求道探求

求道探求

スピリチュアルに関する言語と諸事態の関わりを探究
それをめぐる虚栄心と思索の覚え書き

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後日談です。
湖の遊覧後、河童がついてきました。
正確には河童の前駆的霊のようです、まだ幼い精霊です。長浜で琵琶湖汽船を待つあいだ屋舎のポスターのシコブチ信仰が気になっていたので安曇川の子だと思います。
おそらく蛭子か稚日女尊の名で祀られた社が川沿いにあり、その神霊の眷属だと思われますが。稚日女尊の名は便宜上、若姫と覚えています。有名なのは生田の稚日女尊と成田の伊都許利が奉じた姫神ですかね。瀬織津姫と関係のある水の霊です。遠野にも河童伝承があります。
調べたところ、安曇川の地主神はシコブチさんなんですね。
湖西方面は通過しておりませんが、安曇川のシコブチさんに円光坊のような雰囲気を感じます。河童の指導霊のような立ち位置とでも言うべきか。
西方浄土には浄土だけでなく霊たちの行場もあるのでしょうかね。
遠野では自然環境が厳しいこともあり、浄土と行場が一体になっていました。
つまり、生死の境がすぐそこにあるということです。厳しい環境で生き抜き天寿をまっとうする人生が修行になるという。
ところで、シコブチの「シコ」は醜い意味だそうです。遠野のデンデラ野やサムトの婆、恐山の奪衣婆も、シコを象徴した姿。
生死の境は厳しい世界なので、境の霊はみな妖怪のような醜く険しい様相を表してきます。
大祓詞の最古の注釈書といわれる中臣祓注抄では、速川の瀬を「三途の川なり」と説明し、神宮方書においては「瀬織津姫は三途川の姥なり」などと書かれているそうです。三途川とはつまり、人間が深甚な内的葛藤を乗り越えるとき相まみえる境界ということです。
比良山という土地にもそのような世界像の霊がいるのかもしれません。
そんなことを考え、にわかに六角牛山の女神を思い起こしました。
安曇川周辺にも修験があったそうですが、六角牛山のあたりも修験の匂いがするんです。
行者が安全に行に臨めるのは母神の懐に抱かれ見守られているからだと思います。
安曇川のシコブチ描写は人間の生活基盤に密着したものだったので、人間とともに女神の御元へ集う霊たちも切磋琢磨するとの暗示のように思います。
であるなら、河童もシコブチさんも我々の兄弟や家族のようなものですね。
いつでも安曇川の女神が見守っている。
六角牛山は速秋津姫です。
速秋津姫が、ひとの営みの身近にある沿岸や市庭のような公共圏の水辺が領域である理由が、なんとなく理解できました。
安曇川の河童を大きくして、羽黒の円光坊のように育ててみたいです。舟運がつくとどういう感覚が私の中に広がるんだろうか。

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精神的に弱っているかた、醜穢耐性の無いかたは閲覧をお控えください



錬金術師の考察が出た時点でうすうす気づいていたことですが、“国”についての善のイデア考察は、やはり接神(テウルギア)につながるようだ。
それで、三島のテウルギアと無明庵EOのテウルギアを持ってきて、まずは懐疑してみようと考えているらしい。
EOをネタに使用する人間は多いけれど、死までの過程を探究するひとや彼の接神の意味を考察しているひとは見当たらない。
私の代わりにEOを哲学した者がいるなら、ここへきて語って欲しい。
実践者はとうに死んでいるか、死んできただろう。
生死の境までいかない者は、器ではないのだ。探究する資格が無いということ。
私がそうである。
素地が無いことを前提にやるのはいいが、私はまだダイモーンにすら面会していない。アブラクサスとも交流できていない。さらにはギリシャの天使よりゲルマンの天使たちのほうが神に近い世界にいる。私の魂では勉強しても成果が出せないと思うが、中途で終わってはたして実行する意義はあるだろうか。それこそドブ板をさらうような、狭い範囲での検証しかできないんじゃないの…。
(どの領域に己を捧げるかで到達点が異なる。どの領域まで理解しているか見極めること、追体験しなくても接神に参入する者の各心境の認識がベースに無いと天皇やヴォーダンの密儀は理解できないという声があります)
ところで、三島はギリシャ的なところがありますね。
グノーシスのような激情というか病的興奮は、EOのテウルギアにも似たものを感じます。
相似しているのは死に至るまでの狂気だと思います。
因と果で成り立つ構造処理で思考すると、それは魔に関する、重い業の噴出ともいえる。
魔から見た人間は家畜と同義なので…屠殺された家畜の肉を食べる人間もいます。焼肉好きなひととか、ハンバーグにするとうまいとか、白子、レバ刺しとかホルモンとか、脳を食用にしたり、人間もそんな物質の塊にしか見えなくなるのです。
なぜ屠殺した生命を食えるのか?は、肉の塊になにも感じていないからです。
動物好きは飼っているペットを殺して食いません。愛なり情を感じていますので。その情緒は深く考察すれば、肉体より魂に向けられている。だからペットが苦しむ姿を見れば、耐えられなくなる。苦しみを代わってあげたいと感じる。
餓死寸前という特殊な状況でない限り、考えたけど別に生き物は食える、という人間は、生命への慈しみや共感性の本質をまだ知らないだけと思われる。
分からないなら無理をする必要はない。生命を殺し食らって生きるのが人間ですから。
その心境は、端的にいってもはや生命でなく消耗品の摂取なのでしょう。
同様に三島やEOが死に至るまでの境地は、人間という生命に何の価値も見出さないものです。消耗品のように。
「生命尊重のみで魂は死んでもよいのか」
という三島の言葉があります。
心の活動を支える精神的標榜を失って、無明のままに生きる人間、くだらない、時代はますます頽廃していく。このままではいずれ魂まで腐ってしまう。つまり、革命なんですね。革命なのだから厭世ではない。
三島の天皇論にはこうあります。
「日本の文化の中心としての天皇は国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸である」
天皇という器の背景の、国土へ降り国の精神原理となる“柱”の霊を暗示しています。
宇宙の潮流に浸ったとき天御中主を感じるように、天皇に没我しても“今ここ”を感じるということです。神道における中今そのものですね、日本文化の体現者の天皇とは。
神霊も、宇宙の潮流の体現者と言えます。宇宙にはさまざまな体現者の神がいる。
柱の霊が降りる器の総称は、救世主です。
精神原理は、救世主の魂を持つ人間が器を担う。
だからこそ我々は天皇という存在を通して、日本の精神に触れることができる。
三島を突き動かしたのは日本という国土の精神原理を掲げる器の神性が滅んでしまう危機感なのだと思います。
そこまでは分かりますが、魂を神へ捧げた三島の心境はいまひとつ理解に苦しみます。
衷心に、神性への愛があるのです。それは天皇霊へ向けられた愛だと思いますが。
EOはバルトロマイのように己も魔となるため、神から預かった肉体を虐げるという業を抱え、そのまま地獄を目指したのだろうけれど、三島の心境は異なるようです。
私は愛が分からない人間なので、愛を知らぬがゆえに、神へ魂を捧げる意義を知る障害となっているのだと思います。
ようするに、神が嫌いということです。



