑張って? インターハイは夏の盛りなんだよ。今バテてちゃもたないよ」
「でも部長ー…」
「そうだなぁ、今日頑張ったら、夜は夏祭りに行こうよ」
白鳥の目が、らんと光った。
「夏祭り!?」
「うん。学園の外の地域で、今日あるらしいんだ」
「それに俺ら、行けるんですか!?」
「うん。ただし、今日の練習、暑さに負けずに頑張ったら…ね?」
金久保のウィンクに、白鳥や犬飼の表情が明るくなる。彼らは褒美にめっぽう弱い。
「やった! よーし、お前ら、気合い入れろ!」
「小熊ぁー! バテてんじゃねーぞ!」
「えぇぇ!?」
そんな様子を見て、月子も額の汗を拭って苦笑する。
「白鳥くん嬉しそう。でも夏祭りかぁ、楽しみだな」
「白鳥は単純だからな」
宮地も傍でため息をつきつつも微笑む。
「よし、私も頑張ろう!」
「…では、今日の練習はここまで! みんな、お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」
道場の中心で金久保が号令をかけ、互いに礼をする。
「終わったぁー!!」
「このまま着替えて、みんな一緒に行こうか」
「そうですね」
「あ、じゃあ俺ちょっと水道行くわ」
犬飼が汗を流すつもりで水道に向かうと、白鳥も小熊を引っ張ってついていく。
「私は着替えにいってきますー…」
暑さと疲労でふらふらとしながら、月子は更衣室へ向かった。
「夜久先輩、大丈夫かな…」
木ノ瀬が不安そうにその背中を見送る。
「宮地先輩、部長。あのまま夜久先輩が、水浴びしてる犬飼先輩たちの傍を通ったら…危険だと思いません?」
木ノ瀬の発言の裏に気付き、3人は顔を見合わせて頷く。
「…とりあえず、タオルがいくつか必要だな」
水道では案の定、犬飼たちがホースまで出してきて、蛇口を全開にしていた。
「やっと水が出てきましたよー!」
「小熊、ご苦労!」
「水道も太陽光には敵わないのな、まさか熱湯が出てくるとは」
犬飼と白鳥は小熊からホースを奪い、頭から被る。
「うひゃー! きもちいー!」
「チョーキモチイー!」
小熊は汗だくでお湯を触り続け、今はホースを独占され、少し不満げに犬飼をつつく。
「あのー、僕も…」
「あー! 気持ち良さそう!」
声のした方を振り返ると、白いシャツとグレーのスカートから細い手足を覗かせた、夜久がそこに立っていた。
否、彼女は既に水道めがけて駆け寄ってきていた。
「夜久先輩!?」
「えっ夜久が!?」
企んで、小熊の顔面に水をぶっかけようとしていた犬飼が、解放しようとしたホースの先を掴んで止めることを試みる。
「ずるーい、私も混ぜてよー!」
「バッカお前…!」
殺しきれなかった水勢で、ホースが上向きに解き放たれた。
水が弾け、小熊の脇から割り込もうとしていた夜久は真正面から水を被った。
「ふひゃあっ」
「わーーー!!!!」
白鳥が真っ先に叫び、片手で目を覆う。
「夜久!」
宮地の声と共に、夜久の頭上からタオルが降ってくる。
「宮地ナイス!」
犬飼がそのタオルを夜久の全身に巻き付け、最後の一枚を頭に載せる。
「えっ、な、なに?」
「うるせぇ黙れ! このまま女子寮に帰すぞ! 小熊、夜久の鞄持て!」
「はいっ!」
「えっ、なに、なに!? 皆でこのままお祭り行くんでしょ!?」
タオルの下から、夜久の焦る声が聞こえるが、犬飼は聞く耳を持たず、白鳥を手伝わせて夜久を歩かせる。
「バーカ! 祭りっつったら女は浴衣に決まってんだろ! 制服で来るつもりだったのかバカ!」
口から出任せに理由を付けたが、宮地の後から来た金久保たちがうまく引き継ぐ。
「そうそう! 夜久さんは着付けに行かなきゃ」
「僕にも、先輩の浴衣姿、見せてください」
「あっ…そっか…」
「だろ!? お前は一時間後に現地集合だ! いいな!?」
タオルにくるまれた夜久はそのまま寮まで引きずられ、小熊が呼んできた寮母に引き渡された。
「もー…みんな手荒だよ…」
部屋に戻され、まとわりつくタオルを一枚ずつ剥がす。
「浴衣はいいけど…あんな引きずらなくてもい…い!?」
濡れた制服の惨状にようやく気付き、夜久は誰も居ないにも関わらず、自身を抱き締めるようにしてしゃがみこんだ。犬飼たちの焦りようも理解でき、彼らの優しさに感謝する。
「暑かったからって…私、何てみっともないことを…」
しばらくそうしていたが、やがて立ち上がって、タンスから浴衣を出す。寮母の手を借りて気付けを済ませ、寮を出た。
「あ、夜久さん」
「部長!?」
寮の表では、同じく浴衣を身に纏った金久保が待っていた。
「どうしたんですか? 現地集合じゃ…」
「夜久さんは可愛いから、会場に着くまでに危険がないように、ね」
「部長…そんなこと…」
「さ、行こうか」
「…はい!」
夜久は差し出された金久保の手を取り、笑顔で歩き出した。
「みんな、お待たせ!」
「お、おぉー…!」
少し離れたところから呼び掛けると、鳥居の傍にたむろっていた宮地たちがこちらを見た。白鳥が思わず感嘆の声を漏らす。
「夜久先輩、とってもキレイです!」
「ありがとう、小熊くん! 待って、すぐ行くね…!」
