【神社参拝豆知識】お社写真は撮りません!足繁く通う方が好きだから♡ご神気を切り取ることになるから | 【人生の拠り所】もちゆりのことだま日和

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写真が日本に最初に入ってきた幕末から明治時代。
昔の人は本当によく言ったもので、、、
写真を撮ると、魂が抜かれる。。。
ってビビッてたって話は有名ですよね?
私も同意見。だから私、鳥居をくぐって神社仏閣に入ったら基本的に写真は一切撮りません。
そちらのご神気を切り取ることになるから。

私には、その場の気を写真で切り取る強みがあります。

こんな感じ。こちらは鳥さんを撮ったお写真。
一緒に行った友達が撮る写真はどうしても泥の付いた白い鳥さんで、
それはそれは驚かれました。私が撮る写真は全てこうなるから。

そして、こちらは最近の高千穂峡
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こちらの写真たちも、撮る写真、全てこんな感じ。
一緒に行ったお友達が撮る写真はやっぱり普通の風景写真で、驚かれました。。。

だからね、オーバーに言ってるのは知ってるけれど、魂ぬかれる感覚がすっごくわかる。
だから逆に、写真を撮るところは、しっかり『失礼します。』とお伺いを立てて、自然でも厳選して撮る。

で、話はタイトルに戻りましてお社の写真は撮らない件。
いくつか理由があるので一個ずつ解説していくね☆
私はいつでも物に対しても全て命が宿っているスタンスで、物事を考えます。

理由①:さて、ここでたとえ話。皆さんが道を歩いていたら、突然、
(今はテレビで見るのはなかなか希少価値となった)タ○リタモリさんに、遭遇したとしましょう。
タ○リさん本人は全く気づいていない無防備な状態で、
ややテンション高めのこちら側(一般人のワタス)だけが猪突猛進して、
『タ○リだ~!!!』って
本人の顔の目の前で度アップ写真を撮る。

これ、めっちゃ失礼じゃありません?
同じこと、神社参拝で起きてませんか?
本殿の鏡の部分を正面としたら、絶対に鏡は写真に写さないでください。
鏡の部分は正に心臓部。
冒頭の魂抜かれる部分です。これは失礼以上に、人として礼節をわきまえたいなと思う範囲。
私はお伊勢さんで何度か写真パシャパシャやってる外国人や観光客にツッコミいれてます。

お伊勢さんで階段から上は写真を撮っちゃいけないのだって、普通に考えれば
わかることなのですよ、それを観光気分で浮かれていては、ほんと失礼になっちゃうYO!!
それは、小さなお社でも同じこと。お社どうしても撮りたいなら、鳥居から外で!!→この理由も後で言うね。

理由②:産土神社バージョン。
産土神様は皆さんの保護者さんです。だから、とっても親しみやすいし、私も大好き。
向こうもかわいがってくれてる。だから、写真撮ってもいい感じがしますよね?

で、たとえ話②
産土神様をみなさんの親御さんだとしましょう。神様界の親です、実際。
で、子ども側の私達に子ども(親御さんから見たら孫)ができたとします。
そんなときに、実家の写真だけ撮られて、実家の写真見ながらおじいちゃんたち元気かなって孫と(写真に)挨拶してるよ~って言われても、
親御さん側からしたら、いやいや、そこは実際に孫の顔見せに来るとこでしょ?って思いません?
目に入れても痛くない孫は実際に目に入れられる距離じゃなくっちゃ。

これ、別に孫じゃなくたって、実家の親御さんって、年賀状より電話より、
やっぱりわざわざ実家に顔見せに来たとき、一番嬉しがりませんか?
なんかやたら、家にあるもの土産に持たされたり。。。

だからね、私は足繁く通うの。行きたくなったらすぐに。車で二時間かかりますが、何か?
だって、実家にわざわざ来た子はやっぱりかわいいも~ん。こっちも会いたくて行ってるんだけどさ~。だから、まぁ相思相愛ね。