あまり深入りしないで考察したが、テウルギアの語彙はのちのち誤謬の元になると思われる。離脱した純粋性は、外的にも内的にもアビリティではない。接神という生き方がある、というだけのこと。
今後とも、ものごとを見極めようと思うなら、言葉の使用について絶えず注意を込めて慎重に吟味しなくてはならない。

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清廉性というのは、一度も嘘をついたことの無い誠実な者の気質を指すのだと思います。
私はあります。未熟な娑婆の豚なので、適時、嘘をついて生きてきました。
有象無象の凡夫はみな似たり寄ったり。等しく雨後の筍に過ぎない。



数年前、お世話になっている知人に「ボランティア団体主催のフリマに出店するので遊びにきてね」と誘われたことがありました。

催しは週末。私の週末は常に予定で埋まる、体力的に問題ないもののリマインドのない用件への対応は著しくパフォーマンスが落ちる。
サッと顔出しくらいはしてみたいが、待ち合わせ相手へのとりなしや調整、埋め合わせを考慮すると無理そうだった。
だが社会人はな、自分が抑えられないと組織で失敗するんだ。そんなもん会社じゃなくてもクラスでもママ友のあいだでも知人でも同じことだから。
そんな気持ちを抱えていたので、
「行きたいです。早めに用事を切り上げられたらって感じですが」
私なりにお誘いに配慮して伝えました。
すると、知人のそばに控えていた霊が「このひと、嘘をついているよ!」と訴えてきたのです。

私の対応に対する霊の想念は衝撃であった。
薄っぺらな自分しか持ち合わせていない己の卑しき部分を見透かされてしまった気持ちになった。
すかさず反発してしまったのは、うまいことタイミングあったらじゃ駄目なのかよ、という自己弁護的な気持ちが働いていたからだと思う。
だいたい一般的な配慮ってのは、好きな子がつくってくれた手料理がたとえ黒コゲだったとしても「あれ?利き手じゃないほうでつくった?」などとやんわり忠告したりする、互いの体面を保つための慎重さなんだと、何とも安直な考えが私にはあった。
途端に霊は、
「そんな配慮は親切や思いやりじゃない。世間体っていうんだ」
再度、強く告げてきました。
「よく考えて。世俗にいるけどあなたは求道者だよ。スピリチュアルを志す者は、魂の光のままに生きるんでしょ。何も知らない一般人のような世間体で世渡りは絶対にだめだよ。あなたは自分に甘いよ、屁理屈に逃げるのは自分が傷つきたくないからだ。自分の姿をよく見て。自分を繕う必要はなに?いい想念を与えるためだといって自分をよく見せたり飾ってはだめ。魂なんて信じてないから堂々と本心で行動できないんでしょ。嘘つき。人間のくせに弱虫だ」
霊は一生懸命に、誠実に自分の意志を伝えてきました。

あとに分かったことですが、この霊は欺瞞や虚偽を見抜く働きの霊だったようです。
名を山口霊神といいます。これまでも仏教霊や行者霊は生真面目で厳しいタイプが多かったのですが、その領域の霊だと思います。
知人は分霊、神から幼い霊を預かり育む母のような人間性だったのです。
この一件以来、私は悄然し、人生を熱心に考え直してしまいました。



昔、姉御肌で他人を蹴散らして進んで敵をつくってしまうタイプの母が、自分自身を「あたしは毒舌だから」と表現していたことがあります。
キツいから他者に恨まれる。したくもない喧嘩になってしまうという。
幼い私から見ると、ストレスがたまれば子どもに当たり散らしてばかりいたのでヒステリーだと思っており、正直に「そうじゃなくてヒステリーババアだと思うよ」と言ってしまい、お前のような子どもは死んでしまえと髪を掴まれ引きずられて怒鳴られた覚えが多々あります。
プライドを持つことと、意固地になることは違う。
彼女は被害者意識が強いのだ。
他人の短所の矯正を望むのに、自分が指摘されると怒涛の勢いで屁理屈をこねる。
「喧嘩はしたくない」という正直な心を感じていても僻んでしまって、そこで立ち止まり、言い返したくなる内的葛藤を克服できず逃げ出して、ムキになってわめく。
このひとはまだ子どもなんだ。
そう思えると、卒業しなくてはと自然に考えられた。このひとと私は、一度離れて距離を置く時間が必要だ。私が先に自立して社会へ出て卒業しようと。
追憶を想起して、母にこんなことがあったねと笑いながら話したところ、「何それ?知らない。アニメの見すぎじゃないの」と首を傾げられました。
ごめんな母ちゃん。これからはアニメじゃなくて現実を見ることにするよ。

