引っ越しました!
これからは
天使ママのブログ
よろしくお願いします(ペコリ
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
http://ameblo.jp/moe-angelmama/
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
ふつうの妊婦のように
ただただ 赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしていた
妊娠7ケ月 「羊水過多」によりスクリーニング検査で
専門医からの 宣告
おなかの子 太郎 は№18 トリソミー 染色体異常
無事に生まれても予後不良 「短命」と言われた
わが子と 夫と 私の 妊娠・出産・育児にっき
神様 奇跡をください
神様は どこにいますか?
゚*☆*゚ ゜゚*出産予定日 2009年1月28日☆*゚ ゜゚*☆*
※なにぶんヘビーな内容のため、
コメントは承認制にさせてもらいます。
そのため、更新が遅れることがありますが、
なにとぞご了承ください
引っ越しました!
これからは
天使ママのブログ
よろしくお願いします(ペコリ
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
http://ameblo.jp/moe-angelmama/
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光翼の初七日
外は大雪だし
今日はお家で3人でのんびりしようね
昨日 このブログで
お世話になったA医大病院に宛ててお礼を書いた
太郎こと光翼の妊娠入院闘病日記は
これにて完結します
で、また あらたに 違うテーマで
ブログを立ち上げる予定です
今まで光翼と私を応援してくれたみなさん
ほんとうに ありがとうございました
それから
18トリソミーや 羊水過多の検索でおいでくださったかたへ
私たち家族の入院から出産までの奮闘日記を
あなたのために少しでも役にたてたら
少しでも勇気と元気がわいてくれたら
それだけで 嬉しいのです
わたしたち家族は
このブログの ジ・エンドを
ハッピーエンドで終わらせることができました
奇跡の妊娠、出産でした
天使ママとなった私moeのその後のブログは
ゆくゆく おって
こちらにてURL移転のお知らせをしますね
moeより 感謝の気持ちをこめて
大きないのち すべてに 幸あれ
今朝 新聞を開いたら
札幌のドナルド・マクドナルド・ハウスの記事が載っていた
年末から気になっていたその施設
いよいよ今月の19日から利用開始するのだそう
みなさん、知っていますか?
遠方からわが子の看病に付き添う家族のための、低料金な宿泊施設
URLはこちら↓
http://www.dmhcj.or.jp/index.html
光翼を産んだ後、わたしが退院しても光翼がまだNICUに入院していたら、付き添いをどうしようか、考えていて
ちょうどA医大病院にもファミリーハウスが併設されていたので、利用しようとおもっていました
低料金で泊まれるため、遠方から通う付き添い家族の希望が多く、常に利用が多いという
NICUには、光翼のように、遠方から通っているママさんたちがたくさん居た
毎日はとても通えないから、自宅で搾乳して、ゆうパックで母乳を送っているママさんもいるという
高度医療が発達して、たくさんの赤ちゃんが生き延び、救われているというのに、マクドナルドハウスのように、ボランティアで運営する施設は、とてもありがたいけれど、その数は、まだまだ足りていない
そういえばなぜか
妊娠中はむしょうにマクドナルドが食べたくなっていた私
聞けば、マクドナルドのポテトが食べたくなる妊婦さんが多いよう
もしかして
光翼が、この施設のこと、伝えようとしていたのかな
光翼はお母さんに教えたかったんだね
マクドナルドの店舗に募金箱があるそう
これからは
マクドナルドに行くたび
募金するからね 光翼
拝啓
A医大病院
周産期母子センター並びに小児科スタッフ御一同様
