昨日、2月24日は
私たちが移住した日でした。

色々あった1年間。
 
   



1年間を振り返る前に、
忘れないうちに2/8〜2/16の日本帰省記録スマホキラキラ

まず…出発前からかなりハードでしたうずまき


2月4日は설날で昼からずっと準備。
夜中の12時に儀式をやって、何だかんだ遅く寝て
朝から儀式の片付けやって、昼前に무주旅行へ出発車 

무주リゾートで2泊して、7日の夕方に帰宅して荷造り…

8日の昼の便で日本へ飛行機



そもそも日本帰省自体が急だったんです。

去年からずっと行きたいと思っていたけど、
三男肺炎で入院したり私が過呼吸で不安定になったり… 

1月に行けなくて2月になって、
3週目には次男や娘のオリニチブ行事もあるから
もう行くチャンスないなぁって思ってたんです。。



ガッカリしていたら、オッパが行こう❢❢と強行突破。
무주旅行中に飛行機のチケット取ってくれて決まりました拍手



本当急だったから、お土産もEマートと免税店でパパっと買って설날からの疲労がとれてないまま荷造り→早起きして。


仁川国際空港へ到着。


6人家族の旅行荷物はこんな感じ。
トランク2台とバッグ2個。

子ども多いと着替えの数も多いし、
冬だからスノーウェアも入ってるし大荷物。

私が持って行った服は1着だけ笑い泣き



1年ぶりの飛行機。


座席は、

娘|次男|オッパ《通路》私三男|空き|長男

という感じで一列に並べました。

次男がずっと娘の相手してくれたし、三男もわりとご機嫌だったので助かりました。



でもハッすんごい揺れました。
人生で一番揺れたかもアセアセ



怖かったけど、何故か冷静でいられました。

前だったらギャーギャー騒いでたと思うけど…
過呼吸になってから、自分の心のコントロールを上手にとれるようになった気がします。





無事に着いて、1年ぶりの日本❢❢新千歳空港日本
なんだか、すでに空気が美味しい。


空港にあるてんやで天丼とビール🍺味わって
高速バスに乗って地元へ。







ここからちょっと話が長くなります…




私達は7年間、札幌に住んでいました。

私の実家も近くて両親ともよく会っていたし、オッパも良い関係で円満に過ごしていました。

オッパと私のお母さんが、何だかんだ仲良くて
ふざけて言い合いしたり、一緒に料理したり…ほっこり

オッパはシオモニシアボジの前ではお酒もあんまり飲まないしタバコも吸わないけど、うちの緩さ?雰囲気のせいか
私の両親の前ではお酒もガンガン飲むゲラゲラゲラゲラ

そんな感じで、オッパもリラックスして実家でのびのびしていたし、お母さんも私達が来たら嬉しそうにしていました。

きっとオッパは私のお母さんにとって
実の息子である兄より、姉の旦那さんより近い存在というか…
オッパと話してるお母さんが本当楽しそうで、見ていて私も嬉しかったなぁと。



7年間、大きなトラブルもなく仲良く過ごして居ましたが…


韓国移住する一週間前から、住んでいた家は退去したので実家に泊まらせてもらっていたんですが。

移住3日前。

私が三男のパスポートを取りに出かけていて、
実家に戻ってから家の雰囲気は最悪になっていました。

私が不在の間、
お母さんとオッパがぶつかってしまったんです。




オッパは本当マイペースな人なので、はたから見ていたら
大丈夫?って思っちゃうくらい常に自分のペース。

あと、後でやります。的な事が多過ぎて
結果ギリギリになってしまうことが多かった。

7年間そうだったからそうゆう性格なんだと家族みんなわかっていたけど、お母さんが、もう離れてしまう悲しさとか寂しさとか心配な気持ちがいっぱいになってしまったんだと思います。