馬鹿正直に本音を話すと痛い目をみると知育が促進され、世間体や常識で対応する大人になっていました。
日常はソーシャルメディア上の口語的な短文コミュニケーションで事足りる。
便利なアプリやパッケージソフトが豊富にあり、Excelを駆使する機会も減った。
画像のみのリプライ、SNSの不文律とか、セルフで突っ込みを入れる90年代テキストサイト直系の伝統芸能、そんな定型文が当たり前になっていた。
他人に気に入られる、自分をよく見せるための、配慮と称された世間体や社交辞令での会話や対応は、つくづくエロゲのようだと思う。
選択肢がたくさん出てきて、自分や相手が気持ちよくなりそうなものを選んで対応する。
穿った発言で他者を斬る。捨て台詞の皮肉で体裁を保つ人間の精神も似たようなもの。
キツい言葉を放った結果、想像以上に相手の心をえぐってしまった過去の母と私のやりとりもまた、相手がどう思うかの思慮不足、足の引っ張り合いであった。
自分や相手の内面と向き合わず、たまたま口のそばにあったから出た言葉には、確かになにも感じられない。
狭い世界を思いつきで暮らしているようなものだ。



魂は人間が思うより傷つきやすいもの。

言葉は暴力にも変化する。相手の魂を傷つけ貶めることができてしまう。
昔のひとは、それを実感していたからこそ言霊と呼び大切に扱ってきた。
仏教にも身口意の教えがある。
一般教養にも、親しき仲に礼義ありということわざがある。
謙虚な気持ちで相手と対面することは、相手の心を推し量る思いやりでもある。

自分の知識や勤勉さにまったく依存してしまうなら、懸命な人間になる必要などない。
清廉や誠実は畢竟するところ、“行いこそ、そのひとである”という可能態のうちに棲まっていると思います。
だから、本当に自分が飾らずありのままに生きているかは、行為していくなかで掴んでいくしかないのである。

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誘われて琵琶湖周辺に訪れました。
同行人はラコリーナのバームソフトが本命だそうです。毎度のことですが、私の神社仏閣参拝は満足に回れませんでした。
各地へ赴いて、いつも考えるのは、土地土地の生態のゆく先ですね。
やはり琵琶湖周辺でも動植物の生態から水の循環、積雪まで、何もかもが変わりつつある。植生分布は確実に北に移動している。その移ろいは思いのほか早足だ。
あと4~50年ぐらいだろうか。生態系の衰退と現在の農作物適産地が通用するのは。
その次に待ち構えているのは水や食糧などの資源問題。
TPPに反対している農家の努力は無駄に終わりそうですね、もっと早くに世界各国で支え合って取り組んでいれば…という暗い将来にならなければいいが。
琵琶湖のあたりは砂礫層なので低木性や伏状性の樹木が多いですね。
森林が発達しにくい岩体が分布しているのかな。
広島の土砂災害を想起します。
前日に竹生島の霊が挨拶に現れてくださいました。
一見、弁天さん。だが水の信仰における一般的な弁天の性格と雰囲気が異なります。
どことなく戸隠の奥で感じられる姫神の波動に似ています。磐の霊です。
この霊からメッセージを頂きました。
「天岩戸は笑顔で開けます」とのこと。
おそらく昨年末の水の霊に関する考察で、足りないところを補ってくれたのだろうと思う。天照の岩戸隠れは素戔嗚の影響である、という考察です。私は素戔嗚の分霊が洗礼で魂を開いてくれるとしましたが、霊から見ると、人間側の努力が開くのだという意見です。そうですね、活動し行為する器は私ですから。笑顔はどんな人間にも、寝たきりの病人でも健常者にもできる行為。相手を労わる笑顔は太陽のように温めます、笑顔を以って、まずあなたから家族や友人や仲間たちの太陽になりましょう。という意味のようです。
実践知に重きを置くのは神道のまことの基本ですね。
本当に大切なことはなに?を考えていくと、この霊の述べた“笑顔”の意味が分かります。
本当に大切なことは、自分の世界に戻って身近な人間たちと支え合って生きていくことではないでしょうか。心からの笑顔は、疲れた自分や相手を慈しみ、元気を分かち合って暮らす、まごころの表れだから。
家族の太陽、というような考え方は遠野でも得たメッセージです。
古い霊なんですかね。遠野の水の霊と似たような発想をするのは面白いです。



「君は太陽じゃないんだから、全ての人を温める事は出来ないよ」と。当たり前だが自分は「太陽」ではないのだ。全ての人を幸せになんて出来っこない。でも、ここで出来た大切な友達にはなんとか将来もつつがない生活を送って欲しいと思う。
不思議な、不思議な「アルメニア共和国」(20)アルメニアの厳しい現状


アルメニアにキリスト教がもたらされ、浸透した歴史は非常に古い。301年、アルメニア王国が世界に先駆けてキリスト教を初めて公認し、キリスト教を国教と定めている。これは313年のミラノ勅令よりもさらに10年以上前の出来事であった。伝承によれば、イエス・キリストの使徒タダイとバルトロマイ両人により、アルメニアに初めてキリスト教がもたらされたとされるが、現存するアルメニアのキリスト教に関する最古の記述は、それから200年後の2世紀以降からである。
アルメニア教会 - Wikipedia