そして、私みたいに暇じゃない方に朗報なのが、、、
産土神社が今の住所から遠く離れていて、通えない方のために、
現住所で産土神様が出張してくれる生活の鎮守神社も出してます。
生活の鎮守神社は産土神様の出張所なので、『私の産土神様~!』って呼びかけで大丈夫。
『呼んだ?』って時空を超えて、あなたの目の前に顔を出してくれるから。
他の鎮守神社は、(呼びかけたければ)それぞれ『私の健康(金運、恋愛、、、)の鎮守神様~!』って呼びかけてから二礼二拍一礼を始めてね。

だから普段私は生活の鎮守神社に足繁く通っているのです。行きたくなった時にぷらっと。
あとね、こういう新年を祝うムードの時には、その皆が祝ってるムードや気に乗ってしまうのも手なの。
だから、私は元旦の昨日、
除夜の鐘の頃からそわそわし出して、明けましておめでとうの言祝をし、
年明けすぐの真夜中の参拝に行き、そんでもって睡眠3時間後の初日の出を拝んだのですよ。
世界が今年一年の平和を祈る日だから。そんな世界の流れに乗らないなんてもったいない。
あ、話それちゃったえへっ

さて、その上で、私はよく神社に行ってます。
で、やっぱり記念の足跡が欲しい。そんな時どうしてるか?

鳥居の外から撮ります。そう、神様のお家の玄関の外から。

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しかも必ず、『失礼します。』って言ってから撮ります。
このお断りを入れると、失礼な時はボタンが押せないよ。
押せたとしても、なんかスッキリしなくて、私はまぁいいや。と写真を撮らないことがほとんど。
神社はね、鳥居から結界が何重にも張られていて、
私は鳥居から中をご神域だと考えております。
だから、神聖な自分を用意してから、鳥居をくぐる。

そして、一歩でもご神域に入ったら、写真はもう撮らない。


どうしてもね、そちらのご神域に感動して、シャッターを切りたくなった場合、
私がオススメしてるのは、お空を撮ること。
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それくらい、お社にレンズを向けることには気を遣っています。
強みがあるが故に、昔から人よりもずっと敏感だったんだと思う。

そして、もう一つオススメなのが、そちらのご神気を身体全体で吸い込むこと。
身体中の毛穴という毛穴から、皮膚呼吸してる気分になって、全身でご神気を吸い込むの。
神様の気に触れて、私自身がちょっと崇高になっていく気分で。

そして、もう一つ、鳥居以降のご自分が歩いた参拝の記録を脳裏に全て焼き付けるのです。
参拝が終わったあと、脳内DVDで、勝手にエア参拝できる位に。


昔の人は、お伊勢参りが一生に一度だったの。
しかも、地域の期待を一心に背負って、健脚家がお参りに来てたりする。
伊勢参りから戻った人は、地域でも英雄で、
目をキラキラ輝かせて、参拝の様子を聞きに来る方たちに、
参拝の様子を語らなくちゃいけない。一回どころか、語り部として暮らしていくくらい。
そしてその参拝話は、聞いている観客が、
あたかも参拝に行っている気分になる位に臨場感がなくっちゃ。
その期待を一心に背負っての参拝だったら、一生に一度の参拝が突然鮮やかに色彩を増しませんか?

今のご時世、何度でもお参りに行けるけれども、
一回一回のお参りはこうであるべきだと私は思います。
ご神気を肌で受け取り、脳裏に焼き付ける参拝。
そしたらねぇ、参拝が突然五感フル作動で忙しくなるから。

私は産土神社に通いつめてるし、小さなお社しかない神社さんなので、
自分の産土神社を思う度に、ご神気と神聖な空気が脳内で自動的に再生されて、
それだけで清々しく自分自身が浄化されます。
通いつめてると勝手にこうなるよ、気づかず行きまくってただけだもん。

一生に一個でいい。そういう神社が一つでも持てるって、ステキなことじゃない?
それが私にとってはたまたま自分の産土神社だった。

それが、地域の氏神さまって方がいたっていいし、出雲大社だって方がいたっていい。

そうしたら鳥居をくぐった瞬間、写真撮ってる暇ないんじゃないかな?
『今』の参拝に集中するために。未来に写真を見返すことを考える余裕はなくなるはず。

こんな理由で、私はお社の写真は撮りません。今となっては脳裏にあるし。
お社を撮らないって選択肢もあるってお話、読んでいただけて光栄です。
それぞれの方の思いで、参拝がキラッキラのかけがえのない時間になるといいな♡


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