私にも、今までの不満や今後の心配事などをバーっと言われ
昨日までがウソみたいに冷たい態度のお母さんに変わってしまっていました。

確かに私達夫婦は未熟だったり適当な所が多々あったので
本当に色々なことを言われてしまいました。



孫たちには普通通りだったけど、私とオッパがどんなに謝ったり心を入れ替えると話しても、冷たい態度は変わりませんでした。






私よりも韓国(ドラマや文化や食べ物)が好きだったお母さん。
しまいには、韓国を悪く言うようなことまで言っていて。


ちょうど里帰り出産して滞在していた、沖縄の姉も実家に居たのですが

(姉)も沖縄に行っちゃうし、さおりも韓国に行っちゃうし、娘持ったって結局離れちゃうからね〜まぁ、離れちゃうような娘に育てたママが悪いのかな。

とお母さんが言っていて。



それに対して姉が

じゃあ離婚して実家に戻ってきたらママは幸せなの?

と言い合いしたりして、姉も含めて険悪になったり。





本当に最後の3日間は辛かったです。

私は何言われても構わないんです。
ただお母さんが苦しんでるのを見るのが辛かった。

夜、お母さんが自分の部屋で泣いてるのがわかったし
それでも、あーたんと寝たいと泣く長男次男のために居間に布団敷いて一緒に寝てくれて。



お母さんは、普段から全然休まない人でした。

朝早く起きて、朝昼晩美味しいご飯作ってくれて
子ども達と全力で遊んでくれて、掃除洗濯もして、
買い出しも毎日行って、ペットのお世話もして、
お父さんが心臓があまり良くないのと、体力がないので
お母さんが家の力作業もやって、冬は雪かきもやって…
休むといえば座ってコーヒー飲む一息くらい。

疲れないはずないのに、絶対に疲れたと言わないんです。

それどころか、私達がいるともっと頑張ってしまう。


実家に居ると、どうしても甘えてしまう自分がいて
今思うと本当に本当に後悔しています。




和解できないまま移住する日の朝になり。

私のバッグにこれが入っていました。


去年は前厄だったので、そのお守り。

お母さんが冷たいことを言っても、わかっています。

全部私達を心配してくれて言ってくれてること。
ただただ寂しくて、強く言ってしまうこと。



空港へ向かうバスで、お母さんが早朝に作ってくれていたおにぎりを食べました。

鮭と梅とツナマヨ。


日本にいた7年間、子ども達の行事がある時や、私達から韓国へ遊びに行く時や、日曜日のお昼に作ってくれていたおにぎり。

美味しくて、ありがたくて、もうこのおにぎりを当分は食べられないんだと思うと、涙が止まらなかった。


空港へ着いて、手続きを終えて。

子ども達におもちゃ売り場でおもちゃを買ってくれて…
最後に私に封筒を渡してきました。

何かあった時に持っておきなさい、とお金が入っていました。

その時に手が触れて、お互い涙が止まらなくて
お母さんを抱きしめました。

ママごめんね、頑張るから、ママも元気でいてねと
声にならない声で伝えました。


お母さんは泣き腫らした顔で
ママは、もういいの。と言っていて、本当に辛かったです。

それが移住前に最後に見たお母さんの姿でした。


 



韓国に着いてから、カカオで連絡してみましたが
なかなか返事はもらえなくて。

実家に居た姉にお母さんの様子を聞いてみたら

元気に見えるけど、少ない洗濯物を見て「張り合いがないなー。」って寂しそうに言ってたよ。
夜はさおりたちが使ってた和室に居て、色々思い出してたのか眠れなかったみたいだよ。
ママも頑固だし強がりだからあんな風に言ってたけど、全部さおりたちを思って心配だから言ってくれた事だし、さおり達はこれから韓国で頑張って、頑張ってる姿をママに伝えて安心させてあげることが親孝行だと思うよ。
時間とともにきっとママの寂しさも和らいでいって、きっといつかまた前みたいに戻れるよ。

と言っていました。




返事のないカカオを送り続けてたある日。
お母さんから返事が。

ママの幸せは、さおりたちが幸せになることです。と。


そこで、きっとお母さんはカカオを消してしまったのか
また返事はありませんでした。





移住して10日経ち、私ももう前を向いて頑張ろうと思っていた矢先でした。
 
姉から国際電話がかかってきて。

ママが倒れて、意識がないって、病院にいるの!!