そうだった。東方にはバルトロマイが訪れていたのだった。
彼なら地獄を知っている。
神によって地獄へ堕とされたからだ。
グルジエフの宇宙論は、地獄の底から見た宇宙の循環を語ったもの。冥府から見ると人間は経綸の家畜に相当するし、神々の食料で、神の掌の上で家畜を続ける限り何も救いはない世界に感じられてしまう。
だから、人柱が必要なのだ。
家畜でしかない人間に生死の意味付けをあえて行おうとするなら、宇宙の在り方に刺激を与えるような人間、地獄へ堕ちてゆける強い人材に存在価値を見出すのではないか。
それも楽な死に方でなく、壮絶な苦しみを与えて深い深い地獄へ突き落とす。
皮剥の刑で殉教したバルトロマイが地獄で目覚める、バルトロマイを通して神の光が地獄の底にも届けられることになる…
神の指先になるための供犠。
アポトーシス(細胞死)なんですね。
スヴァンテ・ペーボ『ネアンデルタール人は私たちと交配した』野中香方子訳、p.16を参照しても、「生物の教科書では、DNAは、ヌクレオチドのAとT(アデニンとチミン)、GとC(グアニンとシトシン)が糖とリン酸からなる主鎖に相補的につながった、安定した化学構造として描かれているが、生きている細胞核とミトコンドリアの中では、決して安定などしていない。むしろ常に化学的なダメージを受け、常に繊細なメカニズムでその傷を修復しているのだ…」とあります。
その見地に立てばアポトーシスは成長の原動力、とも考えられるんですね。人体の健全な細胞や地球の環境が維持されている奇跡と同じくらいに。
これは魔や魔神から見た宇宙の世界像。戦争、差別、迫害弾圧、飢餓、貧困、疫病、社会構造の崩壊という地獄から見た供犠の一見解です。自殺や殺戮を肯定するものではありません。


帰宅してからは三島と日本武尊が気になっています。
どちらもまほろばの精神ですね。大国主系の霊の指導によれば、諸霊が帰還するふるさと、“国”は我々人間の預かる魂という解釈ができます。善のイデアの考察に繋がっているのだと思いますが、これを極めると何処へいくんでしょうか…?

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相変わらず、君は無駄な言葉を弄している
事実の確認だけを行いたい
我々の内的世界で現実になった、事実だけを






男が夢に現れた。病人のような消耗によって蒼白になった痩身の老人。
横臥した体がベッドからはみ出し、手足は投げ出され、半身が床へとしなだれ掛かって微動だにしない。
死んでいるようだ。
可哀想に。私はそう考え、
彼の細い体を抱きあげて起こすところで目覚める…
それから自由意志について男と議論がはじまり、自由の道ゆきというメソッドがあることを知った。
生前の彼の哲学的思索の、ひとつ上の認識様式らしい。
しかし目覚めた自由意志は一度開くと、ふたたび閉じることはできないという。
そして自覚に伴い一般的な“人間”でなくなる覚悟が必要とのこと。
つまり、魂の光が顕現しはじめると個性が強くなるため広くは理解されがたい、軋轢のうちに現世で孤立を深め陰惨な思いを味わい心を傷めることになっても、自らを奮い立たせ、前を向いて生きなさい、ということのよう。
自由意志の象徴は、太陽だという。

男は言った。
私とあなた方で、その世界像が与える“意志”に触れて我々の行く先を見つめてみたい。
ひとつのチームとなって支え合おう。

願わくば、我々がナマの神霊のありのままを感じられますように。



課題を与えよう。
次の問いに自由意志の目覚めた人間はどう答えるだろうか。
考察してみたまえ。
「理論によって積極的な尊厳性・総体性を与えられた行為は、理論の傀儡にすぎないのではないか?」



霊の問いに対する私の回答です。反転で。
「観念なり祈祷なり念仏なり自己啓発のトレーニングなり、はたして精神力によってひとは救われるのだろうか?精神力によって救われるのだとした場合、人間の精神に根拠付けが行われたと考えられる。その場合、精神の出処は何処であるか。西洋の知の伝統なら脳活動に求めるだろう。或いは身体と答えると考えられる。脳や肉体から生じる精神や意識に主体を置く、これらが“私の本質”であるという考え方だ。スピリチュアルでは内的世界、心の活動に救いを求めるがそれは自覚している私という意識が中心になっているわけではない。倫理観や観念論や価値観、あらゆる論理が行為する私を突き動かすのでなく、魂の所与である。私とは器でしかない。しかし、この器に魂が満たされる限り、道は常に開いているといえる」
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私の内的世界へ男が入ってきたとき、最初に感じたのは祖母への尊敬です。
男が生まれて、いちばんはじめに触れた良心、要するにこの世界がどのようになっていて、人間の善意の原理は何かという思想を獲得できたのは、彼女の魂の光が惜しみなく与えてくれた恩恵であるということ。
したがって人間のうちにある神性を、男は揺るぎなく信じたのだ。
祖国での壊滅的な出来事や戦争という波紋が、人々から日常を剥奪し、すべてが混乱するまでは。

マックス・ヴェーバーが時代の末期に現れる「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階まですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と喩えた人間が、ホロコーストやアルメニア大虐殺を起こした動乱期に男は生きたようです。
祖母のなかに感じた良心の欠片もない人間たち。
これらの人間から何が失われているのか身をもって味わい、「どんな人間にも神性に目覚める成長の機会を与えるべきである」という考えを改めるに至ったらしい。

正直、戦争による社会不安や不可避的に内在する貧困化についてどう考えればいいのか分からない。
私は地獄のどん底に落ちたことがないので、決して逃れたり這い上がれない苦しみというものを知らないのです。
「人生下り坂、だけど楽しんでいこう!」「苦しみがあるから幸せを感じるんだ」と言えるひとは、結局は這い上がれる苦しみだからこそ楽観できる。前向きになれる。
そうでない人間は、どう生きればいいのか。
どんな言葉をかけてあげられるだろうか。
男は「君の時代になってもあらゆる地で紛糾や殺戮が続行している。遠い異国のできごとだが、他人事ではないのだよ。同じ人間なのだからね。違いといえば非人道的な人間と違い、君はまだ魂を預かっている人間だ。己の魂を活性化させ、行為を通して弱った人間に光を届けるには、何ができるだろうか。面倒だなどと思ってはいけない、自分の身に起きたこととして、少しづつ考えてみなさい」と言います…