このたびは、わたしたち光翼のために、たくさんのお力をくださり、ありがとうございました
おもいおこせば、S医師が地元N病院にスクリーニング診察に来てくれたことから、ほんとうに、たいへんお世話になり、何度お礼を述べても、感謝の気持ちはおさまりません
遠く3時間離れた街に不安をいっぱい抱えて入院した11月初旬
丁寧な入院手続きの説明や、わたしたちの不安な気持ちを、親身になってお話を聞いてくださった助産師Iさん
あの日 どんなにわたしたち夫婦の気持ちが和んだことでしょう
毎日 太郎こと光翼の心音を聞かせてくださった助産師のみなさん
朝 昼 夜の訪室 話し相手になってくれて、ほんとうに楽しかったし、とても心が癒されました
産科医師のみなさん
羊水検査やMRI、羊水除去…緊張の続く検査や処置に、常に患者である私のことをまず第一におもってくれ、とても安心して体を預けられました
破水したとき、冷静に対処してくれた助産師Oさん
パニックを起こしてひざがガクガク震えていた私を、なだめてくれ、ほんとうにあのときは助かりました
分娩で光翼を取り上げてくれた助産師Tさん
あのときは、わがまま言ったり騒いだり泣いたり…今おもうと自分が恥ずかしくてなりません。それでも、冷静に光翼を取り上げてくれた…上手にいきめたのも、Tさんのおかげです。
そして、最後に、光翼のために泣いてくれて、ありがとう
循環器科小児科専門のM先生
光翼の心臓のことで、たいへんお世話になりました。
光翼が亡くなる日 もう長くはないというつらい宣告を、わたしたちのために涙を浮べて話してくださり、その暖かなやさしさに、先生の私たちをおもう顔を、今でも思い出すと胸があつくなるのです
NICUの看護士のみなさん
たった1日ちょっとだったけれど、光翼のことを診てくれてありがとうございました。
「こうちゃん、こうちゃん」って、名前を呼んでいつも笑顔でお世話してくださり、光翼はとっても嬉しかったろうとおもいます
そして、光翼の最後の夜、病室にお話に来てくださった師長さん
光翼が死んでしまっても、こうして元気でいられるのは、師長さんとお話したおかげです。光翼が死んでしまっても、前向きに、頑張っていこうって…悲しくて涙が出たあとは、いつも師長さんとお話したことを思い出すのです
最後に
担当S先生
ほんとうにほんとうに、先生の私たち家族に対してくださったお気持ち…感謝するばかりです。
18トリソミーだという宣告に、泣いて取り乱す私に、それでも冷静に丁寧に、説明してくださった先生…あの日、あのときから、わたしたち夫婦は、S先生に、息子のすべてをお願いしたいと心決めたものです。
そして、光翼の最後、体を清めているとき、NICUに駆けつけてくれ、涙をためながら、「お母さんとお父さんに選択をさせ、そのせいでつらいおもいをさせてしまったのならば…申し訳ない…」と謝ってくださいました。破水からずっと、休みを返上して診てくださり、最後は夫が夜遅くに駆けつけてくれるまで、医局で待っていてくれたのですね。
今までのわたしの人生で、こんなにこんなに患者のことをおもってくれた医療スタッフはおりません。
素晴らしい出会いをくれたのは、18トリソミーという運命を抱えた、光翼です。
たくさんのスタッフのあたたかいお気持ち…
わたしたち夫婦は、光翼に、とても感謝しているのです。
わたしたちのもとに宿ってきてくれて、ありがとう
たった1日ちょっとの、この世での短い命だったけれど、わたしたち家族は、もう、じゅうぶん幸せでした。
これからも、6000分の1の確率で、光翼と同じ運命をたどる18トリソミーの赤ちゃんが生まれてくるのでしょう
そんな子供を授かった親にたいして
「とても可哀相に」と、周囲は、悲しみの目を向けるのかもしれません
でも
決してそんなことはないのだと
自分たちの子供にかわりはない
親になった幸せは皆 同じだと
わたしたちは胸を張って、今、おもえるのです。
望まれず生まれてくる子などいないのです。
退院のとき、玄関までスタッフみなさんでお見送りしてくださったときの記念写真は、わたしたち家族のたいせつなたいせつな宝物です。
ほんとうに ほんとうに
たいへんお世話になりました
このブログをとおして、抱えきれないほどの感謝の気持ちをこめて
