賢いお爺ちゃんの話、、みたいな感じw
皆、同じ様な事を言うね。

いや、今日、マルシェの大将と話をしていたんだけど、、
良い野菜を作る農家を斡旋、応援しているけど、受け皿が無いんだよねって。
農家が態々手間暇掛けて、丹精こめた美味しい野菜を作ったとしても、消費者は「このキャベツは他より安いわね」位にしか感じることが出来ないねって。メディアでキャベツが1000円!とかでたなら、それにただ振り回され、それが何故、どれが、どこで、と考える事が出来ず「金」と「メディア」にただ誘導されているだけじゃんと。
このキャベツの背景を知る由もない。
ここで言われている「情感」の退化。
日本語って素晴らしい表現力を持っているけども、その言語を使えない。直接的な味の表現って意外と少ない。甘い、辛い、酸っぱい、、風味が良い、、香りが、、
そう。感覚の具体的な表現が出来る言語って無いんだよね。荒い感覚のものは比較的共有出来るけど。激辛!とか舌が痺れる辛さ!!とかね。
現代人は言語脳化が進みすぎや、そもそもその積み重ねで味覚が鈍化している。わからないんだよね。農家毎に違うきゅうりの味や、それから感じる生産者の愛情が。
言語、思考に頼り過ぎて今を感じられていない良い例だなと。
そりゃあね、手間暇掛けて、理解されず、下手したら慣行栽培よりも安く買われるなら、そりゃそのモチベーションを保つのは難しいでしょうね。。
ただ、生産者はその野菜を食べることで野菜達から愛を受けて、感覚や生産することの想いが変わってくるんだろうなと見ていて思う。
自然が感覚、、情感を刺激し教えてくれるんだよね。