連日、同時進行でテーマ別の議論が繰り広げられています。
情報が錯綜して頭がおかしくなりそうです。
誤りがあったらそれは受け手の私の問題です。

これらの思索の結実するところはやはり太陽のようで、太陽をアポロン的存在と捉えていることから、男はギリシャ系の霊に属しているように感じます。生前はアルメニア人ですが。
知の神という太陽の側面を見ている、ということです。
ほかに、太陽を智慧や叡智の象徴と解釈する霊は、仏教霊たちです。
そこで男がこう言いました。
「以前、君が錬金術の考察を途中まで行った探究がここに帰着する」

「プラトンのエピステーメーが人間に発揮された様態、それが心の錬金術だ。智慧、すなわちエピステーメーは霊的な太陽の光のもとで活動する我々、霊界の霊たちを指す。そこで君は、亡父に会ったはずだ。お父上は君の背後霊だろう。あの空間が霊界、つまりイデアなのだよ」

「イデアをかたちづくるのは我々、太陽に憧憬する者たちである。我々は想念となって人間の心に去来する。人間がエピステーメーとともに在り、行為する、行為を通じて魂の光で周囲を照らす人間を、光の錬金術師や魂の錬金術師という」

そういえば、背後に仏教霊が控える人間も自身を光のアルケミストと言っていました。
男の話を鑑みればそのひとの指導霊は仏教霊ということだと、解釈できます。

「私の祖母はエピステーメーを地域社会に表出していたのだが、エピステーメーとともに“まこと”も表出していた。まことは、まごころや思いやりのことだが、まことの光で私や周囲の人間を慈しんでくれた。人間が人間の本質に立ち帰る瞬間を見せてくれたのだ」

「趣味や興味の数だけエピステーメーがおり、出番を待っている。そのなかで、長続きするものを選んで取り組むことだ。やりたいことはそのまま実行することだ。やっていくうちに自分の本当の道が分かるだろう」

なるほど。
エピステーメーは背後霊、イデアは霊界のことのようだが、善のイデアはイデア全体の精神原理のように感じられます。
“国”のことですかね。
ギリシャの天使たちにもユグドラシルに似た哲理があるのだろうか?
個人的には平和や天皇やヴォーダンが想起されますが…ひとまずはここまで。

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人生において完璧主義でもない人間が「自分はすべて完璧」と捉えるのは、どんな背景があるのだろうと考えました。
私のすべては完璧、とは自愛の精神から発展した考え方なんですね。
私を私自身で認め慰めるという、人間の暗い情念と衝動を鎮め和らげるためのテクニックだと思います。
確かに感謝や愛念の喚起は脳内でセロトニンなどのホルモン分泌を促しますから、特に、精神疾患を患っているかたには向いている生き方なのかもしれません。
その意味で、「なにもしない自分も、なにかをしている自分も、すべてはこのままで、完全に完璧」とは、価値に関わる存在論的・認識論的問題なのでは、と思いました。
幸福を感じることや生きる意欲は、一般的な人間にとって割と重要なんですね。
一般には、幸福でないと前向きに生きていけないのです。
だから私によって私に確実性を与えたわけです。
「そのままのあなたで大丈夫だよ」とか「人生には意味がある」といった提言です。
逆に言えば、生きる意欲もまた、我欲ということですが。
「すべて完璧」は、私から見ると単なる方便で、求道者には起こり得ない考えですが、この慰めが必要な弱った人間がいるのかもしれない、と思いました。
心の闇は誰にでもあります。
或る論理がそのときどきの個人の成長に役立つなら、それはそれで是、なのではないだろうか。
人間の本分は、いかに行為するかなので、研学・思索・弁論の形式に拘泥して心をこねくりまわしているより、心の中がどうでも、次の世界へ向けてなにか行為したほうが無難、と言えます。



『二重スリット実験における観察者効果について』のエントリ、選択性についてひとつの回答を記します。

フラクタル・自己組織化ボイドの研究論文を読んでいたときのことです。
Boidというシミュレーションアルゴリズムがありまして、CGなどにも使用される理論でパラメータを触ってプログラミングで動物の群れの自然な動きなどをパソコン上に再現できるものなんですが、これらをマルチエージェント・システムと呼称するそうです。
システムなんです。
そう、データ構築で任意の対象を構造化しても再現できるのはシステムだけなんです。生命ではない。
科学理論や普段人間の知覚にのぼる情報は、断片の宇宙です。
因縁生起や引き寄せ、カオス、創発現象やフラクタルといった数学的な法則を感じるのも断片を見ているからです。
だから、さも選択性が働いているように映る。
昔は高次の想念と低次の想念どれかを選択できる場が人間なのだと思っていました。
そう考えてしまうと、人間は単に環境というシステムに従っているだけになる。
環境というシステムが与える情報に反応するだけの活動態。
本当にそうだろうか?この考察にはどこか誤りがあると感じる。
自分を中心に据えた考察、或いは環境という宇宙やグループソウルに優位性を置いて思索するからではないのか。
物質も神も宇宙を循環しているなら、どこにも優位性はないはずだ。
人間と神、我々が共有しているものは何であるか思い出そう。
それは、まこと。
まことのある生き方には、あんな行為もある、この行為もできたという選択性はない。
神や宇宙を有機体、生命体と考えるならば。
前進する道を模索して生きる、その試行錯誤は、選択ではなく自由意志だと思います。
未来のためにいまをどうするか、を考えて進む生き方のことですね。

※補足
アンジェラ・アキさんのThis Loveに、
「信じる力が私を自由にする」という歌詞があります。
信念をもって生きれば「ほかに道があったんじゃないか」という後悔も恐れもなく道を開いてゆける、というような意訳です。
信じる力が私を自由にする。上記の自由意志も、同じような意味合いです。
まことの生き方は、自由への道でもあります。
自由な人間は神にも恋人にも家族にも寄りかからず、自立しているのだ!