敬具
光翼の両親より
追伸 抜いた合計3リットルの羊水よりも、わたしの涙は多かったかも?笑
光翼がこの世に舞い降りてきた
4時間12分の奇跡
記憶の新しいうちに
書き留めておこう
光翼の 『軌跡』 を
軌跡をさかのぼること
あれは1月4日午前9時半のこと
いまいち開きの悪かった子宮口
前期破水から1日以上経過していたので
母体感染の危険を考慮して
いよいよ 陣痛促進剤の点滴を打つ
担当S医師に 注射を打ってもらう
張り止めの点滴よりも太い針なので めちゃ痛い
促進剤の点滴は MAXが120だそうで
大きめのバルーンを入れてもあるし
少しずつ少しずつ 経過をみる
まずは促進剤 12からスタート
30分ごとに 12づつ 上げていく
9:30 12
まだまだ余裕でLDR探索
トイレまでついてるのね
便意がしたので 済ませておく
よっし。これで光翼の出口は広くなった
10:00 24
だいくんが洗濯をしてきてくれる
おなかの張りが5分おきになり
だんだん痛くなる がまだ余裕
育児書にあったユラユラ椅子に乗ってみたりする
10:30 36
そろそろ痛みが強くなり
気づいたら3分おきに
11:00 48
だいくんが洗濯を終えて戻ってくる
洗剤をうっかり入れ忘れたらしく
再び洗濯に行く
めったに忘れ物なんてしない彼
相当緊張しているもよう
11:30 60
いよいよ痛くなってきたので
だいくんに腰を押してもらう
だんだん居ても立ってもいられなくなり
ベッドで寝込む
助産師Tさんのアドバイスで
湯たんぽで腰を暖める
12:00 72
3分置きに激痛
だいくんに腰をさすってもらったり
押してもらったり
昼食の時間だったので
助産師Tさんに訴えて
72でストップしてもらう
12:30 72
昼食
なんとかつまめるパンをかじる
フルーツも少し…
食べなくちゃとおもいつつ
もう痛くてたまらない
13:00 72
泣きのナースコール
Tさんに子宮口の開き具合を見てもらう
すでにバルーンが抜けていた
担当S医師もかけつけて診る
子宮口が全開大とのこと
「下に押される感じある?」
いや…まだ だけど
いやおうなく襲ってくる激痛に耐えられず
泣いて哀願
「まだ?まだ?いきんじゃだめ?」
おそらくそのとき その激痛1分おき
もぅ ダメーーーッッ
死にそうに骨盤が痛い
助産師Tさん 急いで
ベッドを分娩台にセッティング
光翼の頭が下に押される感覚
「早くしてーー出ちゃうよーー」
「いきみ逃してまだ待って~まだだよ~」
「ひぃ~ふぅ~ふぅ~」
「まだ~?出ちゃうぅー」
担当S医師も慌てて足場を接続
「足場の角度このくらい?!」
「もうちょっと こっち…あ、いやもうすこし右に…」
必死にいきみのかまえスタイルを指示する私
カタチから入る性格なのよね
腰元に何枚かシートを敷く
「少し腰上げてね~」
「えーーっっ?!無理ーー痛いもーんー」
あぁぁ なんという わがままぶり
だけど 母はいちいち必死なんです ごめんなさい
「Tさーん!早くーー出ちゃうよー」
「お父さんお尻押さえてっっ」
だいくんも慌てていきみのがしのお手伝い
「こうすけぇーっ」
「こうすけ??」
「息子の名前、光の翼と書きます」
痛みの合間に、そこは丁寧に説明する私
「よーし!次、痛みが来たらいきんでみてね~」
「う~ん…う~ん…」
1回目のいきみ
ふんばってみるけど
痛みが遠のく
「はい!息吸って~吐いてぇ~」
「出るー」
「はい!いきんで~」
「う~ん…う~ん…」
その数 いきむこと 5回
「頭 見えてきたよ~」
あともう少し!!!!!!!
「う~ん…う~ん…」
「頭 出てきたよ~…息吐いて~力抜いて~…」
光翼が 出てきた!!!!!
白い胎脂に包まれた 光翼が!!
光翼に やっと会えた!!!
…でも
産声はあげない…
小児科のスタッフがLDR後方の処置台に光翼を持っていく
光翼…光翼…
死んじゃったの?
光翼…光翼…
「オギャァ~…!!」
泣いた!!!!!!!!!!
泣いた!!!!!!!!!!
かすかに ちいさく
光翼が 光翼が 泣いた!!!
奇跡が起きた!!!!!!!
1月4日 午後2時7分
光翼 誕生!!!!!!!!
