こんにちは。
あっという間に紅葉も終わっていくようですが、住んでいる地域については、12月にしては暖かいようにも思います。
実家のある場所は盆地なので昼夜の寒暖差が激しく、天気情報を見ていると最近は明け方氷点下の日も多くなってきました。
父も母ももう高齢で、ここ数年明らかに弱ってきていて、急に何かあってもおかしくないのだけど
いつかその時が来るのは間違いないのだけれど、
できるだけこのまま続いて行きますように、と祈るしかない。
今の住まいのアパートは北向きの壁に水道管が外を通っているので、マイナス2℃の日に風が加わると凍結してしまうので困る
部屋の中を暖めたとしても、壁の外までは無理なのでこの冬もあまり寒くなりませんように、と祈っています。
忘年会の季節がやって来た
私は残念ながらGEKOなので、お酒は舐める程度にしか飲めなくて
もし、もっとお酒が飲めたなら、人生もっと楽しかったのかしらねぇ
飲めるひと、飲みたい人はいつ何時でもグイグイ飲んでいて
、、、羨ましくはないと思う、でも
1日だけ、いや、1週間くらい?
寒気がせず頭痛もせず、ザルのようにワクのように浴びるように飲む、という経験をしてみたい
せめて色だけでも、ともっぱらジンジャーエールとかホッピーだけとか頼む自分、つまらん
お酒を飲んでも具合が悪くなるだけなので、無理して飲んでも仕方ないけれど
忘年会の割り勘はいつもちょっと損した気分
私はお付き合い下手なので、たとえコロナ禍が終わって会合が解禁になっても、忘年会などはほとんどありませんけれども
第1弾で12月8日、NicottoのWeb忘年会がありました
あとは会社で一回あるくらい。
金曜日の夜なので、開始時間にはまだ帰宅途中でカンパイもできませんでしたが、
いつもよりも多めの参加者で、はじめはブレイクアウトルームで5人組、その後全体で自由トーク、
楽しい時間で3時間はあっという間でした。
忘年会と言いつつ、帰宅してコートを脱いだままの参加で何も用意できなかったのでちょっとお腹は空いたけどもね
私は実際は、舌がんは早期発見すぎたので。
手術後ひたすら経過観察が続いて5年を過ぎ、今となっては語ることが何もなくなりました。
今はただ聞く側に回ることになったけど、それは本当に良かったことのばず。
今まさに、大変な治療の中にいて、誰かと話したいと願う人から止めどなく溢れ流れ出してくる話を聞きながら
……ステージの程度は違っても、『がん』というワードに打ちのめされ、ひたすら誰かと話したいと渇望していた時期があった事を思い出します。
医学はどんどん進んでいるはずですから。
治療は辛いと思いますがそれを乗り越え、彼女もまた数年後に聞く側に回ることが必ず来ると信じています。彼女こそ光になれるはず。
私の人生、実はがんよりも長く沼に沈んでもがいて来た結婚生活、母子家庭生活を過ごしてきた。
母子家庭の会にも入っていたけど、主催していた議員さんが落選してしまったため会費の返還もないまま会は消滅してしまいました。
がんは自分の命を脅かすけれど
母子家庭生活は、家族3人の命を脅かしていたよ、、、
でも、娘たちも死なずに大人になれた。
ニンゲン忘れる事ができるので
今となっては、大変だった気がする、と思っても、もう細かいところは思い出せなくなりました。
毎日必死だった気がするけど、もう今直面していない今日の私は同じことはできない。
もし、がんの原因がストレスであるというなら
原因はあの頃のストレスかな
でも私は『がんは偶然の事故のようなもの』派です。
今、がんの治療で大変なひと、色々な困難に直面しているひともいつか、
細かいところを思い出せなくなるくらいの、過去の出来事になればいいと願います。
そして、Nicottoがずっと続きますように
ことしもにこっとありがとうございました。