テーマ:
進展乏しく、だらけている。
くだらないことしか考えられない。
菊理姫の近辺に仏教霊がよく現れるので、このところ宇宙や仏教について考えることが多いのですが、死にたくなってきますね。
日本の僧侶さん方はどうして生きていられるんでしょうか。
同じく八幡もよく現れますが、八幡を通じて哲学の道が開いているので、考察しているとやはり死にたくなってきます。
まともな探究ができるといいです。

物理学系の霊や仏教霊関係と宇宙の話になったとき、
「未来は無い。我々は時間は感じないのだ」と言われました。
私たち人間は、読書や他者の話を聞くとき、内的世界(心のなか)に、ある論理空間を想定したがる。
想像力を膨らませる働きに相当する。
そして論理空間という奥行きのなかで、映画のようにイメージが動いたり、またはそのイメージを象徴に没入することで時間の経過を感じてしまう。
以前、時間の感性というエントリで記述したが、その論理空間がヴィジョンの元ではないかという推論だ。
心になにか思い描く瞬間、健常者は習慣的に視覚野が反応してしまうのだろう。
おそらく全盲の方の想像力に視覚野は使われない。聴覚野の認識様式が与えられているはずだ(検証しておりません)。
霊もまた、私の心に心眼を活用した論理空間を与え・与えられてきたのだが、あえて与えたのであって理由は私がイメージを重視したがるからだと話してくれた。
論点を冒頭に戻す。
このときの議論は数億年後の宇宙の話だった。宇宙の姿を聞いて、私は途方もない時間経過を想像し“未来”という概念を使って会話した。
そこで、「未来は無い。我々は時間は感じないのだ」と告げられたのだ。
霊の世界が本来時間の無い空間なら、今までの認識様式は今後の探究には使用できない。
一度捨てる必要がある。
ヴィジョンは本当に、単なるモデル化であって霊の自己表現程度の表れだったのだから。たとえ4K並みの心眼で観察して己の内的世界で現実になったとしても、表現以上の深い意味はないのだ。
そんなわけで、また頭のなかを白紙にする作業中です。

収穫があればまた。

テーマ:
ヴォーダンってユグドラシルへの貢ぎ物なんでしょうか。
ヴォーダンを踏み台に神霊が降りて国土が生まれる。
貢ぎ物の天皇霊と、そこに降りる天之御中主と、阿斯訶備比古と生まれる国土、という日本国土の指向性をユグドラシルにも感じる。

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七夕も近いので、5月に織姫から呼ばれていたこともあり織姫の勉強を再開したところ、なぜか円仁さんに辿り着きました…豊臣さんと縁があるんですね。
山形の山寺は登ってみたいという家族に連れて行かれて一度登ったのですが、ひょっとしてあのとき見えた西方の巨大な龍神と海のビジョンと西方浄土は関係があるのかな…日吉はほぼ参拝してないため感じにくく、お猿さんがいるということぐらいしか分からないです。
山寺では私は「八咫烏を育てている変わったヤツ」と噂されていました。
自然霊と共生している現代人が珍しいのかもしれません。

実は賀茂の八咫烏が来たとき、「ポタラカ」と話しかけられアイヌ語か私の聞き間違いだと思い見逃していたのですが、六角牛山とからめて考えると補陀落のことですかね。
今はそれ以上分からないが。
六角牛山にも浄土信仰があったなら、山のどこかに賽の河原とか姥神の伝承が残っているはずです。
浄土の入り口には、生死の境で道を示す、奪衣婆が。
遠野は伝承の通り三女神が降りていて、織姫とどう繋がるのか分からないが、瀬織津姫からはあまり感じなかった修験の匂いが六角牛山の女神に漂います。

山師が空を仰げば鉱山を見分けられるのは、山から天を通って届く星の霊の波動を感じ取れるから。
天を見て、宇宙の欠片が待つ在り処を知ったのです。鉱脈探知を陰陽師や修験者が担ったそう。
そして山や山の周囲には水の端や底で棚機を織る女神がいる。
女神のそばには紡織を手伝う山婆。
とりあえず、速秋津姫と水分神の区別があまりつかなくて困っていたから、少しは分かるようになるといいな。