私はもう、失神してしまうかと思ったくらい、
声を上げて泣きました。

この当時のことは、思い出すと涙が止まらなくなるので
詳しくは書きませんが…



意識が戻って、本当に本当に心から良かった。。

私たちも日本に戻ると言うと、お父さんに今は来ない方が良いと止められて。

姉とお父さんが近況を教えてくれる日々を過ごしました。









うん…思い出して苦しくなってきたので止めますm(_ _)m







とにかく、本当に大変な1年でした。

お母さんが生きていてくれて、それだけで神様に何百回もありがとうございますと言いたいくらい。


この事があまりにも自分の中で大き過ぎて、
自分の人生観や価値観が変わりました。

大事な人達が、元気に生きていてくれるだけで良い。

本当にそれに限ります。



小さな悩みは、生きていたらそりゃああるけど

"大事な人達が、元気に生きていてくれてる"だけで
自分って幸せ者だなって思えるようになりました。




いつからか、お母さんとのカカオも復活して
写真を通して子ども達の成長を伝えたり、
贈り物をしたり、和解することができました。


でも、


オッパとは1年、接していなかったので
今回の帰省は実は不安もありました。


また険悪になったらどうしようと……。





そんな不安は不必要だったらしく、
お母さんは優しく私たちを迎えいれてくれましたキラキラキラキラ


すごく長くなってしまいましたが、
私たちの中で忘れてはいけないエピソードだったので
赤裸々に書きましたm(_ _)m



ここからやっと札幌帰省記録が書けます❢❢





子ども達を見て、大きくなったねー!!とハグ。

そしてついにオッパとお母さんのご対面…ドキドキ


オッパ ママ〜お久しぶりです!!
お母さん 来たね〜!!あれ?何か太った??笑




そんな感じで、
和解おめでとう〜えーんえーんえーん




夜ご飯は、しゃぶしゃぶとお刺身でした。


オッパの大好きなストロングもありました笑い泣き


子ども達は、大好きなあーたん(母)に再会できてすごい喜んでいました。

あと、もちろんじーたん(父)も、ペット達もあしあと
帰省していた姉と姪っ子ちゃんもむらさき音符




ご飯食べて、ワイワイ過ごして
私とオッパで近所のコンビニへ…。


雪すごくないですかゲラゲラゲラゲラ


お母さんに逢えて和解できて嬉しくて、ルンルンでした。

1年ぶりの日本のコンビニも最高でしかなかった…




これ美味しかった❣

日本に住んでた時も、実家お泊りの夜はコンビニでアイスを大量買いしてみんなでワイワイ食べてたなぁ。




初日は移動で疲れたので、早めに就寝…

2日目☀気持ち良く寝て、ゆっくり起床。

実家に居るだけで最高に幸せなのに、


目の前には天使のように可愛い姪っ子ちゃん♥




えーん可愛すぎる笑い泣き笑い泣き





実家に着いた初日はドタバタで気づかなかったけど
1年ぶりに帰った実家。

家電はいくつか新しくなっていたけど、
意外に置いてた物がそのままで。

例えば息子たちの絵本とか、紙で使った物とか。




私やオッパの部屋着もあって、
辛い別れ方をしたけど、私達が帰ってくるのをずっと待っててくれたんだなって。

そのお母さんの心が嬉しかったです。



韓国での今の生活ではありえないけど…
朝からボリューム満点なコッペパン食べたりウシシ



三男は姉が用意してくれたご飯。
ありがたやー笑い泣き笑い泣き




あーたんのチーズトースト食べたい‼と息子たち。

姉が、自分で作ってみようかと提案してくれて…


次男完成キラキラ





チーズトースト作るだけで、こんなに楽しいんだ…ぐすんぐすん






5人の孫たち。




2017年組あしあと



幸せな空間でしかなかったなぁ…ほっこりキラキラキラキラ




つづく日本国旗