金久保が自然に手を離し、夜久は鳥居に向かって歩みを速めた。
「あ、夜久さん…走ると危ない…」
「おい、夜久…!」
「ひゃっ…!?」
お約束のように躓いた夜久を、宮地がしかと抱き止めた。
「大丈夫か? 気を付けろ」
「ご、ごめん」
「おいおいー、褒める前にボロ出すなよなー」
「犬飼くん、褒めてくれるつもりだったの?」
「おぉ、馬子にも衣装ってな」
「…それ褒めてないし…」
場に笑いが起こり、宮地が夜久をしっかり立たせる。
「さ、夜店回ろうぜ!」
白鳥と犬飼が目を輝かせて先導し始める。
「あと30分くらいで花火も始まるそうですよ」
木ノ瀬がそう夜久に告げると、彼女の目も輝く。
「ほんと!? わー、楽しみ!」
「……夜久さん、大丈夫?」
「は、はい…」
しばらく歩くと、夜久の様子が明らかにおかしくなった。足をかばって、時折引きずってさえいた。いち早く気づいた金久保と木ノ瀬が夜久の傍に寄り添う。
「金久保部長、僕、先輩と花火を見るための場所探しをしてますよ」
木ノ瀬の気遣いを汲んで、金久保も頷く。
「そうだね。じゃあ位置を決めたら連絡して。僕は皆を連れていくよ」
「はい。…夜久先輩、あっちの丘に行ってみましょう?」
「うん…梓くん」
気を遣われたことは夜久も解っていて、さすがに大人しい。
木ノ瀬の手を借りながら場所移動し、視界の開けた丘のベンチに場所を取る。
木ノ瀬が金久保に連絡する様子を見ながら、夜久はため息をついた。
「…どうしたんですか?」
「私、みんなに迷惑をかけてばかりだなぁって」
「あぁ、今日のホース水浸し事件の話ですか? あれは周りを見てない犬飼先輩達が悪いんですよ?」
「それもそうだし、今だって」
「それは気にしないでください。僕はこうやって先輩と二人になれて、役得なんですから」
笑顔でそう言われ、夜久もいくらか元気になる。
「ありがとう、梓くん」
「先輩…」
「おーい!」
「木ノ瀬ー! 夜久ー!」
微妙に伸ばしかけた手が力なく落ち、木ノ瀬が声のした方を見る。
「先輩方、戻ってきましたね」
「う、うん」
犬飼たちは手に焼きそばやたこ焼きを抱えて戻ってきた。小熊が二人に、アイスキャンディを差し出す。
「先輩、木ノ瀬くん、どうぞ。金久保先輩からです」
「えっ」
「場所取りしてくれたお駄賃だよ」
金久保の言葉に二人は顔を見合わせ、笑顔でアイスを受けとる。
「ありがとうございます!」
夜久は涼を取りたくて、早速アイスに口をつけた。
「いただきまぁす」
白鳥と犬飼は、たこ焼きを取り合っていた手を止めて思わずそちらを見る。
「ん? どうしたんだお前ら…」
急に黙った二人を不審に思い、宮地もその視線を追う。そして、目を見張る。
「……!!」
「あれー? 宮地ー? どしたー?」
「いや、何でも…」
「アイス食べてる夜久がどうかしましたかー?」
「お前ら…!」
何となく察してしまった小熊は赤面して俯きっぱなし、金久保は一歩離れて苦笑しつつ見守る。
夜久は男どもの葛藤には気付きもしないで、アイスキャンディを味わう。
「んー…冷たくておいひぃー…」
アイスの先をくわえながら、幸せそうな表情で感嘆の声。
その様子を眺めていた木ノ瀬は、自身のアイスはとっくに食べ終わり、つまらなそうにしていた。やがて何かを思い付いたように不敵に笑んで、夜久の至近距離に接近した。
「せーんぱい」
「あずさくん?」
口からくわえていたアイスを離し、きょとんとした表情で木ノ瀬を見る。
「先輩、アイス、垂れてますよ」
「えっ、え!? やーん!」
夜久は自身の手を伝い始めた溶けたアイスに慌てた様子を見せる。
「大丈夫、じっとしてて」
「え」
夜久の手からアイスを取り上げ、反対の手で夜久のその手首を掴む。?そして。
「やっ…!?」
手の甲から手首辺りまで垂れていた溶けたアイスを、木ノ瀬はあろうことか嘗め取った。必然的に、夜久の腕に舌を這わせる。
「ひゃっ…ん…」
ピクンと肩を強張らせ、俯く夜久。
先程までアイスをくわえる夜久を嬉しそうに眺めていた白鳥たちも気が気でない思いはしたが、気安く手が出せない。
白鳥はついに背を向けて座り込んだ。犬飼と小熊がそらに合わせてしゃがむ。
「大丈夫か白鳥」
「白鳥先輩…」
白鳥はすがるように犬飼を見上げた。
「あ、あかん…夜久…攻撃力が高すぎる…」
「白鳥ィー!!!!」
犬飼は同じく倒れたい衝動がありながらも今日を思い返し、どこか冷静に考えていた。
「白鳥先輩、大丈夫でしょうか?」
「心配ねぇよ、今日は夜久が色々やらかしてくれたからな。白鳥には刺激が強すぎたのさ」
「なる、ほど…」
「し、白鳥くん…どうしたのかな…?」
手を解放され、夜久はようやく回りの様子に気づく。白鳥だけではなかった。宮地も金久保すら、気まずそうに目を逸らしている。
「え、何、何?」
「夜久先輩の浴衣姿が可愛すぎるんですよ、きっとね」
木ノ瀬の適当な言葉に、夜久は「そんなことない」と言いながら照れたように笑った。
木ノ瀬は思った。
(白鳥先輩、今日何回昇天したかなぁ?)
思春期男子の苦悩を、彼女はまだ知らない。