人類が長年月かけて作り上げた唯一の「家畜昆虫」であると云われるカイコは絹糸の原材料として知られている。日本における養蚕の歴史は古く『魏志倭人伝』にその記述がみられる「~紵麻蚕桑緝績出~」(~麻を植え、蚕を飼い糸を紡ぎ~ )とある(『新訂魏志倭人伝 他三編』石原道博編訳 岩波文庫)。このことから3世紀以前から養蚕が行われていたことが判る。また有名な『聖徳太子の十七条の憲法』(604年)にもクワの栽培を重んじた条文が見られる(『日本書紀』「推古天皇紀十二年夏四月三日」)。万葉の6首の歌の中4首には「たらちねの 母がかう蚕(コ)の」と云う句がつかわれており、養蚕が主婦(農家の主婦か)の仕事であったことを偲ばせる。
巻11-2495「たらちねの母が養ふ蚕の繭隠り 隠れる妹を見むよしもがな」
(蚕が繭にこもっているように家に隠れている娘に逢うすべがほしい)というほどの意味で、初句の「たらちねの母」は監視者としての母親に多用される形容とある(中西進訳による)。巻12-2991「たらちねの母が養ふ蚕の繭隠り いぶせくもあるか妹に逢わずして」も想う娘に逢えないせつなさを詠んでいる。このように、蚕が繭を作るという行為を繭に隠れると表現し、母が飼う蚕が繭に隠れることから母が隠す、娘の監視者と云うような意味をもたすようになって来たのではないかと想像する。6首中3首に「母がかう蚕の繭隠り」と云う語が使われており、慣用句になっていたと思われる。このほか巻7-1357「たらちねの母がそれかう桑子すら 願へば衣に着すといふものを」とか、巻14-3350「筑波嶺の新桑繭の衣はあれど~」のように繭を紡いで衣にすると云うことが常識になって居り、そのことが自分の思いを表す言葉として歌に詠み込まれて居るほどにカイコが身近なものであったに違いない。カイコが養蚕技術や紡績、製織技術と共に大陸から渡来したものか、渡来したのは技術だけでカイコまたはクワゴはもともと日本にも居たのかは判らない。
カイコ他


往古豪族秦氏により養蚕、機織の技術を受け継ぎ、水清く、気候風土に育まれた湖東に麻が織られました。農業、養蚕のかたわら上布を織る母娘。我が娘の嫁ぐ日、おかいこさん(絹の着物)の一、二枚と、ひそかな母の願いの中に織りなされた寿麗紬(じゅれいつむぎ)が秦荘紬です。
愛荘町商工会 - 伝統


六反の田畑をもつ宮沢一家はよく働くが、特に養蚕と麦刈と田植えの重なる六七月となると一家の中心である母のいそがしさは大変なものだ。立ち働く母の姿を残酷なまでによく追う。しかも元の地主から手伝いを求められれば断われず、かんじんの父と長男が手伝いにいって、その分がまた母にかかる。そこに雨などがふってくれば桑の取入れのため戦場のような騒ぎとなる。 そのころ工場の長女から家のいそがしさを案ずる手紙がくるが返事をかくまもない。蚕のため洗たくも真夜中にする始末だ。おまけに桑に病気が出て不足となり、農協は仲買人から桑をあつめる。桑を買ったのでは損だが、せめて桑畑にいれた肥料代ぐらいは取戻さねばならぬ。いそがしさにやつれた母の顔は無類、演出に助けられ全篇を通じて俳優などにはない演技以上の演技をみせ特筆に値いする。あわただしく働く母の画面に次女の声が「お母さんはもと製糸女工で、五人の子を生み働きつづけてきたが、私もお嫁にいったらお母さんみたいになるのでしょうか」と訴える。 ようやくマユをかけはじめ、赤字でも一家はあかるく、はじめて母の顔もほころびる。しかし、このヒマを利用して田植えがなされる。マユは組合に収められるが肥料代などが差引かれると何ほども残らない。そしてマユをつんだトラックが村道を走りさり、ほこりの中に見送る母はこぼれたマユをひろう。 次女も製糸工場の補欠試験をうけ、パスして母娘は町にワンピースを買いにゆく。例年のカイコ祭が催されて老人連はジョウルリを語り、ふるまいに喜ぶ。だが青年たちは集まると出かせぎの話がはずむ。宮沢家の長男も現金の入る林道つくりの出かせぎにゆき、母はいつもの通りあきらめて見送るだけだ。すぐ麦こきがきて息子の分は一家の肩へかかり母は一層あせにまみれる。家を思う長女から再び手紙がきて「みんながバラバラに出かせぎしても、ふつうの百姓がたべてゆけないのは、どこかがまちがっているに相違ない」と思いつめた言葉である。それを祖母などはあきらめているわけだが母はただ黙々と、お嫁のとき持参した着物を工場へ立つ次女のこおりに入れる。そして娘を駅に送った母はその帰途、同じような母たちが、きょうも田んぼに働く姿をみる。ハミングが高まる。
ひとりの母の記録


機織の上手な娘がおり、今まで様々な織物を織ってきたが、天女の羽衣のようなものを織ってみたいと、毎日朝と晩に、神様へ御灯明と御神酒を供え願っていたという。すると二十一日目の晩に牛を連れた貴人が機織娘の前に立ち、こう言った。
「お前の願いを叶えてやる。牛に乗れ。」
貴人は娘を牛に乗せ、高い山の上の大きな石のある処へ連れて行き、そのまま何処かへと行ってしまったそうな。山の上で見る星々はまこと綺麗なもので、手を伸ばせば取れそうだと思わせる程の輝きを見せ、娘はその星々に見とれていたが、急に寂しくなり涙が流れてきたのだと云う。
其の時、夜空に流れ星が沢山流れたと思ったら、下方から牛に機織道具を積ませ、先程の貴人と美しい女性が娘に近付いて来たのだと。そしてまた何処からともなく、まるで昼間の様に周囲を明るく照らす美しい女性が現れた。そして三人で石の上に機織道具を組み立て、機織が始まったのだと云う。
周囲を明るく照らす女性が機を織り、他の二人はその手元となっていてた。織物は東の山の上に太陽が昇ると同時に織り上げられ、その見事な出来栄えに娘は驚きを隠せなかったという。
「この織物は、山桑の葉を食う蚕の糸で織った織物だ。残った糸と共に、お前に全てやるから持って行くが良い。」
娘はふと気付くと、石の上に綾綿と糸があり、先程の三人はどこかへ消え失せてしまっていたそうな。しかし、何処からともなく声が響いてきたのだという。
「わたしは六角牛山の住吉三神の穴の上筒男命で、機織の道具を持って来られたお方は石上山の神である伊邪那美命、光を出して機を織られた方は、早池峰山の瀬織津比咩である。」
この時から、この機を織った石上山が鎮座する地域を綾織と呼んだと言うことである。そして、六角牛山の御祭神は牽牛星、早池峰山の御祭神は織女星、石上山の御祭神は白鳥で、これから石上神社の御条は旧七月七日となったと云う。
不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!- 七夕の伝承に関して