ああ
神様 ありがとう
光翼
よく頑張ったねぇ
えらいよ 光翼
やっぱり奇跡が起きたよ
奇跡の子 光翼
4時間12分の 軌跡
美容室に行ってきた
光翼を授かって
そのうち ほどなくつわりがやってきて
かれこれ半年以上ぶりの美容室
初七日も終わっていないのに不謹慎かな
産後は皮膚が敏感になっているのでなるべくカラーリングやパーマは避けましょう
と、俗にいわれているにもかかわらず
おもいきって、カラーとカットとトリートメントをしてきた
プロに丁寧に頭をシャンプーしてもらったり
いい匂いのするトリートメントをしてもらったり
カットは毛先をすいてもらう程度にとどめたけれど
丁寧に からだをいたわってもらうのは
癒される
明日は 光翼の初七日
早いなぁ
もう 1週間も 経つんだぁ
まだ 彼をおもうと 涙が流れるけれど
泣くというひとときが
日常の当たり前になってきたような気がする
入院しているときに溜まった書類をまとめてみた
羊水過多の診断書や 光翼の病気の説明
ファイルに閉じて 何度も何度も繰り返し読んだ
それから
アルバムも
光翼の写真
泣いている顔がとっても可愛くて
何度もシャッターを押した
他人が見たらどれも同じような表情かもしれないけれど
1枚1枚 捨てることなく 丁寧に台紙に貼った
光翼が この世にやってきて
生きていたという 証
ちゃぁんと 残しておいたからね
明日から
こちら北国 大荒れの天気予報
おもえば
入院してから雪の日ばかり
なのに なぜだか
光翼が死んだ翌朝は
青々と 冴え渡るほどの快晴だった
きっと
お空から
たくさんの光翼のお友達やご先祖さまが
おいでおいでと 手招きしてくれていたんだね
雲というカーテンが開かれた
光翼
お空で お友達と仲良く遊んでいますか?
ひいおじいちゃん ひいおばあちゃんに抱っこしてもらえましたか?
どんなに吹雪いてたって
厚い雲の上は
いつもいつも 青い空
泣きたいときは おもいきり 泣こう
まだまだそんなにすぐ
強くなんて なれないから
泣きたいときは 我慢せず
おもいのうちを 愛するひとと 語りあかそう
そのうち 泣くのに 疲れたら
おなかが不思議と すいてくる
涙をおいおい流すのも
エネルギーがいるものだ
好きなもの 美味しいもの食べて
満腹になれば
ふたたび元気が沸いてきて
笑ったり 冗談言えたり
まだまだ がんばろう っておもえてくる
そんな 毎日の繰り返しで
ひとは 立ち直っていくのだろう
今まで経験してきた
たまにの 「つらいこと」は
ときがたてば
だんだん 忘れて
そのうち 思い出さなくもなる
たいていは そうやって
うまく立ち直ってきたものだ
だけど
今のつらさは
「一生 忘れたくない」
「思い出として少しでも、鮮明に、残しておきたい」
忘れるのが怖い つらさ
つらいのを 受け止める つらさ
そう
受け止めるのだ
そんなの親のエゴだよ と
非難されたっていい 自分たちなりに
あの子の生きた意味を
わたしたちのもとにやってきた意味を
どんな解釈だって いい
受け止めてあげるのだ
そうおもえたら
このつらさ
痛くないよ ぜんぜん
癒えてくるんだ
そして
こころから
愛してるよ 幸せだよ
って おもえてくる
すごいね 光翼
ちっこいからだして
わたしたちに
あとからあとから
いろんなこと 教えてくれる
そして
たった1日
この世にふわりとやって来て
いいこで終わった ずるいやつ
いいとこ取りで 親孝行の にくいやつ
ささやかな葬儀と
火葬を済ませ
光翼の位牌を作った
裏に
数えで「1歳」でお願いした
数え歳というのは
おなかのなかにいのちを宿してから
カウントするのだそうだ
光翼は 妊娠してさらに年をまたいでいるので
「2歳」としてもよいのだそう
嬉しいよね そういうの
宿したときから 数えてくれる 数え年
1月5日 21時12分
光翼は お空に かえりました
さいごは
ほんとうに
穏やかに すやすやと 眠るように
静かに 息をひきとりました
この世に生まれて
たった 1日ちょっとの
短い いのちだったけれど
わたしたちにとって
光翼のいのちは
とても 大きな大きな
たいせつな
偉大なる いのちでした
せっかく生まれたのに?
そうおもわれますか?
いえいえ
太郎… 光翼は
もう じゅうぶんに
おなかのなかにいるときから
わたしたちの たいせつなたいせつな
子供でした
わたしたちは この子を産んで
とても 幸せでした
ありがとうね 光翼
妊娠7ケ月で 羊水過多とわかり
今まで たくさんの
応援メッセージ ほんとうに
どうもありがとうございました
おなじ 18トリソミーという運命をもって
妊娠したママさん 天使ママさん
流産や早産 つらい経験をされているママさん
たくさんの 応援してくれていたみなさん
こうやってみなさんと出会えたのも
太郎こと 光翼の おかげです
これからいろいろ手続きなど
あれこれ忙しくなるかと
おもいます
落ち着いたら
あらためて
こちらに書き込みます
ほんとうに ほんとうに ありがとう
光翼 こうすけ 奇跡の子
わたしたちの たいせつな
そして いとしい とおとい
おおきな いのち