皇后陛下が担われていらっしゃる伝統文化の継承とは、ずばりご養蚕です。
古くは日本書紀に「天皇欲使后妃親桑以勸蠶事」という記述があります。西暦462年に雄略天皇が后妃に桑を摘ませてご養蚕を勧めようとされたと書かれていて、皇室においてかなり古い時代からご養蚕が根付いていた証左です。米や果物などにさまざまな品種があるように、実は蚕にも品種があります。皇后陛下もいくつかの品種をお育てになっておられますが、今回取り上げるのは小石丸(こいしまる)と呼ばれる奈良時代から続く日本古来の在来種。大正天皇の皇后である貞明皇后陛下(ていめいこうごう)がまだ皇太子妃だったころ、東京蚕業講習所(現・東京農工大学)を視察になられた際に献上された品種です。貞明皇后陛下から香淳皇后陛下(こうじゅんこうごう)に引き継がれた小石丸のご養蚕は、やはり美智子皇后陛下にも受け継がれました。現在も皇居内にある紅葉山御養蚕所で毎年春から初夏に「掃立て」「給桑(きゅうそう)」「上蔟(じょうぞく)」「繭かき」といったご養蚕の各作業をされておられるのです。
皇室なごみエピソード集/蘇る天平の宝/美智子皇后陛下



織姫の勉強中、香淳皇后のお顔のヴィジョンがありました。
また、母娘で楽しげに織を紡ぐヴィジョンもありました。みんな笑顔でした。織物は、農民や貴族にかかわらず身分の違いを超えて母から娘へ幸せを贈る最高の品物だったのですね。なるほど…それで富の象徴、金運の霊なのか。お蚕さんにひな祭りのような福の神を感じます。ひな祭りは娘の祝いごとですが、七夕や織物の女神の祭日は、母のことを想う日なのかもしれません。倭文神は皇室に関係している霊なんですね。まだ途中ですが今のところはそんな考察です。


“浄土”は、ただ安寧で平坦な波動がどこまでも続いている空間でなく、恐山でも感じましたが中心となる大きい神が鎮まっているから平安な空間をもたらし、そこへ諸霊たちが集うことができます。その大きい神が母神だと思います。母の元だからこそ桃源郷や浄土と呼ぶことができる。
母娘というビジョンが平和を象徴する意味を考えてみました。


六角牛山の七夕伝承ですが、どうも菊理姫の表れのように感じています。
どう土地へ流入したのか分かりませんが瀬織津姫に呼ばれたのでしょうか。
菊理姫の眷属に蜘蛛がいるんですが糸に関係しているんですね、実際に水上のシルクロードを辿っていると菊理姫の痕跡がよく出てきます。七夕や織姫伝説は、菊理姫が関わる渡来系とヤマトに古来から伝わる機織女から派生したものが渾然としている。
皇室関係の織姫は日本の祖神のようです。シヅ姫とチヂ姫ですね、そして救世主を産む聖母でもある。そのへんは菊理姫も同様ですが。注意深く感じないと間違えそうだ。
シヅ姫とチヂ姫は降りている地がきちんとありますが…菊理姫はひとところに留まれず流れていくので、伝播の過程でシルクロードを形成するのかもしれません。神がさ迷うというのは、現世へまだ降りてないってことですね。神の器になる人間がいないので。まあそうか…そうだよな…
ところで速秋津姫はどこへ行ってしまったんでしょう。まだ出会えていません。

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大概、考察が終わると深い無力感が去来する。










こんな考察は反復作業に過ぎないのだ。





単なる訓練に魂を利用しているだけである。





愚かなことに私は、理解して落ち着きたい欲から記述しているのだ。





理解を得たあとでつかの間訪れる充足は、あらかじめ宇宙の成長のために組み込まれた表出でしかない。






「悟った」という人間も例外ではない。




求道者の探究心、高次を知りたいという欲を使っただけのこと。




はっきり言ってしまえばそういうことになる。




欲を使えば足る。その安寧にずっと浸っていたいと願う。





気にすることはない、いつまでも浸っていればよい。




人間は、どこまでいっても人間なのだから。








霊のことが分かったところで私が無価値な人間である事実は変わらない。




社会的に意味のある人間になることと、求道にはなんの関係もないからだ。




よって、今後も私が生きても死んでもなんの意味もない。




ましてや求道を全うしたとしても、神が認め、“私”がお役御免になる保障はどこにもない。




たとえ人生を神のために捧げたとしても、神が私を祝福し、なにかを与え、何かをなすべき義務を神は負わない。





人間にもあるように、神も自由意志があるのだから。








生まれる途中で神になりそこなり、何度も死んでは生まれ、そんな亡骸を肉体に続く宇宙の成長と拡大はなぜ繰り返されるのか。




ずっと続いている“私”はいつ終わるのか。





何光年も続き、それでいてまだ修行中、などというのは気が狂っているではないか。








こうして、堕ちたり高次を向いたりすることで否応無しに成長が進んでいく。




私にできることは、せめて、魂の範囲を狭めないことだけだ。





小さくなってしまえば、またやり直しになるのだから。









なにも知りたくない。






これでは“私”を捨てざるを得ない。



もはや被造物的有にひきかえすことができなくなるほどまでに遠ざかり、魂を無のうちに転ずることしか、道はないのだ。





無が何ものにも拘束されることなく、ここにもなく、そこにもないように、なにも無いとき、まさに「生きている」といえる。


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